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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.06 モントリニオ丘陵編

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14 竜の力が相まみえ


 異形の怪物は、洞窟の側にいた魚人を蹴散らしながら停止した。だが背中のコブから生える触手は独立した動きを続けている。


 上から叩き付けるように襲うもの。左右から薙ぎ払うように襲うもの。それらは鞭のように柔らかくしなり、けたたましい音を上げて大地を打ち、唸りを上げて大気を揺らす。


 触手自体が意思を持っているのか、はたまた馬型魔獣の意思なのか。十本の凶器は仲間であるはずの獣人や魚人すらも打ち払い、その場に存在する全員を襲っている。


 でも、そんな思案はどうでもいい。終末の担い手。あの卑劣な男の事だ。獣人や魚人も目的を果たすための駒に過ぎないのだろう。恐らく、以前の戦いで地底湖へ落ちたあいつを助けたのは魚人だったのだろうに。


 攻撃を避けながら斬り付けるも、ドミニクから聞いていた通りの弾力だ。表面に薄い傷は付くが斬り落とせない。


 その直後、終末の担い手が杖を振り上げる様子を認めた。恐らく攻撃魔法で追撃してくるつもりだ。


 剣を手に身構えると、十本の触手に変化が起こった。それぞれの先端へ白い渦が絡み付き、激しく回転を始めたのだ。


「風の魔法を付与ふよさせたのか?」


 ただでさえ厄介な触手が風の魔力を帯びた。先端が打ち付けられた直後、風の力が接触部分を切り裂き抉る。

 恐るべき殺傷能力を身に付けたその一本に、ジョスの体が捕らえられた。弾き飛ばされた彼は、声もなく地面を転がってゆく。


 衝撃的な光景に呼吸すらも忘れた。ナタン共々、安否を確認している余裕はない。


「くそっ!」


 執拗に襲って来る触手を避けながら、魔獣の背に乗る終末の担い手へ狙いを定めた。


 力を出し惜しんでいる場合じゃない。ここは、竜臨活性ドラグーン・フォースの力で一気に叩く。

 頭上を見ると、こちらを不安げに見下ろしている相棒と目が合った。


「ラグ、来い!」


「がうっ!」


 それを待っていたように、一声鳴いた相棒が急降下してきた。その体は碧色の輝きに包まれ、右手の甲にある紋章へと吸い込まれた。


 体中の血が沸騰したように、奥底から沸き起こる大きな力を感じる。腹部を起点に起こった爆発は全身へ広がり、視界に映る前髪は黒から銀へと色を変えた。


 脳天目掛けて振り下ろされる触手。その動きが先程までより遅く見える。素早く横へ飛び退きながら、剣の刃へ右手を添えた。


付与エンチャント炎竜刃フラム・ラム!」


 魔法剣の刃を魔力の赤い炎が覆った。


 触手へ目を向けると、先程まで俺がいた場所を見当違いに打ち付けている。そこを目掛けて横薙ぎの一閃を見舞った。


 斬り落とされた触手の先端が落下。痛みに藻掻もがくように気色悪い動きを続けるそれが、切口から炎に包まれた。

 同様に、触手本体も炎に包まれうねる。その横を走り抜け、敵との距離を詰める。まずは馬型魔獣を仕留めるのが先だ。


 しかし、その直後だった。併走しながら膨れ上がる左方からの殺気。即座に目を向けると、淡い輝きを放つ刃が迫っていた。


「くっ!」


 足を止め、その一閃を魔法剣で受ける。

 甲高い金属音が丘陵へ響き、刃の先へひとりの剣士を認めた。


「どういうつもりだ!?」


 俺の言葉には応えず、ラファエル=マグナは冷笑を浮かべている。


 その姿には違和感しかない。今の俺は竜臨活性ドラグーン・フォースを使っている。あのフェリクスさんでさえ、俺の動きを目で追うのがやっとだと言っているほどなのに。


「この時を待っていた。本気のおまえと戦ってみたかった」


「は? 邪魔するんじゃねぇ」


「貴様だけだと思うな」


 何を言っているのかわからない。鍔迫り合いを続けたまま睨み合っていると、その口端が醜悪しゅうあくな笑みを形作った。


竜臨活性ドラグーン・フォース


 その言葉が信じられなかった。まるで、理解不能な異国の言葉を発したように思えた。


 ラファエルの髪が黄金色へ変わる。それは、セリーヌが見せた変化と同様の姿だ。競り合いを続けていた刃ごと押し返され、堪らず数歩後ずさる。


「行くぞ」


 言うが早いか、相手はおもむろに飛び込んで来た。


 凶悪さを滲ませた漆黒の刃。それが流れるように軽やかな動きを伴い、次々に襲う。


 竜臨活性ドラグーン・フォースの効果だろうか。俊敏な剣捌けんさばきの割に一撃ずつが重い。相手の斬撃を受け流すことに必死で、他のことに頭が回らない。


 防戦に追い込まれながら、焦る気持ちが大きくなってくる。どうしてこいつが竜臨活性ドラグーン・フォースを使えるのかという疑問は当然ながら、剣の腕前もかなりのものだ。僅かでも判断を誤れば勝負は一瞬だ。


 そこを急襲するように、横手から一本の触手が迫っていた。明らかに背中を狙っている。


「ちっ!」


 舌打ちを漏らし、その場へしゃがんで触手をやり過ごす。そのままの勢いで、ラファエルに足払いを仕掛けた。


 体勢を崩し、よろけたラファエル。だが、そんな体勢からも上段からの斬り下ろしを繰り出し、迫る触手を難なく裂いた。


 その隙を見逃す手はない。しゃがんだ体勢から後ろ脚へ力を込め、大きく一歩を踏み込んだ。そのままの勢いで、腹部を目掛けて強烈な突きを見舞う。


「だあっ!」


 ラファエルは気合いの声と共に大きく飛び退いた。それと同時に振り上げられた漆黒の長剣ロング・ソードに、突きの先端は弾かれてしまった。


 敵が纏う軽量鎧ライト・アーマー。その肩口を打つ、空しい感触だけが伝わってきた。


「んふっ。今日は客人の多い日だ」


 久々に聞く声はやはり不快だ。ねっとり絡み付くようなそれが、いやに響いて聞こえた。奴との距離は二十メートル程度。恐らく、拡声の魔法を周囲へ張り巡らせたのだろう。


「私が新たに生みだした魔獣。カロヴァ・クルスの力をようやくお披露目できる機会だ」


 体勢を整え、剣を正眼へ構えた。魔力を温存するため、付与ふよした炎の力を解除する。乱れた呼吸を整えていると、ラファエルが忌々しげに顔を歪ませながら横を向いた。


「おまえたち。俺が碧色と戦っている間、あの魔導師と魔獣を黙らせておけ」


 拡声魔法は範囲内の全員へ効果が及ぶ。ラファエルの声が響き渡り、大剣を構えたモルガンと、長弓を手にしたギデオンがそれに応えた。


 見れば、獣人と魚人の集団は壊滅。グレゴワールは杖を構え、ドミニクも目的の相手を前に、攻め入る隙を窺っている。


「よそ見をしている暇があるのか?」


 僅かに目を逸らした隙を狙われた。刃を水平に構えたラファエルが飛びかかってきた。


 呼吸を読み合う余裕もない。このまま怒濤の連撃が続けば、先に疲弊するのは俺だ。

 体の軸をずらし、刃の軌道から逃げる。踊るように身をひるがえし、左手に握っていたそれを相手の眼前へ投げ付けた。


「その言葉、そっくり返してやるよ」


 弾ける閃光と、ラファエルの苦悶(くもん)の声。

 俺が投げたのは閃光玉だ。先程、相手が横を向いた隙に、革袋から抜き出したものだ。


 左腕で目を庇う相手を前に、完全勝利を確信した。

 水平に構えられた漆黒の刃を、上段から振り下ろした一撃で払った。後はこのまま、返す刃で斬り付ければいい。


轟響創造ラクレア・トネール


 決して油断していない。ただ追撃へ必死になる余り、焦りがあったのは事実だ。

 まさか左手から魔法を繰り出すとは思わなかった。顔を庇うと同時に予備動作を含んでいたのか。


 一筋の電撃が左肩を貫いて過ぎ、焼けるような痛みが全身を襲った。

 地面をのたうち回りたいほどの激痛だが倒れるわけにはいかない。奥歯を噛み締め、痛みに耐えながら数歩後ずさる。


 体の感覚が鈍く、思うように動けない。


「碧色。やってくれたな」


 ラファエルは忌々(いまいま)しそうに顔を歪めると、手にした漆黒の剣を再び水平に構えた。

 相手の全身へ殺気が満ちてゆく。このままでは危険だとわかっているのに、体が言うことを聞かない。


 すると、漆黒の刃へ青白い電撃がほとばしった。剣の内部から溢れ出したような幾筋ものそれが、生きているように刃を駆け巡る。


雷鋭(らいえい)竜飛閃(りゅうひせん)


 横薙ぎに振るわれた一閃に沿って、紫電しでんが扇状に広がった。それが、攻撃魔法のように俺を狙って飛んでくる。


 竜撃を直接受けるのは危険だ。どうにか危機を回避しようと、自らの体へ向けて全力で命令を出していた。


 その瞬間はまさに無我夢中。なり振り構う余裕はない。咄嗟に横へ飛び退きながら、紫電に沿って魔法剣を払っていた。


 そんな一撃に、どれ程の効果があったのかはわからない。気付けば地面へ横たわり、腹部を中心に強烈な電撃が全身を巡った。


 声にならない悲鳴が漏れる。熱さと痛み。ふたつの魔物から一斉攻撃されているようだ。このまま死んでしまえば、この苦痛からのがれられるだろうか。そんな破滅的な考えまでもが脳内を巡ってゆく。


 腕輪から漏れる警告音を聞きながら、意識を保つことしかできない自分が情けない。

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