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父が治める領地は大きくなったらしいがその場所まで向かうのに苦労は無かった。
なにせ二カ国のちょうど中間にあり、国の折衝を行う領事館のような役割を務めているのだ。
そう思い、歩いたり飛んだり、馬車に同乗させてもらいながら向かっていくと村や町の人々はいつも通りといわんばかりに安穏と過ごしていたが景色や町並みは少しばかり変わっていた。
10年とは長いものだな―――――と思いながら馬車に揺られていると同乗させてくれた商人がアダムスター家の領地に入ったことを教えてくれた。
「ところでお兄さん、あのお方にどんな御用だね?」
初老の商人は馬車揺られている私を見てそういった。
服装は古いし、体には戦争でついた傷跡が残っている。 端からみたら戦争ですべてを失った浮浪者にしかみえんだろう。
「アダムスター卿には浅からぬ縁があってね、驚かせようと足がつかぬ格好で戻ってきたのだ。」
「ほお、というと実は高名な騎士様で?」
半ば冗談めいた調子で答える商人に俺は笑って言った。
「そうだ、といったらどうするね?」
驚いた顔の商人を他所に私はあの時ヴァルターと交換したペーパーナイフを片手に帰郷できる喜びをかみ締めていた。
「すみません、こちらからはアダムスター伯爵様の直轄地です。」
父の屋敷を訪ねると門番らしき兵士が私を呼び止める。 昔の屋敷よりも随分と馬鹿でかくなっているが父は元気だろうか。
悪い噂は聞かないし、跡継ぎのヴァルターも元気らしい。
何用ですか?とたずねる兵士に私は例のペーパーナイフを渡して言った。
「このナイフを渡してこう言ってくれ、『帰ったので交換しにきたと。』」
兵士は首をかしげながらもナイフを受け取って屋敷の奥へと引っ込んでいった。
すると少しして兵士ではなく女顔の少年が全力で走ってきた。
忘れようはずもない、あれは私の弟ヴァルターだ。
「兄さん!」
「よう、でかくなったな。」
私は父に似て赤っぽい金髪になったがヴァルターは母に似て美しい髪の少年に成長していた。 体も昔に比べればだいぶ逞しくなったがアダムスター家の男としてはいやに細く、顔立ちすらも母にそっくりなためかなりの女顔。
父の遺伝子が残っているのか不安になる。
「どうして10年も帰ってこなかったのですか!」
「んー、それにはいろいろあってな。」
どこから話したらいいものかと考えていると屋敷から兵士達が集まってきた。
皆驚いた様子でこちらにやってくると私の顔を見るなり皆涙を流し始める。
「大将ー! 会いたかったっすよぉ!」
「てっきり死んでしまったのかと心配してたんですよぉ!」
そんな感じにむさいオッサンどもと弟が泣き喚くので大変な騒ぎになった。
仕方ないとはいえこうなると父や母だと大変なことになるんじゃないか・・・。
こういうときの予感は往々にしてよく当たるもので。
「ヴァオオオオオオオオ!」
大量の鼻水と涙を撒き散らし、何事かと駆け寄る兵士を跳ね飛ばしながらこちらに凄まじいスピードで走り出す父親の姿がそこにあった。




