夜の褥に
一番風呂とどっかのバカが言ってたように風呂にはまだ客は誰も居ない様子だった。大浴場に数人で集まれるような小さな湯船、サウナらしき部屋まである。
「預けた金を全部ぶっこんだってくらい設備が充実してるな・・・ま、これだけやれば客で取り戻せるか」
念のため親父には一施設の建設には大げさなくらいの金額を預けたがその金額に恥じないくらいのの設備の充実ぶりに残金にちょっと不安になる。
古布に石鹸を使って体を擦り、汚れを落とす。石鹸は伝わっていたのでありがたく使わせてもらう。
過去に何人かが現代かどこかから来ていることは分かっていたがこうした衛生観念に関わることが広まっているのは大変にありがたい。
「マッサージはいかがですか?」
湯船に浸かって一息つくと不意に声が掛かる。首だけで振り返ると薄着の女性が此方を微笑みながら見下ろしている。
「お願いするかな・・・最近大きな仕事をしたばかりでね」
「そうですか、それではこちらへどうぞ」
健康的な女性に案内されて通された部屋にはベッドと各種アロマオイルを備えたマッサージ室であった。
こんなとこにも金がかかっているようだ。
「お疲れのようなら宿泊もできますが、いかが致しましょうか」
「今回は遠慮させてもらう、妻が待ってる」
「まあ、それではうんと元気になってもらいましょうか」
「疲れを取るくらいでいいよ、今から元気になっちゃ付き合う妻が可哀想だ」
「まぁ!」
うつぶせになると女性はオイルを手にとってマッサージを始めてくれる。腰から肩、首にかけてのマッサージはちょいちょいと溜まっていた疲れを取るのに十分なものだった。
「凄い体・・・、まるで丸太をマッサージしてるみたいですよ」
「緊張してるのさ、可愛い子にマッサージしてもらってるから」
「お上手ですね、でも奥さんが怒りますよ?」
「それは困る・・・だが俺は正直者でね」
「あらあら、ではこれでお終いです。これからは小まめに休息を取ってくださいね」
手早く済ませてくれた彼女にチップ代わりに持ち込んだ銀貨を手渡して浴場を後にする。
「ありがとうございましたー」
受付にいた女の子に挨拶をして貴重品と服を受け取り出て行こうとする。するとさきほど表で伸した連中が懲りずに入ってくるところだった。
「いい湯だったぜ」
「あ、テメエいい度胸じゃねえか!ぶっ殺してやる!」
殴りかかって来たので柔を用いて受け流し、華麗にオカマ軍団にパスする。
「熱い歓迎が必要みたいだから念入りにやってくれ」
「うふん、わかりましたぁん!」
「わ、わ、わぁー!か、勘弁してくれぇ!」
「だぁーめ!貴方ちっとも懲りないんだもの、お・し・お・きよぉ~!」
たたらを踏んで進んでいく三下をオカマさんが捕まえ、それに呼応するようにバックヤードからオカマの群れが集まってくる。キャピキャピしながら内股で迫り来る筋肉の群れに囲まれ、ついに三下は見えなくなった。すげえ、あの空間だけ温度が違う。
真っ青な顔で立ち尽くす子分達の横を通り抜けて俺は帰路についた。
「ただいま」
「おかえり、母さんがなにやら張り切ってたがなんかあったのか?」
「さぁ?女の子が欲しかったっていってたから娘が出来てうれしいのかもな」
家に着くと親父がナイトキャップを被りながら食堂で酒瓶を傾けていた。似合わないくせに帽子が好きな親父である。
「最近アロマオイルでマッサージするのがはやっとるらしいな」
「ああ、公衆浴場でもやってたからしてもらったぞ。肩こりとかにもいいって」
「そうなのか、肩こりが酷くってな。狩りに出かけられるうちはいいんだが書類業務が重なるとどうもなぁ・・・試しにやってもらおうかな」
そんな他愛もない会話をしている内に親父も適度に酔いが回ってきたのか酒瓶を片付けて部屋へと戻っていった。
「さて、俺もそろそろ寝るか」
体のこりが多少取れたので眠るのにもちょうどいいかもしれない。別館へと続く廊下を歩きながら俺はふと窓の外を見る。今日は満月だったか、月に照らされて今日は思いのほか明るい。
「別館の部屋は・・・なんだこりゃ」
部屋が三つあるが俺の名前の部屋が用意されている。ここに入れということか。
「お袋の差し金か・・・?ま、なんでもいいや」
ゆっくりとドアを開けると・・・。
そこにはナイトドレス姿のアウロラが物憂げな表情で椅子に座り窓を見つめていた。月夜に照らされた姿はとても美しく、絵画を現実にしたような神秘的な美しさがあった。
「アウロラ・・・だよな」
「ええ、そうですよ」
闇夜に溶け込むような黒髪が月光を浴びて艶やかに輝き、少しだけ気だるそうな表情のまま微笑む。
「なんというか、その・・・綺麗だ」
「嬉しいです」
いつものような活発な笑顔ではなく、しっとりとした大人の女性といった感じの艶やかな笑みに心臓が高鳴るのを感じる。ボディラインをくっきりと浮かび上がらせる袖の無い藍色のナイトドレスが夜風でゆらめく度に艶かしい足や胸元がちらつく。
「なんだか普段と違う気がするな・・・」
「ちょっとだけ、お酒をいただきましたよ」
ほろ酔い気分なのか彼女はゆっくりと立ち上がるとそっと俺に歩み寄り体を沿わせる。まるで猫のような仕草とその際に香る女性の香りに頭がぼぉっとする。
「今夜は、特別な夜になるといいのですが」
両頬に手を添えて口付けをせがむように目を閉じる彼女に堪えきれず俺はそっと唇を重ね、ベッドに押し倒した。




