表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.07 オルノーブル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/346

08 堕とされた戦姫


「サロモン。てめぇの肩書きはハッタリか」


 使い道を失った役立たずを睨み、怒りを当て付けた。

 当人はドミニクに支えられるように立ち、隊長のブレーズを茫然と見ている。


「それが隊長のやり方ですか。副長の俺を、こうもあっさり見捨てるんですか?」


 サロモンの訴えを耳にしても、ブレーズは顔色ひとつ変えない。その瞬間、サロモンの中で何かが失われたのは間違いなかった。


「俺を切り捨てるなら好きにすればいい。でもね、部下の中にも不満を持ってる奴はたくさんいます! 隊長ばっかり美味しいところを持って行くってね。そこにいる奴等だって、俺の扱いを見たら考えを変えるはずですよ」


 必死に訴えるサロモンの横へ、レオンが歩み出してきた。


「どけ。あんたの講釈なんてどうでもいいよ」


 サロモンとドミニクを下がらせたレオンは、ソードブレイカーを手に俺を見てきた。


「さて、どうする碧色? だから言ったんだ。何も持たなければいいって」


「好機を見極める。下手に動くと、シルヴィさんとアンナが危ねぇ」


「残酷だけど、全員は助けられないかもね」


 レオンの言葉には答えず、エミリアンへ視線を戻した。奴はカンタンから小瓶を受け取り、もどかしそうに蓋を投げ捨てた。果実酒と空気を混ぜ合わせるがごとく小瓶を揺らし、シルヴィさんの鼻先へ突き付ける。


「やめて……」


 顔を背けるシルヴィさん。その顎を掴んでまで、執拗に匂いを嗅がせ続けるエミリアン。弱者をなぶる残忍な笑みが、不快感を煽る。


「懐かしいだろう。あの頃より強力だ。体中の感覚が鋭敏になり、感度も跳ね上がる」


 あの小瓶には見覚えがあった。天使の揺り籠亭で、メイド服姿のシルヴィさんが俺のベッドの下へ仕掛けていたものだ。


『過去に、そういった技術が必要になったもので……』


 あの時は冗談だと思っていた。すべて本当だとすれば、相手はエミリアンだったのか。


「まさか私の命を狙うとはな。扉の解錠に酩酊薬(めいていやく)まで。どこで覚えたと問いたいが、どうせ家政婦長にでも教わったんだろう? あの女も所詮、歓楽街で拾った娼婦。私を快く思っていなかったのを知っているからな」


 そういえばジュネイソンの廃墟で一夜を明かした時、初めて人を殺そうと思ったのは十五歳。未遂に終わったと言っていた。


「おまえたちが逃げ出した後、大変だったんだぞ。街の衛兵に呼びかけ、それこそ草の根を分けて探したんだ。その甲斐もあって、おまえたち以外の使用人は全員捕まえたよ」


 シルヴィさんはエミリアンの顔を見据えているが、その目は既に半分ほど閉じられている。両腕はだらしなく垂れ下がり、顎の押さえがなければ倒れてしまいそうだ。


「逃げだそうなどと馬鹿なことを考えず、大人しく奉公していればよかったんだ。おまえは体を張って全員分の性の奉仕を引き受けていたが、それも無駄になってしまったな」


 性の奉仕。頭を思い切り殴られた気分だ。

 視界が激しく揺らぐ。怒りよりも遙かに強い悲しみが、胸を深く覆い尽くしている。


 エミリアンに対する憎悪と、それを打ち明けてもらえなかったシルヴィさんへの悲しみが去来する。いや、仲間だからこそ言えなかった。知られたくなかったのだろう。


 忘れたい過去を、みんなの前でこんな下衆から晒された。彼女の心が一番心配だ。


 シルヴィさんの鼻先にあった小瓶が、ゆっくりと傾けられてゆく。そこから溢れた酩酊薬が、こじ開けられた口へ注がれた。


 拒絶するように、それを吐き出すシルヴィさん。赤黒い液体は顎から喉へと伝い、深紅の胸当てに守られた双丘の谷間へ流れてゆく。


「みんなを……どうしたの」


 シルヴィさんが呻くように言う。答えを知りながら、確認せずにはいられないのだろう。


「殺したよ。婦長もろともひとり残らず。さんざん犯した後、吊し上げて火だるまだ。言うことを聞かないような奴等は、使用人として使い物にならないじゃないか」


 シルヴィさんが横倒れになる姿を見ながら、俺の中で何かが音を立てて壊れた。このエミリアンという名の怪物を生かしておいてはならない。そんな使命感が、背中を強く押してくる。体を突き動かしてくる。


「体が……体の奥が熱い……イヤだ……」


 左手を自らの股へ這わせ、必死に右手を伸ばすシルヴィさん。その先に求めるのは自由か幸福か。それは俺たちが与えてあげられるものだと信じたい。いや、与えてみせる。


「たすけ……」


 そこでようやく、苦しみ悶えるシルヴィさんと目が合った。ここで会った時から意図的に避けられていた気がする。どうにもならないこの状況で、ついに覚悟をしてくれたのか。


「リュシー。たすけて……」


 今にも狂い出しそうなほどの怒りが胸を焦がす。それを雄叫びに乗せて、俺は吠えた。


 剣を振るって地を駆ける。飛び上がるラグの羽ばたきと、仲間たちの静止の声。だが、そんなものに耳を貸していられない。


 俺の動きに気付いたエミリアンは、全身鎧の剣士へ即座に合図を送った。


「止まれ。それ以上、近付くな」


 エミリアンの警告に続き、剣士がシルヴィさんの首へ腕を回した。シルヴィさんを無理矢理に引きずり起こし、彼女の背と自分の腹を密着させると、その喉元へ刃を添えた。


 エミリアンたちまで、およそ六メートル。攻撃するには遠すぎる。


「殺す! てめぇを殺してやる……」


 噛み締めた奥歯が軋み、喉の奥からは獣のような唸りが漏れる。土壇場で思いとどまった自分を褒めたかった。あのまま飛び込めば、シルヴィさんは殺されていただろう。


「クリストフ。鞄を持ってこい」


 エミリアンの言葉を受け、身綺麗な召使いはそそくさと鞄を運んできた。


「カンタン。この金で、そこの女たちを全員買い取る。私の好きにして構わないな?」


「もちろんいかようにも。但し、初めに申し上げた通り、司祭の娘だけはお譲りできませんので。悪しからず」


 舐めるような視線を受け、マリーの顔が引き攣っている。鞄を受け取ったカンタンは、中身を確認して満面の笑みを浮かべた。


「商談成立ですね。傭兵団の皆さんも、エミリアン殿の指示に従ってしっかり頼むよ。礼はたんまり弾むからね。うひゃひゃひゃ」


 カンタンの声が不快だ。娼館の運営は賛同できたが、人身売買はない。力の弱い者を使って搾取する外道。一番の悪はあいつだ。


 怒りを漲らせる俺をよそに、エミリアンは何かを始めようとしている。


「傭兵ども。器量の劣る女を三人選んで、前へ出せ。隊長のブレーズはいるか」


「はい、ここに」


 エミリアンが彼に何事かを耳打ちすると、側に立っていた女魔導師が顔を歪ませた。


「相変わらず、えげつないことを考えますね」


「あの男に、思い知らせておかなければ」


 すると三人の女性がひざまづかされ、それぞれの背後へ傭兵が控えた。


「やれ」


 いぶかしむ俺の前で、エミリアンの右腕が振るわれた。直後、刃を受けた女性たちの首が、闘技場の地面へ次々と落ちた。


 残された女性たちから悲鳴が上がる。顔を背ける者、気を失う者、反応は様々。次は自分の番という恐怖を感じているかもしれない。


「おまえには、霊峰で随分と恥をかかされた。これは見せしめだ。残りの女も殺すか?」


「せっかく買い付けた女性がいなくなったら、あんたが困るだろ」


「構わんよ。この掘り出し物の方が、後ろの女どもより遙かに価値がある。四肢をもいで、私の部屋に飾っておきたいくらいだ」


 エミリアンはほくそ笑み、捕らえられたシルヴィさんの太股へ指を這わせた。エミリアンの手が足の付け根へ近付くにつれ、シルヴィさんの口から艶めかしい吐息が漏れた。


 こんな下衆男にシルヴィさんを弄ばれることが、どうしても耐えられない。


「昔から酩酊薬が大好きだったな。激しく乱れ、良い声で鳴いていたものだ。来賓にも喜ばれていたから、おまえがいなくなった後は酷く落胆されてしまったんだぞ」


 エミリアンの右手が、シルヴィさんの腰当ての中へ消えた。その指先が怪しげな動きを始めた途端、彼女は嬌声を上げて身をよじる。


「そうそう、これだ。おまえの鳴き声をまた聞けるとは思っていなかったよ。もっと良い声で鳴いてみせろ。ほら、ほら!」


 快楽と恥辱と苦痛にまみれて抗い続けるシルヴィさん。そんな彼女を救おうと、エミリアンの足下に倒れていたアンナが顔を上げた。


「シル(ねえ)に……触るな!」


 うつ伏せた状態のまま、必死に手を伸ばすアンナ。そんな彼女を、エミリアンはゴミでも見るように眺め下ろした。


「ブレーズ。こっちは頼むぞ」


 エミリアンの声を受け、傭兵は倒れたままのアンナの側へ立った。彼女のベルトに下がった双剣を奪い、それを逆手に身構える。


「待て!」


 俺が止めるのも聞かず、振り下ろされた刃がアンナの両裏股を襲った。


 あの双剣も魔力を秘めた一品だ。その強度と切れ味を証明するように、刃はするりと彼女の肌へ飲み込まれた。

 闘技場全体へ轟く悲鳴。髪を振り乱し、アンナは地面をのたうち回る。


「このクズどもが!」


 もはや、全員が怪物に見える。正気を保っている奴がどれだけいるのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ