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センチメンタルはほろ苦く その3

何も知らないバレストラ公爵は出かけ支度を整えて俺の前に姿を現した。


「待たせたな、早速出発しようではないか」

「お供しましょう」


一定の上品さは残しつつも派手でも華美でもない、一流の貴族が行う『お忍び』のスタイルのバレストラ公爵。リットリオの流行からは若干遅れつつあるも上品さなどがほどよく醸し出されているので野暮ったくなく古風というかそういった状態だ。

仕草も貴族らしい教育されたものの足運びである。バレストラ公爵の若い自分はまだ戦時中の名残が残っており歩法などに鎧や武器を携えた際に邪魔にならない歩き方などが残っている。今となっては現役の騎士くらいしか学んでいないが彼らが子供の自分にはまだ教育の一環として残っていたのだ。


「どこへ向かうのだ?」

「案内役がもうじき戻るでしょう・・・ほらあそこに」


アウロラが戻ってきた。首尾よく奥方の墓を見つけ出したようだ。


「ご苦労だった、場所はどこかわかったか?」

「はい、西にあります」


こそっと確認をとるとアウロラは貴族街の近くにある墓地を指し示した。貴族達の墓は一般人の共同墓地とは分けられており、それぞれが家格や家系を現す意匠が凝らされているらしくすぐにわかったとのこと。


「ほう、その方並々ならぬ使い手のようだな」

「解りますか、公爵殿」

「余はそれほど賢しくはない。余でわかるほどということならそれなりの使い手というのは常識ぞ」


貴族の子弟の時代から彼はかなりの切れ者だったようだ。アウロラが現れた事で彼が彼女を見る目が鋭いものになった。


「その方は名はなんと言う?」

「アウロラと申します、公爵閣下」

「そうか、お主は誰かに仕えておるな?もしよければ余の所でも働かんか?」

「それは我が主を切れと?」

「そう怖い顔をするな、優秀な者に声を掛けるのは当然の事ぞ。それに余はちゃんと余の所『でも』とつけたではないか」


一瞬殺気だったアウロラを前にして平然と二枚舌を演じてみせる公爵。貴族という奴はこういう所が恐ろしい。


「でしたらはっきりとお断りさせていただきます。忠臣は二君に仕えずと古人も言います」

「ほほう、それは良き言葉ぞ。記憶に留め置こう・・・余も陛下を主人と定め、愛する者はエレオノーラ一人と決めておる故にな」

「それがよろしいでしょう、女性はだれしも愛する人の一番でありたいと願うモノですから」


一瞬頬を染めながら俺を見るアウロラ。可愛い奴め。バレストラ公爵もうんうんと頷きながらそれに聞き入っている。どうやら恋愛観に関しては二人はウマが合うようだな。


「ますます気に入ったぞ、アウロラとやら。なにか困り事があれば余を頼るがいい。賓客として持て成すゆえ主人を連れて来るといい。そなたの主人の顔もみてみたいしな・・・」


目の前に居ます。マスク姿だけどな。


「自慢の主人なのです」

「ごほん!そろそろ出発しましょう」


本人を目の前にして惚気始める勇気は買うが場所を弁えろ。だが可愛いので今夜は寝かさないからな。

咳払いをして俺達は移動を始める。貴族の墓地はちょうど王城へと向かう道の途中にあるので怪しまれずに迎えるのでちょうどいい。


「どうした、雰囲気が暗いぞ」


っと、マスクをしているのに・・・。カンのいいガキは可愛げがないぜ。子供の見た目の時ぐらい子供らしく振舞えっての。


「王城の長い階段は不便でしてね、どうしても慣れないもので」

「威圧されているような感覚があるからな、兵が詰めているから当然だろうが」


なんとか誤魔化して俺は墓地へと向かう。彼を夢からさまさせるために。



「ここは墓地ではないか・・・なぜ此処に?」

「近道なのですよ、公爵閣下」


いぶかしむバレストラ公爵をむりやり歩かせて俺はバレストラ公爵の持つ墓の前へと進む。


「ま、待ってくれ!ここから先には進みたくない!」

「何故ですか?ただの墓地ではありませんか」

「それは・・・そうだが!」


案の定というべきか。彼は自身が作ったであろう墓の傍に寄ると露骨に嫌がり始める。当然だろう。

アウロラが短時間で調べたところに寄ると彼は悲しみの余り自身が彫った墓石を枕に妻の遺体と共に埋葬してもらおうと考えたほどだそうだ。

結局その目論見はメイドや弟のアンジェリーノ侯爵達によって阻止されたが彼はそれっきり引きこもってしまいアージェ王子の母御が生まれ、お披露目で彼女を見るまで抜け殻のようだったそうだ。


「なら行きましょう。ほら、貴方が進まなければエレオノーラ殿は困ってしまいますよ」


そう言うと彼は渋々歩を進め・・・そして。


「あ・・・あれ・・・」


真実を目にする。逃れたい・・・それでも逃れえぬ真実に。


「は・・・墓だと・・・何故、エレオノーラの墓があるのだ・・・?」


確かめるように近づいた彼は文字を読み取ると同時に後ずさった。まるで現実から逃げるように。


「う、うそだ・・・余は・・・確かに王城で・・・会うと」

「公爵殿、今は貴方が子供だった頃ではありません。もうずっと未来の話なんですよ」

「そんなはずはない!余を騙すつもりだな!」


そんなはずは!と叫ぶが早いかバレストラ公爵は勢い良く走り出し、墓地を抜けて街へと走り出していった。

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