5
調査隊の先発隊は俺を含めて20人しかいない。集団戦が得意な連中に数で負けているのは大変宜しくない。地の利が相手にあることも含め兵法でいうところの死地といって良いだろう。
「副長は負傷者を連れ、後退して態勢を立て直せ!騎兵は俺に続け!」
幸いなのは俺達が通ってきたのが整備された道であったこと。もしこれが鬱蒼とした木々の中であったなら騎兵はスピードを活かすことなく状況はひどくなっていただろう。
ゴブリン達は迎撃に転進する騎兵達を見ても臆することなく此方に白刃を煌かせる。ところどころかけ、錆の浮いた状態の悪いモノだったがそれがかえって相手を威嚇するのに役立っていた。
「このっ!」
手綱を引き、前方のゴブリンを蹄にかけると右から迫るゴブリンを剣で切り捨てる。
「グギャッ!グギャッ!」
何とも言えない声を上げながら尚もゴブリンたちは剣を構えて追いすがってくる。騎兵達も良く戦っているが数の違いから戦況は芳しくない。
一人の騎士が相手どるのは仮に全員でかかっても3倍に近く、騎兵はその中でも早馬に走った者を除けば9人しか居ないのだ。
「ぐわっ!」
一人が顔を抑えて馬から転げ落ちた。俺はそれを受けて咄嗟に顔を庇う。
「投石がくるぞ!」
探索用の格好では騎士とて兜を被っているわけではない。そんな状況で頭に石礫を喰らえば死にはしなくてもたまったモノではないだろう。
俺は落馬した騎士を庇いながら再度騎乗させるといち早く戦線を離脱させる。
「ぐっ・・・すいません・・・」
「言ってる場合か、早く下がれ」
咎めるつもりはない。むしろ仲間のためとはいえ不利にもほどがある戦いに参加しているのだ。ゴブリンが二匹倒れていることを考えても十分すぎる戦果を上げているだろう。
「若旦那、潮時じゃないですかね?!」
そういったのは騎兵の中で戦場の経験のあるムジークだ。彼は戦場の推移を見渡す能力がある。囲まれつつある状況を見るに時間稼ぎも限界だろう。
「よし、街道をまっすぐに突破して本隊に合流する!」
撤退の合図を出すと騎兵達は行きがけの駄賃とばかりにゴブリンたちに最後の一撃を食らわせ、怯んだ隙を見て馬に鞭を入れる。
馬は鍛えれられた脚力を遺憾なく発揮し、みるみるゴブリンたちを引き離していく。
「よし、このまま街まで・・・?」
言いかけたところで俺の背中に衝撃が走った。手を後ろに回して背中に触れると矢が刺さっている。じろりと背後を睨みつけると悔し紛れなのか、それとも狙って放ったのか弓を片手に叫び声を上げるゴブリンが見えた。
「ツイてねえ・・・。」
ただの矢なら問題はなかったのだがどうやら当たり所が悪かったのか俺の口から結構な量の血が吹き出した。
「ゴボッ!」
「若旦那!」
ツイて無いときにはさらに不運が重なるのか、心配そうに俺と併走するムジークの表情が驚愕に染まる。
「若旦那!本隊が襲われてますぜ!」
「言ってる場合か・・・早く加勢しろ!」
どうやら待ち伏せされていたのは俺達だけではなかったようだ。ノーマルのゴブリンとは言え多数のゴブリンが本隊を囲むように攻撃を仕掛けている。
本隊には輜重隊が混じっているので撤退のタイミングを逃したのだろう。
しかしこいつらの目的はどうやら食料らしい。彼らの攻撃は輜重隊に集中しているので間違いないだろう。
突然の初陣にも関わらずヴァルターは弓を操りゴブリンの牽制に一役買っているようだ。
「ヴァルター!被害は?」
「兄さん!隊の被害は少ないです・・・兄さん怪我を?!」
「そんなことはどうでもいい!早く荷物を放棄して街に戻るんだ!そしてゴブリンが街に入らないように警備を固めろ!」
矢と喀血の跡に慌てるヴァルターを叱咤し俺は素早く撤退の準備を進めさせる。
本隊の連中は歩兵ばかりだが人数の多さと連携から陣を組んで戦い、弓を携えていることから割合優位に立っている。
「ゴブリンのエリートも近くにいる!無理に殲滅しようとせず逐次後退しろ!」
徐々に後退しながらも追いすがるゴブリンと決定的な差をつけられず、着かず離れずといった様子で街道を逃げ続ける。
「若旦那!向こうの橋から迂回しやしょう!」
追い立てられながらの逃避行は苛烈になり、歩兵の中からは疲労でスピードが落ちてきている。このままではゴブリンの群れに追いつかれてしまう。
真正面から戦うならともかく応援も食料も投棄してしまった今では長期戦はマズイ、その中でムジークが叫んだ橋のルートは近くにアダムスター家が所有する兵の駐屯地があるのだ。
「村や町に逃げ込むよりマシか・・・よし!一か八かやってみるか!」
限界に近いからだを引きずりながら俺はゴブリンと小競り合いを続ける。
まったくしつこい奴らだ。




