リックスと恩師の影
「つかぬ事を聞くがお前さんなんで借金取りなんかやってるんだ?」
ヒマなんでチンピラがこの仕事についた訳でも聞いてみることにする。
「仕方なくやってんだよ、ここじゃ仕事のないヤツは肩身が狭いからな」
どうやら治安の厳しいこの街では無職というのは疑惑の対象らしい。まあ、身元が不明だからわからんでもないが。
「それでそんなやくざな仕事に手を出してるのか?勉強なり何なりすることがあるだろうに」
「そう言われてもそんな金ねえし・・・勉強してる間どうやって食ってくんだよ」
「そこを考えるために勉強するんだろうが!借金まみれとはいえ店持ちとその日暮しの借金取りじゃ実る恋も実らんぞ、せめて家くらい買えんとなあ」
そういうとチンピラは頭を抱えてなにやらぶつくさ言っている。まあこんなこと本人が一番分かっているんだろうが。
「勉強か・・・どっかできるような場所知ってるかい?」
「専門って訳じゃないがな・・・俺が金を出してる孤児院がある。子供はそこに行けばなんとかしてやれると思うが」
「おまえ・・・いやさ、アンタ孤児院を経営してるのか?」
「まあな、ところでどうだ?学をつけたいなら応援するぜ」
そう言うとチンピラは少し考えてから俺に自分の生い立ちを教えてくれた。
「笑わないで聞いて欲しいんだが・・・」
「なんだ、ケツに面白い痣でもあるのか?」
「ちげーよ!俺、孤児だったんだよ。それで、俺が産まれた路地にもまだ小さいガキ達もいるんだ。そいつ等にも勉強をさせてやりたいんだ」
「借金取りなんてさせたくないもんな」
「ああ、なんとなくバカにされてる気もするし、他で働いた事もないからピンハネされたってわかんねえんだ・・・額も少ないしガキを屋根のあるとこで寝かせるのが精一杯なんだ」
悔しげにそう言うチンピラの名前はリックス・ワン。リックスは自分でつけ、ワンというのは文字通り仲間内で最初に苗字を名乗ったからだという。しかも驚いた事に年齢は13歳。どうりでちび助のはずだ。
「年齢が分かるのだって捨てられてた俺の出生届が近くに落ちてたからなんだ、数字はなんとなく分かるからさ・・・きっと産まれた俺が邪魔になってすてたんだろうさ」
「そうか・・・ま、今からは違うだろ?」
「下のガキ達が一人前になるまでは頑張りたいからな」
そう言うとリックスは急に我に帰ったのか恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「なんでこんな事言っちまったのかな・・・ったくかっこ悪いぜ」
「しかし聞いちまった以上ほっとけないな」
なんでこう俺のとこにはワケありの連中ばかり寄って来るのかねえ。財布には余裕もある。それにガキとやらがどういう状況かも分からんな。
「とりあえずブンロクが帰ってくるまでに時間があるだろ、先にお前さんの問題を片付けちまうか」
「俺の問題って?」
「助けてくださいって言わんばかりの内容を聞かされて俺が放って置くと思ったのか?手助けしてやるから借金取りなんて辞めて全うな職に就けよ?ほら、案内しろ」
リックスのケツを蹴って孤児達のところへ案内させる。子供が関わってるとなればできる限り助けてやらんとな。
「確かに困ってるのは事実だけどよ・・・いいのか?」
「なにがだ?」
ブンロクの店を出、職人市場を抜けると活気が徐々に遠巻きになりやがて寂しく閑散とした雰囲気が包む路地裏へと歩を進める。それに比例するかのように整備された道は荒れ、汚くなっていった。
どこの国にもこんな風景があるのだろう。そして全員が豊かになれることなど幻想なのかもしれない。さらに言うなら俺の集落にももうそんな場所ができているのかもしれない。だがだからといってそれを甘んじて受け入れるなどクソ喰らえだ。特に子供達がその可能性を勉学の有無で失うなどというのは馬鹿げている。
「だって俺達は赤の他人だろ?騙されてるとか考えねえのかよ」
「クソガキが生意気な事いうんじゃねえよ。いい大人が子供の嘘を見抜けないとでも思ったのかよ」
「けどよ・・・」
「子供はな、何にでもなれるんだよ。志し、願い、努力できるならな。それが文字が読み書きができないとか貧乏っていうたった一つの躓きで台無しになるっていうのは・・・嫌じゃないか?俺は嫌だぞ」
昔の俺が学が無かったからずっとバカにされてきた。文字が読めないからって、貧乏だからって。
だが俺には俺を助けてくれる人が居たから這い上がってこれたんだ。結局前世ではそれを見失ってしまっていたが二度目の生と共に得た家族の温かさがそれを思い出させてくれた。
もはや二度と見失うまい。だから、俺は俺の手が届く限り子供達を助けたいと思った。単なる善意でもなんでもない。俺がこの人生が始まった時に人知れず誓った約束。
あの時俺に勉強を教えてくれた先生や武術を教えてくれた師匠たちとの約束。
「アンタ・・・」
「同じ生きるなら・・・恥をかいても、べそをかいても、後悔だけはしたくないからな」
『勉強は何のためにやるのか、それを考える練習をしなさい。それができたならそれは百点をとるよりも価値がある事なんだよ?』
『お前は自身を誇り強くなりたいのか?それとも権威を得て誰かに力を誇示したいのか?もしも前者でありたいと思うなら己を信じるのだ。さすれば他人が敵ではなくなる。良いか?己を信じよ、信吾よ』
過去の俺を作った二人の恩師の顔が浮かぶ。彼らはいつも厳しかったが優しい顔をしていた。今の俺は彼らと同じ顔をできているだろうか。