夜のあれこれ
俺はかろうじて意識を繋いでいる一人に言伝を頼んで闘技場を後にした。
「やりすぎちゃったなあ、可愛そうにあれじゃあ服を着替えるのも大変だな。」
気血を循環させると感覚は鋭敏になる。弛緩した筋肉を突けば何が触れても魅惑のテクニシャンの指に早変わりするレベルにした。
50年鍛えた按摩のテクニックの全開を発揮できて嬉しい限りだ。
久方振りの技術が錆びていなかったことに安堵しつつ俺は賞金を担いで根城へと戻るのだった。
「ようお姫様達、良い子にしてたか。」
「あ、お兄さん。 うん、良い子にしてたよ!」
根城に戻ると心が落ち着く。とても贅沢な空間に俺は頬を緩める。
リリアは相変わらずの天真爛漫さで周囲に笑顔を振りまいている。
資金はある程度は大丈夫だ。そうなると次に考えるべきは彼女のことだろう。
「あぁ、あの闘技場のエルフさんのこと?」
俺は賞金を金庫室に適当に放り込むとヒューイにそれとなく闘技場のボスについて話題をふった。
「意外とフランクな言い方だな。会った事あるのか?」
「ええ、何年か居れば会えるわよ。」
「なるほど、それじゃ俺が会っても不思議じゃないのか。あのエルフは何を考えているのか・・・。」
「さあね、でも裏も表も顔が利く有力者よ喧嘩を売るべきではないわ。」
簡単に消されてしまうから。とヒューイは言う。
なんでも凄腕の殺し屋を多数抱えているとのこと。
「アンタくらいだと殺されるってことはないでしょうけど気をつけておいた方がいいわ。」
「だな、すくなくともあの子達が独り立ちするまでは生きてたいもんだ。」
まあ、凄腕の殺し屋とやらは向こう三日は服もロクに着れない状態にしてきたがな!
俺は内心でほくそ笑みながら可愛い彼女達が作る夕食に思いを馳せる。
その晩、網に掛からない男の存在に業を煮やした裏家業の男達がなれない聞き込みで掴んだ情報を元にヴォルカン達の根城を突き止めたのだ。
「ちきしょう、舐めたマネしやがって。」
いくら命知らずとはいえど殺したボスの屋敷をそのまま使っているとは夢にも思わない。
剛毅さに感心すればいいのか呆れればいいのかすらわからないほど。
男達はもはや気にするでもなく裏口へと回る。
手に剣や棍棒を持って裏口の門へと手をかける。
すると途端に電撃のような一撃が走り触れた男を失神させた。
「な、なんだ?!」
倒れた男は煙を吐きながら白目をむいて痙攣している。
「魔法が掛かってやがる・・・。」
悔しそうにそう呟くと男達は火でもつけてやろうかと思案する。
しかしそれも長続きしなかった。
暗闇に翻った影が残った男達を切り刻んだからだ。
「下種め、貴様ら如きがどうこうできる御方ではない。」
影達は皆一様に美しい顔立ちをしたエルフの女性達であった。
手には大小さまざまなナイフが血を纏って鈍く輝いている。
倒れている死体の数は20を超えていたが数はたったの三人。
エルフの本領が魔法と弓であることを考えると彼女達はまさしく凄腕といえるだろう。
冷徹に死体に一瞥をくれるとそれとは対照的にどこか熱っぽい視線を建物に送る。
「あの時はまさか遅れをとるとは思わなかった・・・。」
憧れであろうか、それとも獲物を見つけた獣のそれだろうかしかしそんな表情も一陣の風に遮られる。
「ひんっ! ま、まだ肌が・・・早く退散しましょう。」
風と微かな衣擦れに声を上げると三人の影はそそくさとその場を立ち去った。




