テルミットとおやすみなさい テルミット視点
~テルミット目線~
話の始まりは今朝の事・・・。
「またやっちゃった・・・」
彼が、旦那様がもたらしてくれた組織の新しい運用法、そして仲間を頼るということ。それが分かった私はたったそれだけの事で舞い上がってしまった。気がつけば目の前には書類の山。
それをこなす部下達の顔色がどんどん悪くなっていくもそれに手立てがないまま仕事を精密に、そして手早く、なるだけ部下に負担が掛からないように書類を書き直していたら何故か山の量が増えていてどうしたらいいのかわからなくなり、書類の山を減らそうとして、そしたら休んでられなくなって・・・。
感覚で旦那様がやってくるのが分かった私は直ぐに化粧をした。鏡をふと覗いたとき目の下に濃いクマができているのがわかったからだ。こんな顔を見たらきっと旦那様は心配するだろう。
彼が見せる心配そうな顔が、もしも失望の色に染まったら・・・?口から飛び出す言葉が罵倒だったら?
考えるだけで胸が締め付けられるような気持ちになる。
「ど、どうしよう・・・」
気がつかない内に己の体をぎゅっと抱いて震えていた。はるか昔一から闘技場を建設し、資金を集め、仲間を募り、どんどんと裏から表から仲間の居場所を見つけていった。
「あの時は・・・ただとにかく皆の為に働いていればよかった・・・」
休みなんか限界が来るまで無いも同然で、薬草を噛みながら書類に向かっていた事も多かった。
書類を手にとって過去を懐かしんでいると・・・不意にノックの音がした。
『おーいテルミット、いるか?』
愛しいあの人の声、一緒にいるだけで幸せな優しい人。拒絶されたら・・・きっと立ち直れない人。
「どうぞ、入ってください」
何とか気分を落ち着けて言葉を放つ。たぶん大丈夫だ。いつも通りの声で話せているはずだ。
扉を開けて入ってきた旦那様は書類の山を見て呆気に取られた様子だ。
「テルミット、これは?」
「前回の組織改革から仕事の効率が1・5倍近くも上昇しましたのでその分だけこなせる量も増えたのです。そしたらなんだか止まらなくて」
嘘だ、止めようと思ってもどうしていいか分からず状況が悪化したのだ。つまらない嘘をついてしまう。
しかしそんな私に彼がとった行動はただただ子供に諭すように、そして失望なんかこれっぽちもないような裏表のないやさしさだった。
結局、部下を欺くために丹念にごまかしを重ねた化粧もあっという間にバレてしまい、私は寝室へと連行されてしまった。
「此処まで頑張ってどうする?心配するヤツが増えるだろうが・・・」
「うう・・・」
そう言われて私は先に横になる。見張るように見つめていた旦那様もついでベッドに横になるので私はそっと寄り添うようにくっつく。
「どうした?」
「折角休むのですから・・・いいですか?」
「いいさ、これくらい」
確認するくらいならするなと言われてしまいそうな言動にもにこやかに答え、そっと体を寄せてくれる。
あったかい・・・落ち着く感じがたまらない。
彼はどんな事があっても私を見捨てないでくれる。私と私の仲間さえも・・・。
「惚れた弱みってヤツかな」
疑問に答えるような問いかけに私は内心飛び跳ねたいくらいに嬉しかった。こんな仕事しか能のない自分をこんなに高く評価してくれる人・・・愛しい人。
「可愛いヤツ、無茶だけはしてくれるな。道はまだ長い。きっと少しくらいの休暇は許してくれる」
「ん・・・」
そっと頬に触れる指先とやさしげな声色に私は嬉しくなり、そして眠気が襲ってくる。
ああ、今はこの眠気が恨めしい。もう少しだけ・・・もう少しだけ彼を感じていたい・・・。
けれど疲労のたまった体はそういうわけにもいかずそのまま眠りに落ちていった。
「はっ・・・し、仕事しなきゃ!」
目が覚め、跳ね起きて机に向かおうとすると何時の間にかベッドに戻っている。なんど戻っても仕事机にたどり着けない。仕方なく寝室に篭ったまま仕事をし始めると何処からか伸びる手が書類を取り上げて私をベッドに押し戻してしまう。
「ああもう、仕事中なのに・・・」
暖かい手、優しい声、それが私に休めといってくる。
「今日だけでも頑張らないと」
「だめだめ、休め休め」
そういう私の頭をなでて優しい声はそれを却下する。まるで子供がダダをこねるような声に私は表情では拗ねたようにしつつ内心は笑顔でその言葉に従う。
声の主は私にはよく分かっているから。けれど最後に優しい声に混じって
『もしも起きたら抱いてしまおう』
という恐ろしい声も聞こえたので私はそれに従うことにした。そしてそれが夢であると気付いたのは私の目が覚める昼ごろの話だった。




