リオとコスモス 2
リオは国を出る際、生き残りの一人に声を掛けていた。
幼馴染であり、同じ年の、少女のような『少年』である。
コスモスという、可憐な少年だ。
桃色の腰まで届く髪は動くたびに揺れ、太陽よりも赤い眼は鋭く、白く透き通る肌は赤ん坊のような艶と張り。
老若男女問わず誰もが振り向く美しさだと、幼子の頃より評判だった。
その口調はというと、容姿に似合わぬものである。
「リオ。これからどうするんだ」
「当てはない」
大きい鞄を背負い話しながら、なだらかな平野を歩く二人。
リオは非常に迷惑そうにしていたが、それに構わずコスモスが耳元で叫ぶ。
「ちゃんとした計画もないのに飛び出して来たのかよ!?」
ペッと道の端に唾を吐きながら文句を言い続けるコスモスにリオはこう返した。
「文句を言うくらいなら、戻ってもいいよ。捕まってもいいならね」
「そりゃそうだけど……逃亡先くらい用意しておけよな。荷車があれば楽だったんだ、重いのなんの」
二人が背負っている鞄の中身は、高価な魔道具である。
元々持っていた物、食料や水などは魔術で異空間に収納できるが、魔力が関係するものは魔術の構造上の問題で異空間に収納ができないのだ。
だからこうして鞄を用意して、背負って歩いているのである。
ちなみにこれは、国から出る際に国の中心に位置する城の宝物庫から盗み出したものだ。
盗品である。
今から戻っても、なんの解決にもならない。
「へっ、いつ気付くかな城の奴ら」
「城の宝物庫の中は月に一度しか確認されないからね。確認された一日後に侵入したから少なくとも一ヶ月は大丈夫だ」
「そうなのか、知らなかった」
「それくらい知っておこうよ」
「まあリオに任せとけばなんでも上手くいくからな」
「信用されてるってことだね、ありがとう」
無表情で感謝の言葉を告げるリオに、コスモスはどもりながらも返す。
「ああ……もう…………」
顔を赤くするコスモスはそっぽを向くが、辺り一面芝生なのですぐに顔を前に戻す。
いくら成人一歩手前といえど、まだ子供である。コスモスには歩くだけというこの状況が暇なのだ。
だから退屈を紛らわせるには話すしかなく、その対象となるのはリオしかいない。
そんなコスモスを見て、リオは思った。
(連れてこないほうが良かったかな。でも当面の資金確保には必要だったしなぁ)
リオがコスモスを連れてきた理由はない。
同じく虐められていたし、幼馴染だからという情があったわけでもない。
全ては打算で決めたことなのだ。
コスモスがいなければ、とても城の宝物庫を攻略できなかった。
だからといってリオにこれっぽっちも罪悪感は存在していない。
それが罪であるとは知っているが、それは他人が勝手に決めた掟である。
自分ルールという身勝手な考え方をしていると云えば、歳相応に見えるのかもしれない。
(ひとまず今夜は野宿かな)
リオが鞄の中から筒を取り出し、蓋を開けて中に入っていた紙筒を取り出し広げる。
宝物庫から盗み出した、国宝『総ての地図』。
リオは腕を本でも読むかのように広げ、じっくりと地図を見つめる。
紙の中心に黒点が二つ。これがリオとコスモス。
黒点を中心として、紙に描かれている地図の線が動く。
それをしばらく眺めていた後、流れるような動作で逆順処理し仕舞う。
「あと少しで坂道、険しい地形だから夜は危険だ。今日はテントを張って野宿しよう」
「はいはーい。わかりましたよーだ」
拗ねているのが目に見えてわかる。
それに対して、リオは無反応。
コスモスはまたそっぽを向いて、数秒後に前を向いた。
平和だ。
***
「うん、ここでいいかな」
沢から少し離れていて、土の起伏が少なく平らな地形。
テントを張るには良い場所だ。
「僕は夕餉を用意するから、組み立てを任せる」
「わかった。リオの飯かぁ、久しぶりだ」
テント設置場所から少し離れ、リオは魔術で調理器具と食材を取り出す。
二人分なので、その量は少なめ。
食材の一つを手に取り、よく観察する。
「……傷んできている」
異空間に収納するという魔術は便利なのだが、経年劣化するという欠点がある。
異空間魔術の上位、空間操作魔術ならばその問題も解決できるのだが、難易度が高い。
必須習得魔術の範囲には空間操作は入っていなかったので、リオが空間操作を習得するには魔術書を購入して覚えるしかない。
上位魔術の魔術書ともなるとそれ相応に値が張るが、今は金がある。
二つ山を越えた先に魔術大国があるので、そこで調達しようとリオは思った。
最初に水魔術で、手元だけに小規模な雨を降らせて野菜を洗う。
「さて……と」
風魔術で野菜の皮をするりと剥がす。
野菜の皮を剥がすには相当な操作技術が必要なものだが、大したものである。
通常ならば、少し強い風を吹かす程度が関の山だ。
集中力を使うのか、疲れた様子だ。
次に、鍋に異空間から出した水を注ぎ込み火魔術で沸騰するまで待つ。魔術の水は食用ではないのだ。
その間に使う調味料を選別し、野菜と肉を一口サイズに切ったりと休んでいる暇はない。
沸騰した鍋にそれらを一つずつ入れていき、かき混ぜる。
そんな作業を坦々とこなし、完成した。
日が沈む前兆である月が現れたのを確認して、リオはテントに鍋を持っていく。
「できた」
「こっちもできたぞ。寝袋も用意しておいた」
土魔術で鍋敷きを作り、鍋をそれに載せる。
器、掬い、コップも用意し、準備は終わったといえる。
徐ろに両者とも瞼を下ろし、ぼそぼそと呟く。
「天と地に感謝を」
「……天と地に感謝を」
食前のお祈り、もとい『いただきます』。
天から差し込む光のおかげで植物は生きられていて、土があるからこそ生物は立っていられる。
その意味を込めた言葉だ。
他にも色々と意味はあるらしいのだが、リオは知らない。
「スープだな」
「時間をかければもっと美味しくできたんだけどね」
「気にするなって」
器へと掬いでスープを移動させ、貪るように食べる。
リオはそんなコスモスを見て『腹が空いていたのかなと』考え、自分も掬いを手に取ったのだった。




