テルミットのお話と企業改革!その2
あたふたしている彼女がよほど珍しいのか周りの事務屋共は唖然とした様子である。
「そ、そそそんな、私がですかぁ!?」
「妻にして、やる事やって、それで何故作らないと思ったんだ?」
俺がそう言うと書類を纏めていたエルフ達からきゃーと嬉しそうな悲鳴が上がる。色恋沙汰に興味津々のご様子だ。
「で、でもでもでもでもでもでもでもでもですよよよ!?」
「わかったから落ち着け、とりあえず人事から片付けるぞ」
「わかりました、では経理をモラン、人事にリルルが言っていたのは恐らくギランでしょう。あの二人は生き別れの兄弟なんですよ」
仕事モードになると途端に冷静になる。そして此処で働いている人の事はほぼ把握しているらしい。
ここで突然キスしたら多分面白い事になるが断腸の思いであきらめるのである。
話は戻って金庫番のモランは勤続20年の超ベテランの老人で几帳面な頑固ジジイ、もう一人のギランはその兄で人格者らしく正式に採用されたのは弟より後ながら以前から人材の斡旋などを行っていたらしい。それゆえ古株ほどギランの世話になっており仕事にあぶれていた弟を闘技場の金庫番へ推したのも彼らしい。
「ギランはその昔借金のカタに売られていた所を私が声を掛けましてね、仕事はそんなに得意じゃなかったんですが人を見る目が合ったので外部の人間を入れる事ができるようになったんです」
「何気にかなり重要人物じゃねえか」
「ですから何度も正規雇用しようとしてたんですがどうも仕事が苦手な事にコンプレックスがあるみたいで・・・」
「人を雇うってのは重要な仕事のはずだがなぁ」
相当苦労したんだろうか?人間失敗したことには二の足を踏むもんだがギランはどうして正規雇用を断るんだろうか。地下の金庫室へと向かう最中テルミット達と話を続けながら二人の重要人物について考える。
地下金庫は文字通り闘技場の売り上げを管理する金庫であり、莫大な量の金銭を扱う場所である。
マフィア達が動かす金銭とは一線を画しており、エルフ達が仕えるドラゴンを示すかのように一切の無駄を許さず貯めに貯めまくった金貨の量たるやリットリオで流通する金貨の20パーセントに上るという。
「そりゃばら撒いたらさぞ壮観だろう」
「やめてくださいね?そういう事は冗談でも」
金貨のプールとかなんてふざけていると巨大な金庫の入り口が現れる。そしてそのそばにモノクルを掛けた老人が金貨の入った袋と羊皮紙を見比べている。
「彼がモランです、旦那様」
「そうか、彼が金庫番の・・・」
ずんぐりしたドワーフを思わせる老人はまん丸の目を細めたり開いたりしながら羊皮紙に書かれた金額と見比べている作業を続けていたがテルミットが咳払いをしたのでようやくこちらに気付き、ゆっくりと立ち上がって挨拶を交わした。
「どうもオーナー、税を納めるにはもう少し時間があるはずですが?」
「今日はその事で来たのではありませんよ、少しばかり組織運営に改良をと思いまして」
「へえ、そりゃ突然ですな」
「手始めに貴方とギランの裁量の拡大をして部署を作ろうかと思いましてね」
そう言うとモランは少し驚いた様子でモノクルを外し、まん丸の目を見開いた。ほんとこのじいさんもドワーフそっくりだな。
「ワシらにそんな・・・もったいないですぞ、それに上手くできるかどうか・・・」
「いいえ、これは皆がやっていく事なのです。貴方はその最初というだけ、失敗しても成功しても構わないのです」
「オーナー・・・」
「今まで私は全てを一人でやろうとばかりして、貴方達の気持ちを蔑ろにしていました・・・口では信頼していると言いながら・・・許してください」
そう言うとテルミットはモランに頭を下げる。その様子に感極まったのかモランは目頭を押さえて感激している様子だ。
「そんな、拾っていただいた御恩も返せてないのに・・・、勿体無い」
「いえ、返せていないのではありません、私が受け取っていなかっただけなのです。ですから今からでもその奉公に報いたいのです」
「オーナー・・・」
「せっかく支えてくれていると言うのに、組織の外に居た人に言われるまで私も分かりませんでした」
そう言うとテルミットは微笑みをこちらに向ける。努力は必ず自分に返ってくる。たとえそれがどんなに些細な事でも、つまらない事でも必ず何かをもたらしてくれるのだ。本当に、彼女もこれを機会に無茶をもう少し減らしてくれるといいんだがな。
「えっと、俺がその組織の外の人間だ。モランと言ったな?ご覧の通り彼女は一人で抱え込むきらいがあるからそれを解消したいんだ」
「アンタが誰かは知らないが・・・そう言う事なら喜んで従うさ、オーナーは一人で何でもしようとするからな」
経理はモランが担当しそのノウハウを部下に伝えていく方向で調整しておく事にして、次はギランだ。
「兄貴は大抵闘技場付の酒場で飲んだくれてるか、人探しだろうさ、そこを探すといい」
そう言うモランの言葉を受けて俺たちは一度地下を出る事に。