狐人族の国
「狐人族の秘薬を使ったからにはやはり犯人は狐人族の誰かなのでしょうか・・・」
行く先でシロナが心配そうにそうつぶやいた。彼女の話に寄ると狐人族は狼人族に比べ体力で劣る分話し合いで解決する方法を好む温和な性格で、狼人族も本来は戦争や戦いを仕掛けるほど見境の無い種族ではないと言う。本人達は決して口にはしないが彼らは見た目の美醜の感覚等に共通項が多く、内心遠い親戚なのでは?と考えているものも多いとかなんとか。
「いくら要人が居なくなったからと言って何故こちらもむこうもお互いが犯人だとわかったのでしょうか?」
「わからないわ、でもこのままじゃ間違いなく双方に悪い事になるってことくらいかしら」
できすぎているとは思いつつもアウロラは黙々と歩を進めていたがふと過去に携わった仕事を思い出した。
「そういえば獣人を攫って来いって依頼が持ち込まれた事があったわ」
「突然なんですか・・・、しかもそんな物騒な・・・」
「さぁね、人攫いの理由なんか知りたくも無いし断ったけど」
いくら暗殺を生業とするとはいえ彼女達に尊厳を踏み躙るような事は受けない。尻尾や耳といった部位は獣人にとって重要な部位である事を他種族である彼女も知っている。獣人の中には尻尾や耳を失うくらいなら手足を差し出す者も居るほどである。
「そういえば・・・今回の戦いでは死者はどうなってるの?」
「そんなに双方で出ては居ませんが・・・ええと、私達の国では国から少し離れたところにお墓がありますので死者は皆そこへ。滅多に人が立ち寄りませんけど」
気枯れという概念があるのかは解らないが両方とも墓には滅多に近寄らず、人が少ないのだとか。
「死者が少ないのは幸いね、もし犯人を捕まえても犠牲者が多ければ引っ込みがつかないから・・・お墓ってどこ?」
「血は血か時間でしか癒せませんからね・・・ところでなぜそんなことを?」
「なんとなく、それに死者には祈りをささげるのは当然じゃない?」
エルフ達の慣習では死者は死んだら誰しも冥府に行く。冥府への道は岩が露出した険しい坂道で冬のように寒く、長い道のりらしい。善人は迎えが訪れ死神が手配した馬車に乗って冥府へ向かうが罪を犯した者はその行程を徒歩で向かわねばならず、服装も粗末な物なのだという。しかし冥府の神の恩情で受けた生者から受けた祈りの数だけ冥府へ行く道のりが楽になるのだという。それゆえ毎年死者に祈りを捧げ、死者が冥府に一刻も早く着ける様に祈るのだとか。
「着いた、此処が私の故郷です」
心なしか明るい声に思わずアウロラは苦笑する。どんなにバタバタしていても故郷に来れば人はおのずと安堵するのだろう。故郷を最近まで持っていなかったアウロラには彼女の声が明るい事に少しばかり共感し、昔の自分ならどう感じていただろうかと思い苦笑を深かめた。
建物は茅葺の屋根や中には瓦ぶきの屋根などもあり長屋と貴族屋敷が並んだような建物が多い。フィゼラー大森林の中に位置するがここら辺では四季の中で気候が違うらしくサマルのような西洋建築ではなくすべて和装の建物ばかりである。ところどころに湿気に対する工夫がなされており壁は漆喰のような土壁や木造で通気性を確保するため障子がいたるところで使われている。
そして屋敷の周りや家家の合間には田んぼがたくさんあり、農夫らしい狐人族たちが尻尾が水につからないように腰帯に挟みながら稲の面倒を見ている。
「あれは何?」
「コメですよ、神様の賜り物とされる食べ物です。これから作るお酒がまた美味しくて旦那様もお気に召したようでしたのでまたご用意したいですね」
「へえ、あの時飲んだお酒が・・・あんな透き通ったお酒は見た事無かったわ」
「そうです、綺麗な水を使って職人が手がけるわが国の誇りなんですよ!」
この世界ではぶどう酒や蜂蜜酒が主であり、発酵や蒸留酒といったものはまだまだ知られていなかった為無色透明な米酒はアウロラにとっても衝撃的であった。なによりアウロラは甘い酒やエールが余り好きではなかったので辛口の米酒が好きになっていた。
「お酒は文化ですから!神様から賜ったものですからね!」
俄然酒の話になると饒舌になるシロナ。のん兵衛なのかもしれない。
「集落の長、その奥方様をお連れしました」
酒の話からひと段落して重役たちが集まる屋敷へと二人がやって来るとすぐさま人が集まり、シルミナがもみ手でアウロラを出迎えた。
「ようこそ、奥方様!我等一同歓迎致しますぞ」
「いえ、こちらこそ御呼びいただき感謝します」
内心ヴォルカンが直接来ていない事に不満を感じているだろうがそんなことはおくびにも出さず笑顔で応待するシルミナ。アウロラとて歓迎されていない事など先刻ご承知だったがここで感情を顕わにしてもいいことなど無い。互いに当たり障りのない挨拶を交わし歓迎の宴を開く運びとなった。
「単身で起こしになったのですか?」
「ええ、夫は商いと集落での政務がございますので」
「ほう、それはそれは・・・お忙しい様で何よりですな」
コボルトとダークエルフという商売など及びもつかないシルミナは村の特産品レベルだろうと内心冷笑を浮かべて話を聞いていたが事実はリットリオで有数の大商会と独占的に取引を行っているなどとは夢にも思わないだろう。