狐人族の国その2
社交辞令が合戦の矢合わせのように飛び交う中アウロラは話を切り上げて自身の用事について切り出した。
「それでは旦那様の用件についてお話させていただきたい」
そう言うと皆は一様に顔を見合わせ、緊張した面持ちでアウロラに視線を戻す。
「お伺いしましょう」
シルミナの言葉を受けてアウロラははっきりと宣言した。
「我等はこの戦いにおける完全かつ安全な中立を宣言する!・・・だがそれは我等の中に貴殿らの戦いや策謀によって我等が被害を被らない限りとさせていただく、それが集落及び我等の長たる御方のお言葉である。この宣言に抵触する場合はいかなる障害が阻もうとも原因を取り除く、たとえどんなに困難であろうと、千を超える軍であろうと、我々は一切の妥協をすることなく目標を達成する・・・以上」
「なんですと?」
「なにか?私は過不足なく旦那様の言葉をお伝えした」
驚いたのはシルミナである。例えこの目の前のダークエルフが心のうちでどのように考えていようともシロナが無事で帰った以上集落の長は篭絡されていたものと考えていただけに大きく当てが外れてしまっていた。協力を取り付けられると思っていた矢先の事だけに狐人族の面々はざわめいていた。
(話が違うぞ・・・コボルト達の身柄はどうなる?)
(長は篭絡されているのではなかったのか・・・?)
(秘薬を持ち出した言い訳が立たぬではないか・・・、誰が責任を取るのだ!)
シロナが逆に篭絡されているなどとは夢にも思わない面々は混迷を極めており、やがて皆が責任を問うかのようにシルミナに視線を集めた。
「ぬ・・・ぐ」
しかしながらシルミナにもこの場をどのように切り抜けるべきかという方法を思いついている訳ではない。シロナが無事であり、集落の重要人部を連れてきた時点で彼もまた成功したとばかり思っており皮算用を始めていたところなのだ。
「しかしながらこのまま帰ったのではあまりに無作法、この戦いにおける犠牲者に祈りを捧げ、鎮魂することに致しましょう」
「そ、そうですか・・・それはありがたい、では誰ぞ案内を・・・」
「引き続きシロナ殿にお頼みしますよ、お気遣いなく」
にこやかに立ち上がったアウロラの後ろに続くシロナ。それをシルミナは呼び止めようとしたが彼女は立ち止まる事無くアウロラを追いかけていってしまった。
(まさか・・・アルジュエの小娘め・・・)
最悪の事態を予想するもシルミナは重役たちの詰問を受ける羽目になり彼女達を追いかける機会を失ってしまった。
「はぁ、あそこの連中ってほんと嫌な奴ね」
「えーっと、まあ、嫌われ役というか・・・そんな人たちですから」
「まぁ、田舎者なんでしょうけど」
国を出た事の無い狐人族と諸国を旅してきたダークエルフとでは文化や知識に雲泥の差があったが此処まではっきり言われてしまうとシロナも二の句がつげなかった。とくにシルミナは文官なので国内にとどまって仕事をする事がほとんどなので知識がどうしても偏り勝ちであった。
「ここですね」
それからしばらく歩いて二人は都市部から離れた場所にたどり着いた。死者はどうやらここら辺に埋葬されているらしいが・・・。
「なにこれ、畑?」
「埋葬する場所ですけど・・・」
一面に切り開かれた場所に土饅頭ができているだけで石碑や墓石などはおろか機の杭一本刺さっていない状態である。ただ一面を木の柵で囲ってあるがところどころ掘り返された地面に遺骸を埋めているだけのようだった。
「死者を弔わないのは野蛮人の証拠よ?なぜこんな事に?」
「死者に長く触れる事は忌み嫌われてますから・・・頑張ったんですがなにぶん人手が足りなくて」
「貴女も死者の埋葬に手を貸しているの?」
「もちろんですよ、野ざらしなんて可哀想ですから・・・それにこの仕事は本来耳や尻尾を失った人達に押し付けていたらしいんですがそれもなんだか納得いかなくって」
耳や尻尾を失った獣人は大抵誇りを失った半端者という扱いで総じて獣人の中では地位が低くなる。
それゆえに解体した獲物の後始末やごみの処理、死者の埋葬などを任されるのだ。
「そうなの・・・ま、それじゃ埋葬がおざなりになるのも仕方ないわね」
そうつぶやきながらアウロラはためらう事無く墓地に踏み入る。そして墓地の真ん中でひざを折ると両手を合わせて目を閉じ祈りを捧げる。
「異国の祈りがどれだけ彼らの慰めになるのかわからないけど・・・」
目を開いて立ち上がるとアウロラは少し悲しげにつぶやいた。死者は生者と同じ時間を歩むことはできないがそれでも生きる者は明日を生きねばならない。流浪の果てに命を落とした先達は祈りを受けたものもいるがそうでないものもいる。祈りを受ける事すら叶わない先達は今頃最果ての冥府をどのような気持ちで目指し歩いているのだろうか。
草葉の陰で泣く声が聞こえてくるような、そんな寂しい雰囲気と静寂がこの周辺を包んでいる。
「祈ってくれる人がいる事を誰も悪く言う人は居ませんよ」
「そうかしら・・・いえ、そうね、誰かが見送ってくれるならそれに越した事はないものね」
長く放浪し、重ねてきた苦労を示すかのような悲しい笑みにシロナは胸が締め付けられそうになる。




