ご飯は1日2回 6-5
少し前の大臣視点の話。
……迂闊だった。
ワシは城にいる全ての人間を引き連れ、街の中の至る所を捜索した。
ワシの知人や王を慕う民も捜索に手伝ってくれた。
側近として、人間の女のウィル兵長とブルドックのチョルとエルフのレン隊長が一緒に行動してくれた。
アウルという奴隷の主人を指名手配し、街中くまなく探した。
程なくして、男の家が分かったが、そこには居なかった。
あたりを探索していると、チョルが地下通路を見つけ、レン隊長が先に潜り、ウィル兵長、ワシ、チョルという並びで
その地下通路を駆け抜けた。 その先に井戸があり、山小屋のような家があった。
チョルは、王の匂いを感じ、その家を家宅捜索した。
匂いが途切れているのが分かり、小屋内を探索していると、レン隊長は床の音に疑問を抱く。
程なくして、床下へのドアが見つかるが、嫌な匂いと、嫌な予感が辺りを立ち込めた。
ランタンの薄明かりが、奥の部屋のドアをうっすらと照らし出していた。
見たくない光景がそこにあるのを感じたが。側近達に開けてくれと命じた。
すぐに開くと同時に、鼻が曲がるほどの様々な異臭があっという間に部屋に立ち込めた。
「ゥゥ………ウゥ……」
『『『国王様!』』』
部屋に踏み入れると、猟奇的過ぎる光景が広がっていた。 国王の着衣にも血がべっとりとついていた。
国王は全裸で、大量の返り血を浴びていた。
「ご、ご無事ですか!?」
「……シニタイ……」
「……申し訳ございません……ぅ……私めがおりながらこのような事態……」
目に涙がこみ上げた。
「……大臣……頼みがある……」
「なんでしょう?……私に出来ることがあれば……」
「アウルと……同じ苦しみで……シニタイから……首絞めて……」
「……国王……少しお話しませぬか……?」
「ヤダ……シニタイ……ウゥ……」
「……」
ワシは国王様を抱き、そっと背中を撫でながら、指揮をとった。
「……ひとまず……亡骸を片付けましょう……」
「チョルは、小屋周辺の警戒、何かあればレン隊長とウィルに相談」
「……畏まりました」
「レン隊長とウィル…………片付けられるか?ウィル?」
「……問題ございません……国王様の傷と向き合うのは兵長の務めです」
女性だからと思って気を使おうとしたが、レン隊長一人ではおもすぎるだろう、チョルは、なるべく心優しいため見せないほうが良いだろう。
それから、王を宥めながら、部屋の4体の亡骸が片付けられるのを見守った。
……。
「大丈夫ですよ……ゆっくり呼吸して下さい」
「……すぅ…………はぁ……」
「……お上手です国王様、ゆっくり、ゆっくり呼吸していて下さいね……」
国王の目は死んでいて、虚ろな表情にワシはうつっているだろうか?
背後にレン隊長の気配を感じた。
「亡骸4体を上に移動しおわりました」
「ご苦労……暫く、国王と二人にしてもらえるか……? 片付けが済んだら上で待っていて欲しい」
「御意」
それから、数分経っただろうか。
国王のことを集中していても、獣の耳は些細な声を聞き逃さなかった。
「……チョル、すまない、こいつを頼めるか?」
ウィル兵長の声だ。
「……了解でアリマス!」
「はぁ…………」
チョルには亡骸に触れて欲しくなかったのだが……まぁ……平気そうだから今は気にすることではあるまい……。
「ウィル……とりあえず片付けるには人員がいる、オマエとオレの部下を集め、こいつらを運ぶのに必要な物を持ってきてくれ」
「御意っ!」
「頼んだぞ……オレはここを見張っておく」
「……」
とりあえずこの事態を収拾させることは問題なく済みそうだ。
……
「国王様、無事収拾出来そうです、なのでとりあえず リラックスしましょう」
「無事……? 何が無事だ!……何がリラックスしましょうだ!」
「……申し訳ございません……」
「なぁ、大臣……首を絞めてくれないのか?」
「……申し訳ございません、それは出来ません」
「……フン……役立たずだな…… だからオレ様を……国王を傷つけるのだ」
「返す言葉もございま……」
……オレ様……? なんかしゃべり方がおかしい。
自分のことなのに『国王を傷つけるのだ』 なんて普通言うだろうか?
言うかも知れないが、一度自分と言いかけておいて、あえてその言葉を言い直すということは……。
……
まて、落ち着け…… 思ったことを尋ねるんじゃない、事態を理解し、国王を落ち着かせるのが先決だ。
「……国王を守ってくださりありがとうございます」
「……フン…… 気づくのが遅いな…… アウルは、一言話した瞬間、オレ様のことを分かっていたぞ」
「……それはそれは、流石王のお友達ですね……」
言い切ってから気づく、さっき倒れていた幼い獣人の奴隷は恐らくその『アウル』だったのだろう。
「嗚呼……本当によく出来た良い奴だった……」
国王の目から涙が流れた。 聞くのも辛いが、向き合わずして傷を癒やすことなど出来ないだろう。
「お辛いでしょうが、何があったのかお話していただけますか?」
「…………てくれるなら良いぞ……」
「……それで王の気が晴れますか?……」
「……わからぬ……でも、オレ様も味わいたい……アウルの痛みを」
単なる自虐じゃないことが分かった。 して欲しいのならしてあげるのが良いのだろう。
「……御意」
そして、ワシは恐る恐る、王のクビに……手をかけた。
している間も思考をフル回転させる。 どうすれば、王をなだめることが出来るだろうか。
手がぷるぷると震える、けして力を入れすぎているわけではない。
自分が誤ったことをしているのをやめさせようと脳が信号を出しているのだ。
王が苦しそうな声を時折あげる。 その声が大きな針となりワシの心に突き刺さるのを感じた。
王は苦しそうでも、それと同時に何か満たされているようで時折『ニィ』っと笑ってくれた。
その笑顔で手の力がストンっと抜けた。
「どうした……何故やめる……?」
「わしには……」
「わしには……貴方を殺めることなど出来ません」と言いかけたのを堪えた。
「わしは、王の傷を知りたい……話を聞かせて頂けたら続きをしましょう……」
「……ふむ……話したら殺してくれるか?」
「……それは恐らくできかねます……でも本当にお辛いのであれば……」
「……オレ……というか国王は、10倍の額でアウルを買う予定だった」
「……嗚呼、少し高額な気がしましたが、アウルさんがいれば奴隷にとって住みよい町にできたかもしれませんね」
「国王がアウルの値段の10倍だと思っていた金額は実は50倍だったみたいで、あいつらの『奴隷を買うのにそんなにお金を使って許されるのか?』でオレは、抵抗せず、互いがwin-winになるようなことを考えながらやつらのやりたいことに付き合っていた……いたのだが……ぐっ……クソッ、最初から殺していれば……アウルは……」
王は、悔しそうに唇を噛み、やがて、ジワリジワリと出血しているのが見えた。
これ以上は記憶をかき回さないほうが良さそうだ。
「……なるほど、なんとなく分かりましたのでもう大丈夫ですよ……貴方は間違ってません、わしも同じことをしたと思います……だから……」
「……なぁ……話したから良いだろう、殺してくれよ…… 早く……」
「……それでも自分自身を許すことが出来ないのですね……少々手荒になりますが……これもわし自身の過失が故……王……その痛みわしが背負います」
わしのローブのポケットには、思考制御を活発にさせる薬を砂糖菓子(飴玉)で加工したものがある。
この飴玉は、注意して飲まないとならない。
なんのためにあるかというと、憂鬱な気持ちを自分自身で励ましたり、体のリミッターを少し弱める効果があるのだ。
精神的面での栄養ドリンクと思っていただければ良いかもしれない。
ただ、この飴玉の服用を間違えると大惨事も免れないこともある。
自虐思考に苛まれることがあれば、自虐思考に苛まれ自殺を誘発してしまうこともあるぐらいだ。
……一か八かだが、わしならきっと大丈夫だろう。
「王、首を絞めるのは構いませんが、喉に負担がかかるでしょう、先にのど飴で喉を潤しましょう」
「……大臣よ、貴様が何をしたいのかわからぬが、オレ様を愚弄するなよ?」
「そんなつもりは御座いません。 王は苦しみたいのでしょう? わしを信じていただけますか?」
そして、緊張で震える手の中、差し出した紙に包まれた飴玉を王は受け取り、中の飴を口に忍ばせ、包み紙を辺りに放り投げた。
「……どうです? 美味しいですか?」
「……今のオレ様に味覚なんぞない……」
痛覚はあるようだから、多分味覚がないわけではないだろう。
ただ、嫌なことがあって食事がのどを通らない、
「そうでしたか……あっ、噛まずに舐めて下さいね。 ゆっくりと……ゆっくりと……」
「まどろっこしい……こんなのに時間をかけていられるか……ん……」
「そうです、ゆっくりと……飴に歯を当てちゃいけませんよ? 理解したら小さく頷いて下さい?」
「……んんっ……」
王はコクリと頷いた。 王はジワリジワリと催眠状態にかかりはじめたのだ。
……
それから5分ぐらいたった。
死んだ目のような虚ろな表情で、飴を舐めるため時折舌を動かす王。
「……」
「……」
わしは、今から王の洗脳をするためのシミュレーションと、王を洗脳した後に起きうることに対する覚悟を決めていた。
「おっ……王、飴が舐め終わりましたらはじめましょうか」
覚悟が決まったわけではない。 下手をすると十分程前にみた光景のように自分がなってしまうかもしれない。
「……嗚呼……もう終わる……」
催眠状態の王は最低限の言葉だけを返した。
覚悟を決めるのが先か……王が飴を舐め終わるのが先か……。
催眠をする場合の飴の効果は10分程度ぐらいしかない、その間の記憶はとても曖昧なものになる。
……。
それから約1分が経った。
……よし。
「終わった……ぞ」
わしは大きく深呼吸をした。 見よう見まねの洗脳をこれから頑張ってみようと思う。
「では、王今から話すことは、貴方の記憶に留まることはないでしょう、もし留まっていたとしても忘れて下さいね」
「……御意」
「貴方は今誰を許せませんか?」
「……オレ……オレ様自身」
予想通りの答だった。 このターゲットを私に変えれば多分大丈夫であろう。私の身に危険が及ぶが……。
「いいえ、貴方が許せないのは、今目の前にいるわし……じゃなかった、大臣でしょ?」
「……なん……で?……」
虚ろな表情で王は理由を求める。 納得行くように言いくるめられたら目的は達成できる。
「大臣は貴方のサポートをする立場、ましてや年上であるため貴方の行動をフォローしなければならない、違いますか?」
なるべく強いた言い方をする。
「……確……かに」
思考を無理やり強要、始めての試みだがこんなに簡単だったらもう少し楽なパターンがあったかもしれない。
とは言え、洗脳のカウントダウンは始まっている、私は浅く深呼吸してから再び王に質問を投げかけた。
「では、そんな許せない大臣を、貴方はどうしたいですか?……」
「……シニ……タイ」
「……ち、違うでしょ……殺したいでしょ? 貴方を苦しめた原因は目の前の大臣に、……憎いでしょ?」
「……嗚呼……憎イ…… ナァ、甚振ッテ、殺シテイイ?……」
「……どうぞ……思うがままに……傷つけて、傷つけ終われば貴方は澄んだ気持ちになります、この憎しみも消えるでしょう、そして、大臣が死んでも貴方は悪く無いですし、大臣のことは忘れます。
よっ、良いですか?わっ、わかっ、わかりましたか?」
その問いかけに王はゆっくりと頷き……意識を失った。
手を伸ばそうと思ったが、先に別れを済ませたほうが良いだろう。
ゆっくりと立ち上がり、レン隊長に、事の報告をして、後のことは頼む と言ってから王が気を失っている部屋を戻った。
……。
王にそっと手を伸ばす、初めて国王に触れた時を鮮明に思い出す。
その時はまだ雇われたばかりでひとまず城で働くのであれば安泰だろうと思っていた矢先。
王妃様が出産なさってそっと触れて、10秒ほど抱いたときのことを思い出す。
まさか自分が、先代国王に気に入られ、王の補佐である大臣になるなんて、
そんなこと未来の自分に言われたら信じてもらえないだろう。
王をそっと抱き寄せる。 あの時の約3000gとは違い、その何倍も重い。今のお姿。
いつか王が立派に国をまとめ、国の決まりごとを決められる日があるのならせめて見届けたかった。
……。
ゆっくりと深呼吸をする。 今更ながら自己暗示用の薬が洗脳にも使えるなんて……。
いっそのこと、アウルの件をすべて忘れさせられれば解決したんじゃないだろうか?
そんな浅はかな考えに、苦しそうに泣く王の素顔がよぎった。
「……」
我が身ひとつで王の傷を癒せるのであればいくらでも……。
ご都合主義が出てないか心配ですが、楽しんでもらえたら宣伝ツイートなりブクマなりお願いします。