狐と狼とダークエルフと
結界は内側から外部を確認する事はできるがそれも大分おぼろげになっており獣人や一部の探知に長けた感覚の持ち主でなければ様子を伺うことすら難しい。反対に術者や同族にはある程度の抵抗があるので薄く布をかぶせたような感じで済むので待ち伏せなどに使う場合もある。
「うむ、近くには誰も居ないようだ・・・」
ザオウは慎重に辺りを窺いつつ結界の外へと歩を進める。追っ手を逃れてきたとはいえ未だに此処は両種族が縄張りとする地域。下手をすればどこから自分たちの居場所がバレるかわかったものではない。
「さて、今日は何を獲ろうかな・・・」
前回はシンリンウサギを狩った、前々回はしくじったので木の実だけだったからこれからも獲物が獲れるとは限らないので保存できるだけの食料を確保するべきだろう。フィゼラー大森林内は獲物も量自体は豊富で狩りにも困らないのが幸いか。
「剣を無断で借りている状況もどうにかしたいが・・・返すと徒手空拳ではな」
手元には黒色に鈍く輝く短剣が握られている。ダークエルフが使用していた物だがどうやら彼女は少人数の暗殺のためにこの獲物を用意してきたらしい。しかしそれで完全充足の兵士と戦うのは少しつらかったようだ。しかしながらそんな中で兵士を蹴散らし、毒を受けながら私達二人を連れて逃げおおせるのだから彼女の戦闘能力たるや恐るべきものだ。
短剣のみで目の前に現れた彼女を最初は内心見くびっていたが乱入した両種族の兵士と戦い、そのさなかに振り下ろされる兵士の長剣を斬り、中身までは難しくとも鎧の金属部分を切り裂いたのだからもし彼女と自分が一人で戦う事になっていたらあっという間に殺されていただろう。
「っと、考え事ばかりではいけないな・・・タケクラからもうるさく言われていたのに、癖になると抜けないものだ」
頭を振って雑念を振り払う。感覚を研ぎ澄まし、周囲に潜む獣の気配を探る。
「近いな、今日は猪と行こう」
地面を蹴って森の中を疾走する。木の根を飛び越え、幹を蹴って高速移動する。すると気配だけでなく視界の内に木の皮をかじる猪の姿が映る。
「もらった!」
地面を蹴って一気に距離をつめると猪の首に短剣を当ててそのまま通り過ぎる。すると首筋に深い傷が走り、猪の命を司る液体が噴水のように噴出した。猪は自身が絶命したことに後から気づいたかの様に二三歩歩いた後にどうっと倒れ伏した。
「さすがの切れ味だ、返すのがちょっと惜しいな」
普通ならこの刃渡りの短剣で致命傷を与える事は難しい。だがこの短剣は毛皮や肉を気にすることなく頚動脈の場所まで一気に斬り込むことができた。
「わが国の刀匠ではこのようなものは作れないだろう・・・そもそも素材が違うのか・・・?」
仕留めた猪を引き摺って帰りながら短剣に目を落とす。黒い金属などは見た事がないし作れるのかどうかもわからない。短剣にしてはやけに軽い気もするがそれでいてこの切れ味なのだ。
ダークエルフ達には謎が多い。エルフ達もそうだが彼女たちは非常に歴史が長く、少なくとも自分たちが歴史をつむぎだした有史以来から存在していた。種族的に人間と対等以上であり、数こそ少ないもののその影響力は彼女たちが主と神と崇めるドラゴンに次ぐ物である。
「難しい事は考えても仕方ないか・・・彼女たちは私の想像の及ばぬ存在だ」
『そうね、貴方達には私達を解き明かすことも、超えることもできやしない』
ゾッとするような冷たい声。殺気とも言うべき物に包まれ、ザオウは思わず息を呑んだ。
(囲まれている!・・・いつの間に!?)
殺気に包まれているからこそ解る感覚にザオウは身震いした。五人、十人、もしかするともっと居るのか?
「貴方の手に持っているのは同胞の短剣ね?彼女はどこ?」
「同胞?という事は君たちはダークエルフなのか?」
滲むように視界に現れた十人のダークエルフ。それは彼に死を予見させるに十分な戦力。下手な言動は即命とりになる。
「如何にも我等は誇り高きダークエルフ、私の名を聞く前に質問に答えろ。同胞はどこだ?」
目の前には黒髪をなびかせて降り立つ一人のダークエルフ。胸元から首筋にかけて刻まれたドラゴンのタトゥが彼女の位階の高さを現しているようだ。
「同胞は近くに認識阻害の結界を張ってくれている。毒を受けたんだが解毒剤の用意は?」
「必要ない、我等の魔法があれば回復できる。自力で回復できないという事はまだ我等と合流できていない新参か・・・放っておくのも可哀想だ、案内しろ」
狐人族の薬は非常に効果が高い事で有名だが彼女たちにとってはなんて事はないのだろうか?いよいよもって恐ろしいものだ。逆らう気など毛頭無いが彼女達の指示にしたがって猪を引き摺り結界までの道を引き返していく。
「ここだ」
認識阻害のおかげで岩場にしか見えないが此処には本来洞窟の入り口が口を開けている。
「場所を記憶してるの?」
「いや、アイ・・・狐人族の女性が洞窟に君たちの仲間と一緒に居る。戻ってこれるのは彼女の能力だ」
「なるほど、結界はちゃんと張れているのね」
そう言うとダークエルフは左手を翳す様に突き出すとそこから空間が開いたように結界に穴があいた。
「うん、大丈夫みたいね。結界が残っているって事は生きているみたいだし・・・ちょっと安心かな」
素っ気無い言い方をしていたがやはり仲間の存在が気がかりだったようだ。結界が張られている事で安心したのか、口調が柔らかく、安堵しているようだった。