テルミットのお話と企業改革!その4
次に訪れたのは大衆向けの酒場「キック・スタート」、安い・早い・美味いと評判の店だ。聞き込みによると賭けで負けた奴でも入れるくらい安く、此処で気分を落ち着けてから再度賭けに向かうなんてヤツもいる様子である。ソイツギャンブル中毒なんじゃないのか・・・?
「沢山人がいますね!」
テルミットが驚いた様子で酒場を見ている。どうやらこの店は収益的にはそれほどよろしくない様子だ。
「薄利多売ってやつだな」
「はくりたばい?」
「安いものを沢山売って、それで少しずつ利益を得ていく商売のやり方だ」
先ほどの店が貴族や大商人向けとするなら此処は間違いなく市民向けの店で敷居が低く、なおかつ満足できるのだ。流行らない理由はないな。
「とりあえず入ろう、中にいるかもしれん」
「はい、私こう言う所初めてなんです」
楽しみです、と浮かれた様子のテルミット。あれ?なんで知らないんだこいつ。
「闘技場内の施設なのに知らないのか?」
「えっと、私こう見えてもオーナーですし気軽に来ちゃいけないかなーって思って早何年・・・」
仕事の邪魔になってはいけないと忙しい時間帯には来ないように遠慮していたらしい。しかしそれが年単位になるとは・・・。遠慮しすぎじゃないか?
店内に入ると酒の臭いと喧騒が俺たちの肌を叩いた。テーブルには所狭しとグラスと料理、そしてそれらの入っていた空き皿や空のグラスが転がっている。まさに酒場らしい酒場だ。喧騒に耳を澄ますと今回の賭けの勝ち負けや世間話、喧嘩までさまざまな話題で盛り上がっている。
「すみませーん、今向かいますねー!」
店の中を小さな女の子が走り回っている。両手には凄まじい量の皿とグラスが乗っているがどうやって運んでいるんだ?っていうよりどうやって積んだ?女の子はてててと可愛らしい足音を響かせて厨房の奥へと駆けていくと今度は伝票片手に此方にやってきた。
「お二人ですかー?」
「そうだとも、それと、ギランって人を知ってるか?」
「ギラン?あー、あの赤鼻のおじいさんですねーお知り合いですかー?」
首を傾げて尋ねる女の子。どうやらギランはそれなりに有名な人物らしい。彼女が俺が頷いたのを見て店の奥にあるテーブルを指差した。そのテーブルにはモランにそっくりの老人が赤ら顔で酒を煽っていた。
しかしながら俺には直ぐに分かったね。アイツ酔ってないな。
振る舞いは酔っ払いのそれだが目つきだけがきょろきょろと人間を観察している。相手の隙を窺うのとは違う種類だがあーいう類の人間に目をつけられると面倒なんだよな。
「あそこのじーさんと長らくの友人でね、あそこの相席を頼みたいんだ」
「そうでしたかー、ではどうぞー」
そういうので俺はテルミットを引き連れてギランの座る席へと向かう。女の子はまた食器の片付けと配膳に戻っていった。
「あの子はいつからいるんだろうな?」
「名簿にあるので間違いないとするなら彼女はサラちゃんですね、店主のヒッグスさんの娘さんです」
「家族経営か」
看板娘のサラちゃんといったところか。ウェイトレスの腕前もなかなかのもんだ。
「此処良いかい?」
「あー、構わんよ」
無遠慮に尋ねるとそう言うギランだったが後ろのテルミットを見ると驚いたのか目を擦って此方をじっと見る。
「酔いが回っちまったのかな?なんでオーナーがこんなとこに?」
「ちょいと頼みごとをしにきたのさ」
椅子を引いて座るとギランは赤ら顔をあっという間に顔色を平静に戻し、真面目な表情で此方に向かい合った。
「頼み事って?」
「テルミットに休みを取る事を覚えさせたいのと有事に彼女がいなくてもある程度仕事ができるように組織を改革したいんだ」
「それなら見当違いだ、俺は人探しがちょいと上手いだけさ」
そう言うとギランはグラスに残ったエールを飲み干し、グラスを乱暴に机に下ろした。
「人を見る目ってのは一朝一夕で身につくもんじゃない、それにアンタは古株だろ?テルミットを支える立場になってくれないか?」
「そう言われると弱いが・・・」
「なに、駄目だと思ったら後進が育つまででいい。今のままじゃ彼女は休暇はおろか出張もままならん状態だ、それがまともじゃない事くらいはわかるだろ?」
立て続けに言ってみるがそれでもギランの表情は明るくならない。困ったな。乗り気になってくれないとテルミットは今のワーカーホリックのままだ。少なくとも育児休暇くらい取れるようになってくれなきゃこまるぞ。
彼女だって可愛い妻の一人だし、俺も男だ。あーしたい、こーしたいはたくさんある。
「いいか、ギラン。人間はいつか死ぬ。だが人間ってのは後に託していけるだろう。お前の技術だって受け継いでくれる人だっているだろうさ。だが今のままじゃいずれ途絶えちまうぞ」
「・・・」
「それにな、お前、そのままおっ死んでテルミットに後始末を任せるつもりか?」
そう言うと俺は自分の言葉に内心苦笑した。俺の死後はどうなったんだろうか・・・。あの時の俺はもはや尋ねる人間もいない状態だったから今頃ミイラ化してるかもしんないな。