掃き溜めの原石達その8
俺は何とも言えない気持ちになった。この老人は根っからの悪党ではなく、しかも今この瞬間も苦しみ続けている。よもや俺がわざわざなにかをするまでも無く彼は自責の念に押しつぶされてしまうだろう。
「・・・」
そろそろ部屋を立ち去ろうかと考えていたところ、不意にドアが開いた。慌てて身構えるも入ってきたのはほんの小さな子供だった。
「じぃじ・・・?」
「アルカ、どうしたんじゃこんな遅くまで」
「元気・・・だから起きてた」
驚いて立ち上がったエルビンに小さな少女はそういう。痛ましいほど明らかな嘘に悲しくなる。
擦れた声に、青白い肌、そして濃い目のクマはどう考えても元気とは程遠い。年齢相応の可愛らしい見た目だけに病魔に蝕まれている事がはっきりと解る彼女の有様はまさしくエルビンが心を痛め、凶行に走らせるのも頷けるほどだ。
時折息苦しそうになるひゅーひゅーという音が呼吸器にも病魔が及んでいることを示し、目のクマはその弊害であろう。
「お兄ちゃんはだれ?」
擦れた声でつぶやくようにアルカは此方を向いた。少し恥ずかしいのか怖がっているのかエルビンの傍へ寄ると彼の服を掴んで言う。
「おじいちゃんの知り合いさ、キミの病気について話してたのさ」
「私の病気?」
「ああ、お兄さんのおまじないが効くかもしれないからね」
「おまじない?」
もしかすると病を治すことはできないかもしれない。だがやって後悔する方が見殺しにするより何倍もマシだ。俺はチラッとエルビンを見やる。エルビンは縋る様な視線を俺に返すばかりだ。
「治るのかな・・・」
「やってみなきゃわからないさ」
そう言うとアルカは戸惑う様子でエルビンを見やる。しかしエルビンがゆっくりと頷いたのを見てアルカは俺の方へと視線を戻す。
「わかった」
「よし、じゃあちょっとばかり目を閉じていてもらえるかい?」
アルカはそう言うと目を閉じる。俺は彼女の首に手を当てて彼女の体を調べる。すると黒い靄のようなものが彼女の体に巣食っているのがわかった。これが病気か。
「よし、じゃあアーンってしてみてくれ」
「?」
「口開けて、あーってするんじゃよ」
「あー・・・」
エルビンの協力を得て俺は彼女の口を開かせる。そしてそこに普通の火とは違う『生命の火』を吹き込む。火は体内を水が染み込んで行くように広がるが特にダメージが著しく酷いのどや肺に吹き込んだ火を集中させる。
そのおかげか黒い靄は体内を濁流のように駆け巡る火に飲み込まれて徐々に数を減らし、やがて観念した様に彼女の胸の辺りから徐々にのどを上っていき・・・。
「はー・・・ぷちゅん!」
可愛いくしゃみと共に体外へと吐き出され、霧散して消滅した。
「よし、終わったよ」
「・・・?あれ?のど痛くないよ?じぃじ!のど痛くない!」
「アルカ!ほ、ほんとうか!」
俺が笑顔を見せると目を開いた彼女は自分の体に起こった変化に気付いたのか嬉しそうにエルビンに抱きつき、エルビンもまた笑顔を浮かべながら彼女を抱きしめる。
「おお、ほんとじゃ、すっかり顔色も良くなって・・・」
ランプに照らされる彼女の顔は先ほどの不健康極まりない表情から一変し、血色の良い肌へと回復しているようにも見えた。
「念のためにもう一度医者に見せておいたほうがいいぞ」
「・・・おまえさん、一体何者なんじゃ?」
「そんな事はどうだっていいだろう、それよりこういう時はどう言うべきか教えてやってくれよ」
「そうだね、ありがとう!」
そう言うとアルカは俺にとびきりの笑顔をくれた。それだけで十分今回の騒動で苦労した甲斐があったってもんだ。
「そうじゃったのう・・・ありがとうよ、お前さんが何者かなどどうでも良い事じゃったわい」
エルビンもそういいつつ鼻をすすっている。いぶかしんだり悲嘆にくれたりと忙しいじーさんだ。
やがて本来眠る時間だったのが正常なリズムに戻った事で顕著になったのかアルカはそれから数分と経たない内に眠ってしまった。
「改めて礼を言わせてもらうぞ。ありがとう・・・お前さんのお陰でワシは後一歩のところで外道にならずに済んだ上に孫まで助けてもらって・・・この恩はどうやって返そうかのう」
「そうさな・・・金には困ってないし、子供の礼は子供の用件で返すってことでどうだ?」
「どういうことじゃ?」
エルビンは俺の言葉に納得がいかないのか頭に?を浮かべて首をかしげている。しかし俺は見たし、エルビンも見たはずだ。この街の貧民街を。読み書きもできず、安い賃金でこき使われ蔑まれる。
この街ではそんな奴すらまだマシなレベルという酷い有様だ。
「この街に限った事じゃないが貧民は皆碌な教育を受けずに育つ、それ故に大きくなった子供達は搾取されるか悪事を働くかしかない。だが教育を受けて専門知識を身につければそんな心配もなくなると思わないか?」
「なるほどのう」
「差しあたって俺が金を出してる孤児院で教鞭を取って貰うってのはどうだ?読み書きくらいできるだろう?」
「バカにするでない、商人は読み・書き・計算は当然のスキルじゃ」
「なら話は決まりだな」
「ふぉふぉふぉ・・・当然じゃ、将来に備えて投資をするのも商人に不可欠な要素じゃて」
そう言うとエルビンは悪巧みの似合いそうな古だぬきの笑みを見せる。これがコイツの商人の顔なんだろう。敵に回さなくて良かった・・・。こういう手合いは敵にすると厄介だからな。




