帰郷のどたばた
「寂しかったぞぉこのバカ息子ォォォォッォォォオ!」
父が号泣しながら疾走する。かつて敵兵を殴り飛ばしながら戦場を疾駆した
豪腕の傑物の姿に苦笑いしていたが・・・。
「やべえコッチくるぞ!」
人だかりから発せられた言葉に皆が一斉に反応し、聖者が割って見せた海原がごとく人が分かれていく。 しかしあのスピードと馬力はやばいんじゃないか?
「逃げろおおおお!」
逃げる私、追う父。撥ねられる兵士と市民。時間が経つごとに鼻水と涙で顔が汚くなっていく父にヴァルターも悲鳴をあげている。
ぎゃーとかヒィーとか逃げる後方から聞こえてくる。
「大将! ごめんなすって!」
そう言うが早いか顔なじみの兵士が俺の足を引っ掛け、転ばせる。
そして市民や兵士が寄って集って俺の手足を押さえつける。
「すんません!町のために犠牲なってくだせぇ!」
「ば、バカ! あんなのに正面からぶつかったらどうなるかわかってんだろ!」
必死に抵抗するも市民と兵士は『ゆるしてつかあさい!』と呪文のように唱えるばかり。 足元に視線を移すと・・・死刑の執行が間近に迫っていた。
「今父が行くぞォォォッォオォォ!」
父は大きく踏ん張って飛び上がると錐揉み回転を加えながら落ちてきた。
「うわっ!」 「ひぃっ!」 「にげろぉぉ!」
一斉に逃げ出す皆、逃げ遅れる私。そして意識が途切れる最後に私が見たのは父の汚くも懐かしい顔であった。
「まったく!せっかく帰ってきたヴォルを殺す気ですか!」
意識を取り戻して最初に聞いたのは聞き覚えのある女性の怒鳴り声。
母、アガーテだ。腰が痛むので首だけ動かすと父と兵士とヴァルターが正座させられている。どうやら先ほどの騒動で説教を喰らっているようだ。
「しかしアガーテ、10年だ!10年待ったのだ・・・。」
「お黙りなさいガランド! 貴方はいつも乱暴に過ぎます!」
父ガランドの言い訳をバッサリと切り捨てる。父がヴァルターより小さく見えるくらい小さくなっている。今更だが我が家はカカア天下である。
しかし父の縮こまり方がさすがにかわいそうなレベルになってきたので意識を取り戻したことを告げる。
「いつつ・・・、ただいま。」
腰の痛みに顔をしかめながら言うと皆が感慨深そうに頷き、お帰りなさいと返してくれた。涙もろい父はまた瞳に涙をためている。
「それで・・・どうしてすぐ帰ってこなかったのだ?」
何回か抱き着こうとして母に殴り倒されて落ち着いた父が頬をさすりながら言う。
少し考えてから私は神様から告げられた予言について話すことにした。
「突拍子もない話だが・・・突然ドラゴンの力を受け継いで産まれたのも納得がいくのう。」
「それに兄さんは昔から不思議な技を沢山知っていましたし。」
そう言うとヴァルターは両手で空手の構えをする。むかしちょこっと教えたのを覚えていたようだ。当然だがこの世界にはまともな徒手格闘術も剣道も何も無い。多少甲冑を有効に使う体捌きがあるだけだ。
「けれど悪い予言でなくて良かったわ、しかもお弟子さんとヴォルの子供が世界を救うなんて。」
たしかにこれは滅びの予言ではない。世界を救うとのことから未曾有のなにかが起こるのは予想できたがとりあえずは安泰だ。
ただ人数のことは言えなかった。一夫多妻が合法とはいえ言い辛い。
「まあ、ワシとしては元気にやってくれるなら問題ないが・・・弟子を取るというのならリットリオ公国に行くといいだろう。」
「なぜです?」
そう言うと父は地図を広げて簡単にリットリオ公国について教えてくれた。
この国は交流ができて何度か視察に行った際大きな闘技場があったらしい。
そこで賞金稼ぎが日夜勝負を繰り広げているらしいのだ。
「わが国には勝負といえば乗馬かウチの畑の芋ほり大会か賭博場くらいだからのう、せっかくだし遊びに行くくらいのつもりで行ってくるといいぞ。」
「ありがとう父さん、私もリットリオには興味があったんだ。」
国交が結ばれているので往来も簡単になっているらしい。
しばらく実家でのんびりしてから私はリットリオに向かうことにした。




