掃き溜めの原石達その6
風呂上りに出された食事はドワーフのそれらしく味の濃い酒のアテのような内容で汗を流す労働者向けの兎に角量と肉の割合が凄まじかった。男とチビッ子達はモリモリ食べていたが女性は途中から味の濃さに参った様で出された水を何度も飲んでいた。
食後は疲れもあって船を漕ぎ出したチビッ子達を女性達と、ついでにリックスも頼んだ。本人は嫌がっていたが女性達に笑いながら連れて行かれた。こういう時の女性の有無を言わせない雰囲気はやはり母親になれる女性にしか出せないものだ。魔性とは違う抗いがたい女性の普遍的な魅力の一つだろう。なぜか途中から合流したブンロクも連れて行かれたが。
俺はそんな連中を見送った後、一人食堂で酒を楽しんでいると仕事上がりのドワーフたちが俺を取り囲んだ。
「おい兄ちゃん、ターニャの新しい雇い主ってのはお前さんか?」
「ターニャ?」
誰だそいつ。俺が頭に?を浮かべているとドワーフ達はもじゃもじゃのひげに手を当てて思い出したように手を叩いた。
「ああ、そういやアンタにはブンロクって名乗ってたんだったか」
「ブンロク・・・ターニャって名前だったのか」
褐色の肌が眩しい二代目ブンロクの名前はターニャというそうだ。
「ところで、それがどうしたんだ?別に騙してこき使うわけじゃないが」
「そんなことしてみろ、俺達が黙ってねえ!・・・そんな事よりお前さんニホンとかいう国を知ってるらしいな?どっから聞いた?」
「あ、ああー、それね、昔馬車の運賃が足りなくてブンロクに貸してもらったのさ、それでその時に・・・」
「なるほど」
「信じた?」
「もちろん・・・信じるわけねえだろ!」
唾が飛びそうな勢いで怒られる。
「ったく!何も金が欲しいってわけじゃねえ、あの爺さんが何処の生まれなのか知りたいんだ。亡くなった事実を家族に知らせてやりてえ」
「なるほど・・・だが難しいな」
「なんでだ?」
「ニホンってのは遠い国にあって、しかも今となっちゃ行く手段が無くなっちまってる遠い国だからさ」
行けるならもう一度行ってみたい。だがそれは叶わない願いだ。何せ世界を跨いじまってるからな。
「遠いってのは海を挟んでるのか?」
「いや、此処だけの話にしてくれるか?ま、どうせ言っても信じないかもだが・・・」
「勿体つけずに教えてくれ、ニホンってのは一体何処にある?」
「此処とは違う世界さ」
そう言うと皆は静まり返り、驚いた様子だった。
「それ・・・マジか?」
「ああ、マジだ。此処にはない物も沢山知ってるし、作れはしないが・・・逆に此処にしかない物も知ってる」
「じゃあ何であのジーさんはここに・・・?」
「さてな、神のみぞ知るってところさ、時折生まれ変わりやそのまま来る奴も居る様だが・・・あのジーさんがブンロクか?」
チラッと見ると宿屋に集合写真がある。すげえなジーさん。写真かと思ったがアレは木炭で描いた絵のようだ。そこに並ぶようにして一人の老人が非常に写実的に描かれている。思いっきり日本人の見た目だ。
「そうだ、宮廷画家が教えてくれって来る程だった、だがジーさんは金も取らずにああいった不可思議なカラクリとやらを作り続けていたなあ」
希代の芸術家にして工芸家のブンロク。そして俺と同じ世界から来た先達。できることなら生きている彼と話してみたかったものだ。
「あのジーさんの飛びぬけた実力はそう言う世界で磨かれたものだと考えれば確かに納得だな。文字通り世界が違う出来栄えだった」
絵画や文化が何処まで発展しているのかはわからないが恐らく同じ道を歩む人々には強い刺激があったのかもしれないな。集合写真に写るドワーフ達は皆笑顔で描かれ、手には仕事道具が握られている。
ドワーフ達は皆職人気質であり仕事への誇り、芸術品への尊敬と憧憬を少なからず持ち合わせている。
そんな彼らにとって先代ブンロクはとても好意的に映ったのだろう。
「断言するがあれほどの事ができる人間は向こうでも少ないよ。俺はこの分野に関しちゃ素人だが自信を持っていえることだ」
「そうか・・・」
少し寂しそうに、それでいて少し誇らしげにつぶやいた彼らには今は亡きブンロクを偲ぶ思いがあるのだろう。
「それに恐らく、赤の他人の俺が言うのもなんだが・・・あんた等こそこの世界では家族みたいなもんだろ?」
「俺達がか?」
不思議そうな顔で言うドワーフ達。しかし俺は、少なくとも俺にはそう思う。遠い異国の地で共に仕事をし、己の芸術の価値を解り、互いに情熱を持って仕事ができる間柄だ。血は繋がっていなくとも彼らこそ家族だろう。
「故郷を探すのは難しい、っていうか無理だろう。だがもしも彼を弔いたい気持ちがあるのなら忘れないでやってくれ。そうすればあんた達の思い出の中で彼は生き続ける、だから元気に仕事してた頃を特に覚えててやっておくれよ」
「思い出の中で・・・そうか、そうだな!そうさせてもらおう」
時間をとらせて悪かったな、と彼ら言うと皆思い思いにブンロクの事を思い出し、時に笑い、時に涙しながら酒瓶を傾け、乾杯の音頭を取る。
「ブンロクジーさんの思い出に乾杯か」
ドワーフは長命だ。エルフほどではないものの200から長生きだと300年は生きる精霊の眷族。そんな彼らの記憶の中で希代の芸術家、ブンロクは生き続けるのだろう。
そして技術は二代目のブンロクとしてターニャに受け継がれていく、おそらくその後も、その次の代にも。伝統はこうして受け継がれて行くのだろう。