閑話 たまには武人らしく
「ヴォル兄、私に稽古をつけてください」
ザンナルに出向く用事があったのでアルトリアと細々話しつつ後は自宅で日本式の茶会でもと思っていたらこれである。唐突に現れたのは王宮の騎士姫こと旧ザンナル領総督であり暴走純情娘アレクシアである。
「唐突だな」
「最近自分よりも明確に格上の相手と戦える機会が減ってしまいまして」
「そう思うのはお前がまだ途上である証、相手が居なければ鍛錬に事欠くという事もまた然り」
「難しい事はいいんです、ささ」
諭そうとしたら拉致られた。どこでそんな筋力を得たのだ。俺か、俺のせいか。アルトリア、そんな目で俺を見るな。見ないでくれ。
「仕方ない、俺の愛刀も少しばかり退屈していたところだ」
「やった!頼んでみるものですね!」
頼むというのは鍛錬場まで引きずっていく事ではないのだがそんなことは些末な事だ。こうなった以上それなりの内容をしなければアクレシアは納得しない。幼少から抑圧されてきたからか、それとも生来の真面目なところがそうさせるのか中途半端を好かない。完璧主義とはちょっと違うがそれでもそれに近いか。
「それで、何を希望している?型稽古か?素振りのやり方ならみてやってもいいが・・・」
「カカリゲイコとやらがやりたいです」
ふーむ、面倒くさいのをチョイスしやがったな。まぁ、いいか。
「自由にかかってこい、バテるまで付き合ってある」
刀を手に、俺は彼女と向かいあう。さて、彼女がどれだけ成長できたかみてやろう。
「剣を・・・抜かないのですか?」
「ひよっこに抜くかどうかは俺が判断する、かかってきな」
対面するはこの国で随一と称される騎士の一人だが・・・ま、まだまだ青いからなぁ。
「むむむ、ならばケガをしても文句はないという事ですね」
さすがに怒ったか、彼女は剣を手に俺と相対する。殺気とまではいかないまでもまっすぐな闘争心が俺に向けられる。
「気合は十分、さて・・・」
「行きます!」
気合一閃、クレイモアが俺に向けて振り下ろされる。刃引きがしてあってもこの威力は普通ヤバいがこれが彼女なりの信頼の証と思っておこう。
「そもそも当たらんしな」
刀身を平手で叩き、軌道を逸らして文字通り剣を抜くことなく捌く。よいこは真似するなよ。
「なっ!」
「ひよっこの剣だ、その程度だという事だ」
驚いて隙だらけの彼女の鼻先にデコピンして俺は再び距離を取る。
「さて、俺に刀を抜かせるだけの実力をみせてみな」
「・・・くっ!」
※アレクシア視点
まさかここまでとは、真っ先に浮かんだ感想がそれだった。自分はまだまだ未熟な若輩者で、それでも鍛錬に次ぐ鍛錬。たゆまぬ努力。そして自分だけでなくほかの人の指導をする事や軍の指揮などを行いながら大局的なモノの見方などを鍛錬してきた。
「ここまで、遠い・・・」
人としての彼も、そう、尊敬に値する人物で・・・それでいて愛しい人。だけれどもそんな彼は背伸びしても届かないほどに偉大な人。そんな彼の実力に私は久しぶりに触れた気がした。
「素手で剣を叩き落すなんて・・・!」
「剣筋を読めばなんとなくできるものだ、さて、稽古はまだ始まったばかりだぞ」
かかってこいとばかりに手を動かす彼の挑発に乗って剣を振り回す。縦に、横に、斜めに。しかし一つも当たらない。一見無防備に見えるその彼の動きは一切の無駄がなく、故に構えも何もいらないのだろうか。
「はぁー・・・はぁー・・・」
「全力攻撃がそれだけ続くなら大したものだな」
全力の力で、全力の鋭さで、全力の技術で、それだけやっても彼は冷や汗一つかかない。どういう事だろう。
あまりの実力の開きに眩暈さえ覚えそうだった。
「構えろ、お駄賃代わりにいいものを見せてやる」
彼の言葉に私は思わず剣を構えた。自身が知りうる最良の防御の型。自然とその型を体が選んでいた。
「さて、とくと御覧じろ、これこそ秘剣、魔剣の類よ」
鞘を払った彼の剣は刃引きをした金属製の剣だった。何の変哲もない、鈍らのそれだ。
「ふぅ・・・ふんっ!」
一足飛びに上段に構えた剣を振り上げて、そして振り下ろす。縦に一閃したその剣はなんの変哲もない、ただの打ち下ろしであった。
「・・・えっ?」
剣が剣とぶつかる刹那、私は思わず自身の目を疑った。
すり抜けたのだ。剣が剣を。そしてそのまま私の剣をすり抜けて来た彼の剣は過たず私の額に触れるかどうかのところで停止した。
「ふっ・・・ふっ・・・はーっ・・・はーっ!」
息をすることさえ忘れてしまっていた。彼の言葉通り、まさしく秘剣の一閃であった。実戦ならば今の一撃で私の頭は真っ二つになっていただろう。
「どうだ?」
「どうだ・・・とは?」
息も絶え絶えで答える私に彼はにっこり笑って言った。
「これ習得するのに四十年掛ったんだよ、けどこれカッコいいだろ?」
「・・・」
にっかりと笑う彼の笑顔。そしてその発言の真意は分からないまま。
ヴォル兄、貴方は一体どこまで・・・?
それに四十年って・・・嘘だぁ。




