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12 漆黒の月牙


「さっさと従わないと、腕が折れるぞ」


 グレゴワールという名の魔導師はじっとしたまま動く気配がない。捻り上げた腕へ少しの力を加えれば、脅しではなく本当にこの左腕を破壊することができるというのに。


 苦痛に歪む横顔を見ていると、乾いた拍手が聞こえてきた。視線を向けた先では、黒い軽量鎧ライト・アーマーを纏った剣士が薄笑いを浮かべている。


「良い動きだ。どうやら貴様を甘くみていたらしい。おまえたちも油断し過ぎだ。相手を見くびるからそうなる」


 男の言葉に触発されたように、モルガンとギデオンはゆっくりと立ち上がった。だが、その姿に違和感を覚えざるを得ない。


「どうして立ち上がれるんだ」


 不安が声になって漏れていた。

 ギデオンはともかく、モルガンという大男にはいかづちの魔法石を当てた。通常なら体へ痺れをきたし、ここまで動けないはずだ。


「半端な鍛え方はしてないんでな」


 モルガンは不敵に微笑んでいるが、奴が身に着ける重量鎧ヘビー・アーマーを見て合点がいった。


「その鎧、魔導武具マジック・ウエポンか」


 出で立ちから漂うのは圧力だけじゃない。凝った装飾とおごそかなたたずまい。それは小柄な剣士にも通じるものがある。あいつが身に付けている軽量鎧ライト・アーマーも同質のものに違いない。


「そういうこった。あの程度の魔法なんざ屁でもねぇ。蹴りは少し効いたけどな」


 モルガンが唾を吐き捨てる。口内の血が混ざり、真っ赤なそれが地面へ叩き付けられた。そうして腰の革袋から取り出した葉巻を咥え、大きく息を吸い込んだ。虚ろな目に見つめられ、背筋へ震えが走る。


「頭に来たから、本気でやっていいか?」


 すると、苦しげに呻いていたグレゴワールが慌てて顔を上げた。


「モルガン君、薬を使いすぎだ……私には貴重な資料となるが、万一倒れられたら次の被験者を探すのが面倒だ」


 自分の腕よりモルガンの心配をしているのは不思議だが、それ以上に、薬という言葉が妙に引っかかった。


 困惑していると、いきり立つモルガンの隣へギデオンが並んだ。


「グレゴワールの言う通り。おまえはこの間も金髪剣士をひとりで痛め付けたろ。今度は俺にやらせろよ。切り刻みたいんよ」


 手にした短剣ショート・ソードの刃へ舌を這わせる姿に困惑してしまう。どうやらとんでもないパーティと遭遇してしまったらしい。

 警戒を緩めず、一同を見渡した。


「おまえらが一歩でも動けば、この魔導師の首を刎ねる。そうなったら困るだろ? 特にモルガン。あんたがな」


 先程の話からして、このグレゴワールが調剤の腕を持っているのは確実だ。びゅんびゅん丸を大人しくさせたことといい、モルガンの葉巻といい、ただの薬でないのは明らかだ。


 視界の端で、ジョスが慌ただしく動いている様を捉えていた。この一味では当てにならないと諦めたのか、腰へ提げた革袋から軟膏が塗られた湿布を取り出している。それを素早くナタンの傷口へ貼り付け、布切れを上からきつく巻き付ける。


「もういい。そこまでだ」


 モルガンとギデオン。ふたりの後方から声が聞こえてきた。彼等が振り向く動きに合わせて視界が開け、男性剣士の姿が覗いた。


「貴様の度胸に敬意を表して、馬は返そう。争うつもりはないし、グレゴワールに足も治させる。自由にしてやってくれ」


 そう言いながらも、剣士は腕組みを解くことはない。尊大な態度が鼻につく奴だが、こいつには別の狙いがあることに気付いた。


「別に、この男の力は必要ないんだろ? 俺を狙っていないで、あんたの魔法で治してくれれば済む話だろうが」


「ほう。気付いていたのか」


 腕組みをした指先は、ずっとこちらへ向けられている。恐らく、無詠唱で魔法を顕現けんげんさせることができるのだろう。レオンと同じく、剣と魔法を操る魔法剣士というわけだ。


 俺は口元へ笑みを作り、余裕があることを強調してみせた。


「魔法で攻撃してきても無駄だ。こいつの首を刎ねた勢いで、まとめて打ち払ってやるよ」


 一同を眺めると、モルガンが怒りを滲ませて大きな舌打ちを漏らした。


「小僧。あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ。儂らを誰だと思ってやがる」


 そうして地面へ大剣を突き立てる。その動きの最中、奴が身に付ける加護の腕輪が目に付いた。俺は思わず息を呑む。


 腕輪へほどこされた装飾のラインは銀色。それはランクSである証拠だ。弓矢使いのギデオンと、グレゴワールの捻り上げた左腕にも銀装飾の腕輪が填まっている。

 だとすれば、真正面で腕組みをしている男性剣士はどれほどのランクだというのか。


 恐る恐る目を向けると、青のラインが目に付いた。なぜかこいつだけランクB。てっきり同じSか、更に上のLだと思っていただけに、拍子抜けした気分だ。


 その時いくつかの疑問が混じり合い、ひとつの答えを形作った。


 そもそも、ナルシスがヴァルネットの街を離れた理由は何だったか。シャルロットの話では、自身の最年少記録を塗り替えた相手に会うと言って出掛けたはずだ。

 そのナルシスが返り討ちに遭った。あいつのランクはC。その記録を塗り替えた相手だとすれば、ランクは。


「そういうことか……」


 俺のつぶやきに、男性剣士は怪訝けげんそうな表情をした。


「おまえが、ラファエル=マグナか」


 二つ名は漆黒の月牙げつが


 すると男は目を見開いた。視線が俺の握る魔法剣へ吸い寄せられてゆく。恐らく、刃を覆う碧色の光に気付いている。


「なるほど。お互い思いも寄らない所で会うものだ。しかも、いつから賊とパーティを組むようになった? 人材不足か?」


「なんだ。ラファエルの知り合いか?」


 モルガンの言葉を受け、彼は明らかに落胆の色を浮かべた。その口から溜め息が漏れる。


「馬鹿が。奴は、碧色の閃光だ」


 モルガンとギデオンの顔へ、驚きと好奇の色が浮かんだのがわかった。


「なんだか、俺を探してたような口ぶりだな」


「探していたというより、手合わせ願いたいとは思っていた。王の左手は別格として、この国には興味を引かれる相手がいない」


 ラファエルは不適な笑みを浮かべながら、ゆっくりとナタンへ歩み寄ってゆく。


「あの男の傷を治せばいいんだろう?」


 そうして、右手を胸元まで持ち上げた。


「静寂の水、生命のあかし。この身へ宿りて傷癒やせ。命癒創造ラクレア・ゲリール


 ラファエルの手の平へ、青白い癒やしの光が灯った。後はそれをナタンの患部へ当て、傷口が塞がるのを待つだけだ。

 安堵と共に、大きく息を吐いた時だった。


「がう、がうっ!」


 頭上から降り注いだのはラグの声。それを合図としたように、太く白い影が視界へ飛び込んできた。


「伏せろ!」


 ドミニクの鋭い声が飛ぶ。俺はグレゴワールを掴んだまま、その場へ素早くかがんだ。


 突如現れた大木のような白い影。それが周囲の樹木を容易く薙ぎ払った。

 砕けた木片や千切られた枝葉が舞い散る。倒れ来る木々の下敷きにならないよう、散り散りに散開してそれらを避けた。


 混乱の中、グレゴワールは手綱を放してしまったらしい。自由になったびゅんびゅん丸だが、抜け殻のように棒立ちになっている。


「くそっ!」


 捻り上げていたグレゴワールの腕を解き、腰の革袋から閃光玉を取り出した。それを炸裂させた途端、正気を取り戻したびゅんびゅん丸は慌てて走り去ってゆく。


「ドミニク! こいつが魔獣か!?」


「そういうこと。言った通り、刃は通りにくいから慎重に頼むよ」


 木々に邪魔され、あいつの姿を視界に捉えることができない。しかも、こんなところで敵に嗅ぎ付けられたのは完全に予定外だ。作戦も何もあったものじゃない。


 俺たちを襲ってきた白い物体は軟体生物の足らしきものだ。形状から察するに海で捕れるセシュに似ている。相手は恐らく十腕形類じゅうわんけいるいの魔獣だ。


 敵にとっては軽い威嚇のつもりだったのか。ぬめりけのある太い足は逃げるように引き下がっていった。どうやら洞窟の奥から数本だけが襲ってきたらしい。こんな攻撃を何度も避け続けるのは至難の業だ。


「どういうことかね?」


 側に伏せていたグレゴワールが、左腕を摩りながら尋ねてきた。


「俺たちの目的は、あの魔獣だ」


 中腰で剣を構えると、大剣を担いだモルガンと、長弓を構えたギデオンが寄ってきた。


「面白いことになってきたな。ザコ相手の小遣い稼ぎは飽き飽きだしな」


「モルガン。おまえはいいかもしれないけど、巻き込まれるこっちは堪らねぇよ」


「ふたりとも黙れ」


 会話を遮り洞窟の奥へ目を凝らす。そこから姿を現した異形の存在に、釘付けになってしまった。


 二足歩行で人の形を保っているが、まさに怪物のような出で立ち。思い思いの武器を手にした五十人ほどの集団が、敵意を剥き出しながらゆっくりと迫っていた。

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