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掃き溜めの原石達その7

夜も更けた所で俺はいびきをかいて地面に寝転がるドワーフ達を起こさないように宿屋を抜ける。

足に纏わり付くような違和感がどうしても拭えなかったからだ。


「不思議なモンだ、無いほうがラッキーなのにな」


追撃が来る様子が全くない。例え非合法な方法とはいえ売買契約を済ませた商品達が居なくなったのだ。普通は取り返しに来るはずだが・・・。どうにもそれがない。

月が煌々と輝き、俺の目には眠る獣の姿さえ映すというのに怪しげな人影はいない。これっぽちもだ。

皆、『見知った顔』ばかりだ。


「俺を相手にかくれんぼか?もう少し上手く隠れろよな」


ため息をつくと月から伸びる影から滲むように数人のダークエルフ、同胞が現れる。

彼女達の黒い髪は月光を受けて輝き、とても美しく俺に向けられる無垢なほどの従順な眼差しは空に輝く星の様に美しい。


「申し訳ありません、ですが仕えるのが我等の務め、どうかご容赦を」

「着いて来たいならそういやいいのに、まあいい・・・朝まで出かけるから此処に居る人間の護衛を任せるぞ」

「仰せのままに・・・」


従順にして忠実。彼女達はまた影に滲むように溶け、満遍なく宿を取り囲む。彼女達を排除せずして侵入できる者はこの世には居るまい。飛行する俺に着いて来れる彼女達の中でも手練のメンバーだ。

部分的に変化してエンゲンの街までとんぼ返りすると都市を囲む城壁を越えて街内へと入る。

ヒンダー商会、そういやどっかで聞いたと思えばゲイズバー商会と懇意の商会だった。しかしなぜそんな商会が人買いなどに手をだしたのだろうか?俺はその疑問を解消すべくヒンダー商会へと向かう。


「ここだったな」


表から店を見るのは初めてだが此処に間違いない。表の看板にもヒンダー商会と書いてある。

主に雑貨から布などを商う商家で家の構成は祖父と息子夫婦、そして孫が一人。祖父が息子を教育しつつ商会を束ねているとか。金には困っていないはずの彼らが何故?

そう思いながら俺は店で幾つかある反応の内、老人かそれに類する物を選んでそこへ向かう。


「お邪魔するよ、アンタがこの商会の長エルビン・ヒンダーか?」


部屋に入るとそこは書斎らしく、そこにランプを頼りに書物に目を通す老人が一人いた。

一代でヒンダー商会をエンゲンの街で有数の大店に育て、それを息子へと継がせた。順風満帆のはずの彼らがどうしてこんな事をしでかしたのだろうか。


「いかにも・・・して君は誰だ?ワシの元に来たエンマか?」

「地獄の使者ってか、そうかもしれんな」


ランプに照らされた老人はひどく疲れた様子で此方を見ていた。エンマとは恐らく此方の世界の言葉の閻魔様のことだろうか。


「潔いのは良いが・・・何故人買いに手をだした?」

「ふぉふぉ・・・聞くまでもあるまい、金になるからよ。どこかの誰かさんのお陰で今は養子縁組の依頼もたくさん出回っておるでのう」


エルビンの話によると地下に押し込めていた連中の行き先は貴族連中の養子縁組の為で、最近は大金を支払ってでも子供達を迎え入れたい貴族達が多いのだという。ま、此間粛清レベルの弾劾があったばかりだからな。踏みつけられていた連中は活気を取り戻して盛り返しているが貴族達の中には当主や郎党の中から犯罪者が出てしまい土地を治めるのに苦労しているらしい。

それ故に他方から養子をとり、欠けてしまった跡継ぎにして民衆から抜擢することで貴族への不満をそらしつつ領地運営を正常化しようというのだそうだ。


「なるほどな・・・しかしアンタ達は金に困っているようには見えないが?」

「そうでもないぞ、高い買い物が控えておるでのう」


そう言うとエルビンはふと一つの額縁に目線を移した。暗闇を見通す俺の目には四人の人間が笑顔で映る絵画が飾られているのが見える。


「それは人を売ってまで買いたいものか?」

「ああ・・・そうじゃ、例え悪魔に魂を売っても欲しいものじゃ」


じゃが、とエルビンはそこまで声を出すと双眸から涙を浮かべ、嗚咽を漏らした。


「それでも足りんのじゃ・・・それにもう、もう・・・間に合わん」

「何故?」

「息子も息子の妻も・・・ワシを置いていってしもうた・・・」

「なんだと?」

「突然血を吐いて倒れたのじゃ・・・なぜじゃ・・・なぜワシじゃないのか・・・孫もじきに病に負けてしまうじゃろう、先月に血を吐いたのじゃ」


嗚咽交じりのエルビンが言うには息子夫婦が突然難病に罹ったのだという。医者曰く異国の病気らしくこの国では薬も治療法もない上に値段が法外で王族でも手が届くかと言う状態だった。

エルビンは商家を手放す覚悟で値段を聞いたがとても払えるような金額ではなく、息子夫婦に孫を託され泣く泣く彼らを看取ったのだ。

それから彼の孫が両親と同じ症状を示したのはせめて孫だけでもと意気込んだ矢先の出来事だった。


「ワシはそれから悪魔に魂を売る覚悟を決めた・・・商家を売りに出し、人を買って、里子に出せば何とか足りるだろうと・・・だが、売れぬ、若い頃にごみを漁りそれを整えて商品として売った事もあるワシも人は・・・人だけは売れんのじゃ・・・う・・・うう・・・」


エルビンは全てをあきらめたように椅子に背を預け顔を両手で覆った。全てを投げ出してでもと誓いながらも最後の最後で非情になりきれなかった憐れな老人の姿が其処にあった。

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