表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/286

センチメンタルはほろ苦く その2

「それじゃあ呪いを解く事は・・・」

「ほぼ不可能でしょうね・・・」


寂しげのそう言うアージェ王子。


「しかしバレストラ公爵は王城にエレオノーラが居ると言っていたな・・・あれは一体どういうことだ?」

「恐らく母のことかと・・・昔、母が大伯父上と大伯母上との思い出を語ってくれました。王城での高嶺の花だった大伯母上と共に王城を抜け出して邸宅で遊んだものだったと・・・」


『エレオノーラ、君とこうして居られて・・・余は幸せだぞ』

『ふふふ、大げさね・・・』

『明日も王城を抜けて会いに来てくれるか?』

『どうしようかしら・・・そうね、美味しい紅茶を用意してくれたら考えるわ』

『紅茶か・・・わかった!余自らが用意して待っているぞ!』


名家の生まれであった二人に僅かに残された自由と芽生えた恋心。貴族としての二人にとって互いに芽生えた恋を愛に育て、そして生涯を添い遂げると信じていた。

だが彼女の命はそんな幸せをあざ笑うようにあっけなく燃え尽きてしまった。幸せの時間はずっと儚くあっけないものだったそうだ。死別が珍しくない御時世だったとは言え兵士でもなんでもない女性が子を残す時間すら無かったというのは悲劇だっただろう。


「大伯父上はそれからずっと塞ぎこんだままでした・・・母がお披露目のパーティに出た時まで・・・」

「そして自身には彼女を守り続ける使命があるのだとそう想い、彼女を安心できる場所へと嫁がせたと」


俺達が辛気臭い話をし始めたからなのか、それともなにかしらの本能的にその手の話題を避けているのかバレストラ公爵は何時の間にか距離をとっていた。


「できる事なら大伯父上に夢を見せてあげたいと私は思います・・・」


アージェは母御からバレストラ公爵の思い出話を聞いていたのだろう。そしてアウロラが言う思い出の中に相手を閉じ込めてしまうあの『呪い』の中に居るという事は彼自身もそれを望んでいるのかもしれない。


「だが、駄目だな・・・夢は覚める。亡者は過去になる。記憶の中に籠もっても得られるのは自己満足だけだろ?自身の意思ならともかく、他人がそれを行って彼を過去に閉じ込めるのとはワケが違うんだ」

「ですが・・・」

「アージェ、お前は若いがそれくらいは解るだろう?優しさの上澄みの下にある真実はあまりに残酷な仕打ちだ。この呪いはまさしく呪いらしい呪いだ。相手を過去に縛りつけ、失ったもの、傷ついた過去をいずれ相手の鼻先に突きつけてこう言うようなものだ。『残念だったね、お前さんの人生は悲しい悲しいバッドエンドだ!』とな・・・これほど残酷な仕打ちはそうそう無いぞ」


どんなにつらい事も過去になる、思い出になる。だが悲しい過去は傷にもなるのだ。この呪いはその傷に新しい傷を寸分の狂いもなく叩き込む非情の一撃だ。


「俺は恐ろしい・・・戦いで傷ついた痛みには耐えられるが、この呪いは『人が何故苦難に耐えられるのか?』という根本的なものをへし折りかねない・・・拷問のようなものだ」


避けられない悲しみの中でようやく立ち上がりかけた人間の足を払うようなものだ。残酷だ。たまらないほど・・・聞くだけで総毛立つほど・・・。

人は経験し、覚悟する事で悲しみや苦しみを乗り越える事ができる。だがこの呪いはそんな相手から経験と覚悟を奪った状態で再び悲劇の只中へと突き落とすのだ。さもなくば術に嵌ったが最後、生きたまま彼は『思い出の人間』になってしまうのだ。


「アージェ、バレストラ公爵に真実を突きつける勇気がないなら俺が代わりにやるぞ」


アージェは俺の言葉を理解できたのだろう。黙って頷くと僅かによろめいた。

感傷的というアウロラの言葉は些か語弊があった。人はエルフ達ほど長くは生きない。多くの事をつかめないのだ。だからこそ一時の事に情熱を燃やせるのだ。


「バレストラ殿」

「なんだ、余は忙しいのだ」

「待ちくたびれたのなら、なんならエレオノーラ殿を此方から迎えに行きませんか?」

「しかし私は王城には入れないが?」

「それを何とかできるから申しております」


そう言うと退屈そうにしていたバレストラ公爵はぱあっと表情を明るくした。ちっ・・・これからの事を考えるとこれほど嫌な事はない。


「なんと、ならば出かけ支度をせんとな・・・アリエッタ!」

「はい、此方に」

「王城へ向かうぞ。支度を!」


そう言うと彼は嬉しそうに邸宅へと走っていった。


「残酷な事をしますが・・・どうかお許し願いたい」

「・・・嫌な役目を押し付けます・・・」


メイドさんも俺達の立ち話を聞いていたようだな。解ってくれるならそれだけでいい。時間が解決する事だってあるのだから。


「アウロラ、奥方の墓の場所を調べろ・・・なるだけ早くな」

「承知しました」


アウロラは短くそう告げるとその場から姿を消した。

心が痛む・・・いい夢をこれからぶち壊しに行くんだからな。だが夢の終わりは何時だって儚いものだ。悪く思わないでくれ、バレストラ公爵。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ