呪いを飛び越えて
フィオレンティーノ皇太子殿下とのハナシはついた。彼が王位を継ぎ、アージェ王子が国境を守り、俺達との橋渡しになってくれれば扶桑国とリットリオ公国の中は完璧だ。
「さて、これで後は貴公の呪いを解けばいいだけだが・・・」
「件のダークエルフ殿が知っているのかね?」
「一応は・・・、攻撃性が少ないせいで結界が通用しない厄介なシロモノで彼女達の知識が欠かせない」
俺の言葉に皇太子殿下は興味深そうに顎に手を添えて唸る。知らないことを目の前にして興味が尽きないと言った様子でどうにも学者的な気質もあるようだ。
「その件ですが少しお耳に入れたいことが」
「何かわかったのか?」
そう言うと音もなくアウロラが姿を現す。普通なら驚く所だが皇太子殿下は目を輝かせている。
なんというか本当にアージェ王子とは役者が違うな。
「解除方法が・・・その」
「なんだ?」
「ど、同性との・・・キスだと」
「なに?!」
「君、ちょっと失礼じゃないかね」
思わず距離を取ってしまった。しかし同性って・・・事はつまり?
「殿方とのキスが必要と・・・」
「おえっ!」
素直な感想が俺の口をついた。勘弁してくれ。ジョークにしたってタチが悪すぎる。なにが悲しくて今は女性に姿を変えているとは言え男同士のキスなんぞを見なければならないのか。
「ふむ、男と口付けをすればよいのか」
「あ、でも旦那様は許しませんよ」
「わかっておる、既婚者に手を出すほどバカではないわ」
リットリオには浮気を戒めることわざのようなものが幾つかある。しかしながら大抵それは浮気そのものを戒めているのではなく『奥様や友人と関係を壊さず上手くやりなさいよ』的な意味である。国王のような一途な男も賞賛される一方でハーレム的なモノを構築している男もまた賞賛の的であるのだ。
しかも意外な事にどちらも女性が支持している。対する男性は華やかに見える一方で気苦労が絶えないようだ。
「それではちょっと時間をいただいて・・・アージェ!ちょっとハナシがある!」
まるでイタズラ小僧のような笑顔で部屋を出て行った皇太子殿下に俺は内心で合掌しつつアウロラを抱き寄せる。
「旦那様?」
「少しこうさせてくれ・・・」
首をかしげているがこればかりは仕方ないのだ。俺だって怖いものは怖い。
『兄上?一体何を・・・目が怖、ふむぅぅぅぅぅ??!!!』
『殿下ぁぁぁぁぁ??!』
犠牲者とその関係者の悲鳴がこだまする。
「待たせたな、私がリットリオ公国皇太子、フィオレンティーノである」
「アージェデス、ヨロシク」
「おいたわしや・・・」
しばらくすると男物の服装に着替えたフィオレンティーノ皇太子殿下が部屋に戻ってきた。意思の強そうな鋭い目つきに精悍な顔立ちながら美形の部類に入る顔立ちは育ちの良さを感じさせる。
何故か片言で自己紹介を再度始めたアージェだが干しイモみたくなった表情から彼にとってどれだけの苦行であったかがバーダック公爵の嘆きっぷりも合わさって酷い事になっているのであえて触れない。
「旦那様、アージェ殿が・・・」
「そっとしておいてやれ、兄弟に襲われたなんて思い出さない方が彼のためだ」
「アージェデス、ヨロシク」
初来日の外人見たくなってるアージェ王子に涙が禁じえないが断腸の思いで彼を他所にやり、話を鉱山や彼らのこれからに移行させていく。
「実は最近ザンナル帝国との戦いで得た領地に鉱山が見つかってな、この領有権について話し合いたいと思って貴公と一席設けたかったのだ」
「なるほど、確かにあそこの鉱山は良質な鉄鉱石が沢山取れると聞いていたが・・・」
そう言うと皇太子殿下は少し言葉を切って考え込む。そうだ、鉄鉱石がだぶ付いてきているのは知っている。だがそれを俺の目の前で言ってしまえば領地の叩き売りになりかねない。
一応あそこはザンナルとリットリオが何度も争ってきた地域なのでリットリオも権利を主張したいだろう。




