闘技場の経営のあれこれ
首都周辺を固める貴族の跡継ぎの大半が孤児院出身の子供達というおそらく将来はリットリオに多大な影響力を持つであろう大変な事をしでかしたヴォルカンだったがそんな事には気付く事無くテルミットがちゃんと休みを計画的に取っているかを確認しに闘技場へと向かう。
いつもの通りに裏口から入り、差し入れの甘味や屋台の串焼きなどを仕入れていくと・・・。
「なんだこりゃ」
従業員がゾンビのような顔でふらふらと歩き回る地獄絵図が広がっていた。
「コォォォ・・・おいどうしたんだこれは?」
「はっ・・・私は一体・・・?」
ブレスに風と水の治癒魔法を乗せて一人に吹きかけるとこけた頬が少しばかり張りが戻り、人間っぽくなった。
「そうだ、仕事、仕事しなきゃ・・・」
「待て待て、またゾンビの仲間入りしに行く気か」
「しかしオーナーが不休で働いてましたし、今回貴方のお陰で我々が如何にオーナーに頼りきりかわかりましたし・・・」
だめだ、完全に思考がワーカーホリックのそれだ。経営の効率を上げたのがこんな結果になるとは・・・迂闊だった。おそらくテルミットの事だから効率が上がった分だけ仕事の量を増やしたのだろう。
今までは超人的なテルミット一人だったのが従業員にまで激務が伝播したので従業員達はものの数週間でこの有様に陥ってしまったのだろう。
現状が恐ろしく忙しいのは今まで自分達がテルミットに押し付けてきた分だと思えば負い目から休暇を取る事も満足にできず、終いにはテルミットに影響されて仕事人間が量産されてしまっている。
テルミットは誰かに仕事を押し付けるような真似はしない。だが先頭に立つ彼女が仕事を始めるとそれをサポートする彼らにも当然仕事が始まるわけで・・・。
ほんの前までは楽チンな部署だった事務方はもはや連日のデスレースが続く修羅場と化している。
一人ずつにブレスを吐いて治療と気付けをしていくがほぼ全員が仕事と生命維持活動のみの行動しかしないゾンビ状態であった。
「テルミットを仕事から引き離す為に頑張ってもらってたはずなのにお前達が感化されてどうすんだよ・・・」
全員を集めて事務室で説教をたれていると事務屋は皆気まずそうに目を逸らす。本来無休で働き続けるテルミットに週休二日を達成してもらおうと事務屋の人々に協力してもらっていたのだがこれではあべこべであり、このままだとテルミットはおそらく際限なく仕事をし続けるだろう。
だらけ切っていた職場のメンバーを例え母親のように慕っていたとしてもこれほど勤勉な連中に変えてしまうのだから彼女の影響力というのは計り知れない。
しかしならばこそ彼女には無理をしないベストな体調管理と適度な休暇を取るというお手本になって欲しい。此処の職場は上司に似て不器用なヤツが多いからな。
「とりあえず皆に仕事を分担した意味をテルミットには分かってもらおうと思う、皆も仕事が一段落したら適宜休暇を取り、体と心の健康向上に取り組んで欲しい」
「「「「はぁ~い・・・」」」」
疲労困憊の様子の面々はそう言うと大半は空気が抜けた風船のようにへたり込んだ。未だに動いているメンバーは闘技場の今日の収支報告を担当している面々だ。
彼らもようやく休みを取れる目処がついたのか幾分か力を取り戻して仕事に取り組んでいる。
「俺は本丸を落としにいくか」
俺はそう言うとソファに積みあがるようにして眠る戦士達を起こさないようにしながらテルミットの執務室へと向かう。
「おーいテルミット、いるか?」
『どうぞ、入ってください』
ノックするとそう返ってきたのでドアを開けると・・・。
「なんじゃこりゃ」
書類が山となって乱立し、それが『確認済み』の箱に入っている。恐らく最初はそうだったのだろう、小さな箱から大きな箱に徐々にグレードアップしていった形跡が見られる。
「テルミット、これは?」
「前回の組織改革から仕事の効率が1・5倍近くも上昇しましたのでその分だけこなせる量も増えたのです。そしたらなんだか止まらなくて」
そういいつつも目線は書類に釘付けであり、言っている間にも一枚、二枚と確認済みの箱に収まっていく。あれ全部部下がやるのか・・・?試しに一枚取って見ると書類は精密に書かれておりこれを元に会計や資料を作れば誰が見ても闘技場の運営状況などが理解できるだろう。
「確かに効率が上がれば仕事も沢山こなせるだろうが・・・今までと違って部下にも負担が言ってるんだぞ?そこんところ分かってるのか?」
精密機械のような手の動きがぴたりと止まり、書類に釘付けの視線が此方に向いた。
「え?」
「え、じゃない。お前が今ままでどれだけの仕事をこなしてきたか分かっているのか?」
たとえ一部といえど闘技場の事務屋の規模では限界がある。闘技場に務める従業員は膨大だがその大半は警備員や施設管理といった建設や警備などの肉体労働者ばかりで今まで楽チンかつ専門職だった事務屋は全体の職員の三分の一も居れば多いくらいだろう。
「それと読み書き計算ができる人間はそんなに多くないぞ」
「ええっ?」
「お茶汲み位のヤツもいたし、人事が血眼になって手伝いを探しているが人柄も含めると限界あるしな・・・っていうかお前どんだけ仕事してるんだ?」
テルミットの時点で八割方の仕事が終わっているにも関わらずその残り二割で事務屋は壊滅状態である。事務屋の能力はそこまで悪くなかったはずなのでいくらなんでも多すぎる。