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龍の咆哮その1

かの青年との深夜の会合が終わってから三日経ったある日の朝。

心なしか軽くなった気持ちと共に私は目が覚めた。

マフィア達からの脅迫もいつの間にか陳情に変わり、今まで泥を被ってアタフタしていたのが逆に彼らを追い詰める算段を考える余裕すらできてきた。

上司達にそれとなく奴らとの癒着の証拠を匂わせると彼等は一様に大人しくなり、私に命令できるものは事実上居なくなった。元より騎士団の中で私が所属する治安維持部隊は特殊なたち位置であり、命令機構は汚職を疑われる貴族どもより高い位置にある為如何なる者も本来は邪魔をしにくいのだ。

今になって考えれば彼等が必死になって私の弱みを握ろうとしていたのが頷ける。しかし今の私は彼等と同等かもしくはそれ以上の裏組織との共同歩調を取っている為もはや奴らの影に怯える必要もない。

今こそ義憤の赴くままに奴らに正義の鉄槌を下さなければならぬ。その為に例えこの身が朽ちようとも躊躇う訳にはいかない。

我らは正義の名の下に・・・その誇りを取り戻してくれる御仁がそう何度も現れる訳ではないのだから・・・。


「騎士団長アイノ様ですね?今日も果実水をどうぞ」


最近の日課となった伝言を伝えるエルフとの遭遇。いつも何かの商品を片手に現れ、状況を報告してくれる。私は平静を装って彼女から娘が喜ぶ果実水を受けとり、ついでに便箋を受け取る。


「今回の報告はあまり気持ちのいいものではありませんので・・・それと、『龍の遠吠え』は今日の昼に起きます」


最初の言葉を不思議に思ったが次の言葉に私は体を強張らせた。


龍の遠吠え、それは計画の決行を意味する。そしてその便箋の内容は否が応にも私の体内の血という血を沸騰させるものだった。


「リーシャ、すまないが急用ができてしまった・・・アニタにはすまないと言っておいてくれないか」


少し不思議そうな顔をしていた妻も私の雰囲気からただならぬ物を察したのか深くは尋ねずに頷き、使用人に急ぎ出発の準備を命じてくれた。


「ウォルト、ウォルトはいるか」

「こちらにおりますよ旦那様」


莫逆の友であり戦友でもある執事のウォルトは俺の今にも噴出さんばかりの怒りを感じ取ったのかいつもの好々爺然とした雰囲気から一転して歴戦の勇士としての表情に変わる。


「盗賊狩りの装備を出してくれ・・・久方ぶりに前へ出る」

「左様で、それでは私めもお供いたします」


盗賊狩りの装備とは、私が駆け出しの頃に愛用していた無骨な甲冑と幾人もの盗賊の血を啜った我が愛剣の事だ。


「ふむ・・・もはや懐かしむほど時間が空いたというのにこの手に馴染む感触はなんだろうな?」

「ふふふ、まだお若いということでございましょう。かく言う私めも久方ぶりに血が滾っております」


ウォルトも何時の間にか装備を整えており、漆黒の革鎧を身につけ腰に帯剣している。私の装備ばかりに気が取られがちだが血を吸わせた数ではコイツの剣も決して少なくはないはずだ。


「さて、今回はいかな理由でこの盗賊狩りを?」


普段は滅多に詮索しないウォルトの言葉に、隠すべきではないかと思い俺は今までの経緯を語り、そして便箋の内容も告白した。


「そうでございますか・・・それでは先に失礼!」


言葉が言い終わるが速いか拳が俺の顔面を捉える。言いたい事もなぜこうしたかも俺には痛いほどわかる。


「すまなかった・・・俺も戦場を離れてから鈍っていたようだ」

「よろしいのですよ、次からはちゃんと私共を頼ってくださいませ」


いつも背中を預けていた仲間と家族を信じられず内密にしていた事はある意味で悪事に加担していた事実よりも身内を傷つけていた。

それが怒りよりも悲しみを湛えるウォルトの表情から読み取れたからだ。


「しかし許せませんな・・・」

「うむ、最早生かしてはおけん」


我々は共に朝食を口に詰め込むと朝方の囀りさえも無視してぶどう酒で流し込み、大剣を背負って自宅を後にする。

騎士団の詰め所へと向かう時間すらももどかしい。しかし長い屈辱も本日で終わるかと思うと気分も高揚するというもの。


「騎士団長登庁!」


番兵の一言で詰め所に居る騎士達の居住まいが正しくなる。頼もしい奴らだ。彼等は番犬であり、あらゆる敵に飛び掛り食い破る猛犬でもある。


「諸君、まずは君達に謝らねばならない」


私はそういうと彼等に捜査の手をわざと緩めさせていた事実を詫びる。これを詫びずにこれからの話はできない。


「私は今の今まで奴らの専横を許してしまっていたがこれは単に私のミスであった、たかが売春宿の暴利だからとな・・・だが奴らはついに越えてはならない一線を越えてしまったのだ」


そういうと私は便箋に書かれていた事実を読み上げる。いや、最早事実かどうかなど問題ではない。これは私達に対する挑戦だ!


「彼らは我々が目立たぬように抑えていたのを下手にでたと勘違いしたようだ・・・奴らは我々の家族を売り飛ばす算段すらつけていた・・・人身売買だ!これは極刑に値する重罪であり、これが人知れず行われていたことが此度わかった!最早奴らを生かして置く事は許されないことだ!今こそ我らの怒りを剣に宿し、不義を殲滅するのだ!」


皆義憤に駆られ応!と心強い返事をくれるが中には何人かが欠席していた。言うまでも無く私と同じく悪事に加担して来た者たちである。私と強いて違う所を上げるならば己の利益の為にやっているか脅されていたかの違いか。彼等は前者らしい。しかし彼等も馬鹿な奴らだ。此処に居て投降していれば命を助けてやることもできたが・・・まあ、自業自得だろう。


昼前に出動の準備を整えて待機するように告げると騎士達はそれぞれの持ち場を回って準備を始めている。剣を磨き、鎧を纏い、馬に鞍を載せて準備は万端だろう。私も形ばかりの出撃の命令書を書かねばと思い、執務室を訪れると件の青年とダークエルフが私を出迎えてくれた。


「よう団長殿」


彼等は無邪気に笑っているがその両手からは濃い血の臭いがこびりついている。おそらくは『仕事』の帰りなのだろうが。


「お仲間は皆改心する気は無かったみたいだぜ」


そういう彼が見せてくれたのは血に塗れた部隊章。何処の誰かが一目でわかるように番号と名前が彫ってあるのだが・・・どこかで期待していたのだろう、すこしショックだ。


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