前編
光が収まると、景色が変わっていた。
見渡すと、どうやら石造りの小さな部屋の中にいるようだ。
いや……どこなの、ここ。
さっきまで学校にいたんだけど……。
「か、かわいい!」
「……へ?」
声のした方を向くと、ゲームに出てくる魔法使いのような格好をした少女がいた。
何この人。
なんか、見上げるほど大きい……というか。
もしかして、私が小さくなってる?
……さっきから制服の着心地がおかしいんだよね。なんていうか、ぶかぶかになっちゃってる。袖から手が出ないし、首を出すところから肩が出ちゃうし。
「ねー、君のお名前は? お年はいくつでちゅかー?」
「……」
この人も子供に話すようなしゃべり方だし。
「あー、もう、本当かわいいなぁ!」
「わっ」
急に少女は私を抱き上げた。と、同時に制服のスカートが地面に落ちた。
下を見ると、よく磨かれた床に私の姿が映っていた。
……小学校低学年くらいの時の、私の姿が。
「どうしたの?」
「……いえ」
な、なんで縮んでるの。私、高二だよね? 16歳だよね?
「ね〜、お名前は?」
少女は目を輝かせて私を見つめてくる。ちょっとコワイなぁ。
「……あ、野澤咲です」
「へ〜、サキちゃんっていうんだ! かわいい! 年は?」
「……16歳です」
「へ〜、16歳なんだ〜……え、16歳?」
そうです。16歳は抱っこされるような年齢じゃないと思います。
だから、こういうの、良くないと思うのだけれど。
降ろしてくれると嬉しいんだけど。
「……まあ、かわいいからいっか!」
良くないと思うんだけど!
少女は思いっきり私をぎゅーっと抱きしめて、満足したのか、地面に降ろしてくれた。
……さっきからずっと思ってたのだけれど。……こいつ、ロリコンってやつか?
「……そうだ、王様のところに行かなきゃいけないんだった」
……王様?
「うん。この国で一番偉い人だよ」
「……はあ」
それは名前からわかりますが。
「おいで、サキちゃん」
訳もわからないまま、少女に手を引かれて歩く。
見回すと、見たことのない風景が広がっている。……これって、夢?
……でも、夢にしてはやけにリアルなんだよなぁ。
しばらくこのロリコン少女についていくと、王様の前に連れてこられた。
「王様、成功しました! この子が世界を救う勇者様です!」
少女は得意げに言った。
豪華な王冠をかぶったおじさんは、訝しげに返した。
「……レイラ、お前の趣味で、その幼児を召喚したのではないのか?」
このロリコン少女はレイラっていうのか……。てか、召喚? 召喚て、あの召喚? 悪魔とか勇者とか呼び出すアレのことですかー?
なるほど。わからん。
なんでそれで私が幼児化するんだ。
ロリコンもといレイラは、
「ちゃんと伝説の通りに勇者召喚魔法を使いましたよー。もー王様ってばー」
「……そうか」
王様は、納得のいかない顔をしていたが、それ以上言っても仕方ないと思ったらしい。
かがんで、私に視線を合わせて、言った。
「君に頼みたいことがあるんだ」
王様は子供に話すように、優しく、言った。
なんでも、魔王とかいうすっごく怖い悪いやつが、手下の魔族を使って人間に悪さをしているのだそう。だから、私に魔王を退治してほしいのだそうだ。
伝承によると、勇者にしか魔王は倒せないらしい。
無事、魔王を倒すことができたら元の世界に返してくれるそうだ。
「やってくれるかな?」
こんなの、頼まれたらやるしかなくない?
だって、やらなきゃ帰れないってことでしょう?
「やります」
「ありがとう」
そう言って、王様は私の頭を撫でた。
……絶対、子供扱いされてる。
うう……元の姿に戻りたいよぉ……。
***
王様の話が終わると、レイラに手を引かれ、部屋に連れてこられた。
中に入ると、なんか、所狭しとヌイグルミとか人形とかが置かれている。
子供部屋だろうか。
すると、レイラは、得意げな顔で、
「ここはね、わたしの部屋だよ」
「……え」
レイラの部屋だった。
「ここで一緒に寝ようね」
「はあ……」
「どうしたの? ……あ、そっか」
何かを思いついたような顔をして、
「サキちゃん、もう夜だから寝るんだよ」
いや、それはわかるけれど。
……まあ、幼児を見知らぬ場所で一人にしておくっていうのも問題ありそうだし、妥当なのか……?
レイラはベッドの上から「ほら、早くおいで」と呼んでいる。
いや、でもロリコンと今の私が同じ布団で寝て大丈夫なの……?
というか、そもそも何故私は幼児になっているんだ?
うーん。
「ふわ……」
あくび出たし。なんだか眠いし。考えるのは明日にして、もう寝ちゃおうかな……。
「サキちゃん! 床で寝ちゃダメ! こっちに来て!」
……………………
ここは魔界にある魔王城。その廊下を、ある魔族の少女が走っていた。
誰かを探しているようだ。
しばらくして、魔族の少女は長身の魔族の青年を見つけて、叫んだ。
「魔王様、大変です!」
「何事だ、ルエル?」
ルエルと呼ばれた魔族は、続けた。
「はいっ、絶対に魔王様を倒すと言われている、あの勇者が召喚されました!」
「ふむ……そうか」
魔王と呼ばれた青年の魔族は少し考えるそぶりをして、
「では、俺が直々に様子を見てこよう」
トンデモないことを言い放った。
「え、ちょっと、そんなことしたら……。だ、ダメですよ!」
当然、ルエルは反対する、が。
「何か文句でもあるのか? この俺様のすることに」
魔王は全身から魔力を放ち、ルエルを睨んだ。
ルエルは青ざめて、
「い、いえ、めっそうもないです。はい。いってらっしゃいませ」
と言うしかなかった。