一日目
初の長編にチャレンジします。完結するのが目的なのでひどく遅い亀更新になるかもしれません。生暖かい目で見てやってください。
2529年、世界の人口はこの半世紀著しく減少していた。約50年前に突如現れた謎の奇病。
医療が発達し、ほとんどの病気は完治する時代でもまったく原因も治療法もわからないその病は分類としてはおそらく心臓病。約1年かけて心臓の拍動がゆっくり穏やかになり、やがて停止する。
発症に気づくのは人それぞれでたいていの人たちは気づくことなく自分の寿命が半年ぐらいになったころに体にとってもう無茶な行動をし、一度倒れる。そうして初めて自分に残された時間を知るのだった。
発症条件は分からない。空気感染でもなく体液感染でもなく、飛沫感染でもなく感染経路も不明。発症する種族も性別も年齢もランダムだった。にもかかわらずその奇病は世界に一気に広まった。
発症条件が分からないその奇病に世界は大混乱した。人々はいつその奇病が自分に感染するかも分からない恐怖に陥り、流通や政治に大きな打撃を与え、奇病は速やかにかつ、確実に世界の人口を減らしていった。奇病が発症すれば約1年で死亡する。毎年確実に人が死んでいくのだ。死ぬ人が減っていた時代ではその影響は大きかった。生まれる人間の数よりも死者の数がそれを越し、人の数はみるみる減っていった。
この原因不明の病に対し、人々は様々な理屈をつけた。
ある人は増えすぎた人に対する罰なのだと言った。
ある人はこれは神の怒りだと言った。
ある人は運命なのだと言った。
どちらにせよ分かっているのはこの奇病に対して人が取れる対抗策などないということだった。
やがて奇病の発症例が出てから半世紀。世界の人口は約半分ほどになり、世界には廃退的な空気が流れるようになった。
人の減った街は過疎化し、発展も穏やかに緩やかに低下していったが皮肉にも人口が減ったことによりバランスが取れていたのだ。
唯一の救いだったのはこの奇病では痛みがないことだった。心臓は静かに拍動を緩やかに減らし、ある日その鼓動を止める。その過程に痛みは伴わなかった。
半世紀が経ち少なくなった人々は協力し、それぞれの暮らしを送るようにになった。いつか自分もその奇病で死ぬことも覚悟しながら人々は穏やかに逞しく人生を謳歌していた。
仕事に遅刻しないようにかけた3つの目覚まし時計を止めるため布団に戻りたがる体を引きずってベットから降りた。
日課のようなものになってしまった窓から差し込む朝日を見て今日もまた自分が生きていることを実感する行為。
とある奇病が世界に広まってはや半世紀。世界は大きく変わったと思う。とは言っても自分はこの奇病が当たり前の世界に生まれたのであまりそう感じたことはない。小学校の頃から学年だったりクラスの誰かが奇病にかかり、進級するときにはすでに永遠の眠りについてしまっていた子もいた。
明日は我が身。
そんなある意味殺伐としていた学生時代。それなりにいた友人たちのうちの半数はもう眠りについた。
寂しいと思うし、悲しいことだとも思うが、仕方がないことだともあきらめの気持ちも無くはない。
ずっと発症していることに気づかずに仕事が激しいものではなかった人がある日眠ったらそれが永遠の眠りになってしまったという事例も報告されている。
それを知ってから毎朝、無事に目覚めるとまだ自分が生きていることを知り、そのことにほんの少しの残念さを感じる自分がいた。
別に死にたがりというわけでもなく、人生に絶望しているわけでもないけれどただほんの少し眠る前に期待する自分がいるのも確かだ。
簡単に朝ごはんを作って食べる。すでに昨日タイマーをかけていた炊飯ジャーからご飯を盛り、夕飯の残りの焼き鮭とほうれん草の磯びたしをそれぞれ皿と小鉢に盛る。ほうれん草のお浸しに海苔を混ぜるだけの簡単なものだ。それに大根の味噌汁。これもまた昨夜の夕飯の残りを温めるだけ。
食べ終わり食器をシンクに置き、水に浸けて置く。30分程度で支度をして出勤する。職場は徒歩で行ける範囲にある本屋。もう勤めて何年になるだろうか。穏やかな店長と気のいい同僚。バイトの子たちもよく気が付くいい子たちだ。いい職場だと思う。一人暮らしであまりお金を使うこともないので生活にも困らない。
部屋から出て玄関の鍵を閉めているとお隣さんもちょうど出勤時間だったらしい。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
お隣さんはアカモリさんといって30代くらいの男性だ。この人とも付き合いは長いと言える。ここに越してきてからずっとだ。
「アカモリさんも今からですか?」
「ええ。本当は今日は遅番だったのですが急に出ることに。せっかくゆっくり出勤できると思ったのですがね。そういえば有村さん今日お仕事の後何かご予定はありますか?」
「特には。何かご用ですか?」
アカモリさんは個人経営の私立図書館に勤めている。この時代いつ死ぬかわからないためか自分の歴史を残したいと思う人は多く、個人の伝記のようなものも蔵書する個人経営の図書館も増えている。
アカモリさんはそういった図書館の司書として働いている。
「よろしかったら今夜夕食でもどうでしょうか。前におっしゃっていた魚介類がおいしいお店を見つけたんです。自分は空いているので有村さんが良ければと。」
「本当ですか。ありがとうございます。今夜は特に用事もないのでぜひ。」
お隣さんのアカモリさんとは食事の趣味が合った。始まりは挨拶だけを交わす程度のものだったのだが。
まあいろいろあってつかず離れずときどき食事に行くくらいの仲になった。
ただ付き合っているのかと聞かれると何ともいえない。敬語でお互い話しているが冗談だって言いあうし、よき友人だと思っている。
「では一度アパートに帰ってから行きましょうか。職場よりアパートからのほうが近いので。何時に行きます?」
「8時くらいでも?」
「もちろんです。ではまた夜に。」
職場までの途中の道ででアカモリさんと別れる。アカモリさんは電車で二駅のところに職場があるのだ。
アカモリさんを見送ってからふと右手首につけている腕時計で時間を確認するといつもより遅くなってしまっていた。どうやら少しアカモリさんと話しすぎたらしい。
さて自分も急がねばと歩き出したとき一瞬だけ心臓がドクリと脈動した気がした。しかし一瞬すぎてよくわからず、しかも出勤時間が迫っているということもあって気のせいだと思いまた職場へ向かって歩き出した。