王都へ行こう。 その7
結局のところまだ十代、されど二十歳になればこの世界では十分な行き遅れ。兄のフランツも既に婚約者が居るので王家としては安泰だがそれ故にアレクシアの問題が浮き彫りになってしまう。
十代で女性にも関わらず身長が180センチに届くかという体格は男子をして釣り合うほどの体躯を持つ者も少なく同年代の貴族では彼女の鋭い視線・・・彼女にそんな意思はないが・・・に耐えられる胆力を持つ者も少ないので申し込みもほとんど無かった。
また現在ザンナル帝国が失陥したことでリットリオとサマル両国に太刀打ちできる国、もしくは確執のある国がなくなり平和がさらに長続きするだろうという皆の感覚から対外交渉から内政へと国内の意識が向き政略結婚をせずとも先ずは領地の開発を行おうという内向きな考えが大半を占めていた。
それ故に面倒ごとの多そうな王族を迎え入れてまで発言力を増したりする必要性もヒマもなくなっていた。
そんなこんなで皆が彼女の結婚にあまり注視しなくなったので王家でも彼女には好きにさせようと言う考えと、いざという時に兄に代わって軍を率いてもらおうという考えに至っていた。
女が率いるとくれば大抵軍や騎士達は嫌がるものだが女っけのない軍に置いて実力と容姿ともに抜群の彼女が居る事は大変喜ばしく、また努力を信条とする彼らの中で誰よりも強くあろうとする彼女の姿勢は彼らの心を打つに十分なものでもあった。
「国に王あるように軍にも王が居てしかるべき」
王族に率いてもらいたいという軍の要望にサマル王は内心警戒していたが蓋を開けて見ればアレクシアを軍から引き離して欲しくないというアピールであったのでため息とともに特例として許可した。
アレクシアには夫が必要だ、そう考えつつも騎士達の忠誠を繋ぎとめる為には彼女のカリスマが必要だったのである。彼らとしてもアレクシアに咎が及ばぬように細心の注意を払っていたのでサマル王も許可する運びになったのであるが・・・そのために余計に彼女の結婚は遠いものになっていた。
(もしこんな私を選ぶ人がいるとすれば・・・それは・・・)
不意に彼女に道を指し示したある人物の顔が彼女の脳裏に浮かぶ。強く、強く、そして優しいあの人なら・・・。
「私が将軍・・・ですか?」
悶々とした気持ちを振り払うように弓を手に取り、的へ目掛けて射る練習を続けていると国王である祖父から彼女にそう知らせが届いた。
「すまんな・・・アレクシアよ、軍部はお前を手放したくないようだ」
「まあ確かに皆さんは若輩者で小娘の私を立ててくれていますが・・・」
「血筋としては文句もない。分からない事は学べばいい。辞めたくなれば辞めればいい。お前を将軍にするのは軍の我儘と言っていい。嫌になったら辞める条件はいくらでもあるからな」
将軍、なんの実績も無いアレクシアにとってこの申し出は青天の霹靂であったが公私の面々から懇々と説得され渋々将軍の地位に付く事となる。当初はお飾りとしての将軍と大臣達は内心あざけったが残念ながらアレクシアはただのお飾りで終わる器ではなかった。
鍛錬は苛烈にして徹底的であり、座学・剣術・弓術・乗馬・体術・医術と凡その技術と知識を叩き込むスパルタ教育を施された志願者は瞬く間に精鋭と化した。
「このような鍛錬方法をどこで思いつかれたのか・・・」
薪割りから飯炊きまでを己の手で済ませ、洟垂れを屈強な騎士に変える猛特訓の日々。にもかかわらず王宮の近くに建てられた詰め所は志願者でごった返していた。老齢の将軍は孫や娘のように彼女を可愛がり、若い騎士は尊敬の眼差しで彼女を見る。しかし軍部にはたった一つの懸念、それは彼女が人知れず好意を寄せるだれかの存在であった。
「あの人は・・・もっと強かった」
「あの人はこうしろとおしえてくれましたよ」
「鍛錬の後にはこうしたほうが良いとあの人が」
親しい人が挙って耳にする『あの人』という誰かは分からないが一人の人物がいるのだ。国王や皇太子はそれに心当たりがあるようだったが軍部には心当たりのある者がほとんど居なかった。しかしその誰かを語る時に見せる表情は親しい人ほど解る好意の感情に他ならなかった。そしてそんな彼女の想いに関して軍・騎士団では意見が二分したのだ。意見とは当然結婚派と独身派である。
「はぁ・・・」
サマル王はため息をついた。アレクシアは気丈に振舞ってはいるが彼女とて一人の女性。しかも多感な年頃である。恋の一つでもと言ってやりたいが彼女にそれは訪れている。
そう、あの人とは・・・アダムスターの伏龍、かつて少年時代に何度か訪れていたヴォルカンである。
当時異例の若さでさまざまな事柄に手を出しては大騒ぎしていた少年が今は一国を滅ぼす暴れ龍に成長している。十年以上の期間を行方知れずになっていた彼だが会えない時間が恋を育んだのか、はたまたそれ以外に恋に値する男が居なかったのが原因か未だに彼への想いをアレクシアは捨てきれずにいた。
「どうせなら・・・くっつけちゃったほうがいいのかのう」
行動力こそ飛びぬけているがヴォルカンは誠実な男であり、広大な領地を獲得したサマルでも有数の大貴族となった。彼をこの国に繋ぎとめることは国益にも適っているし個人的にも彼を悪く思っても居ない。
(ちょうど良く此処にくることだし切り出してもいいかのう)
サマル王は玉座に腰掛けたままそんなことを考えていた。




