その瞳は赤き
戻るものおらず、行くものおらず。
興味本位で足を踏み入れたが最後、其処な主に生贄と食らわれる聖域あり。
大昔からの盟約により、その地には恵みが与えられていた。
「――?」
今日も今日とて生贄を待ち望む主の耳に、人の泣き声が届く。
主は領域の支配者、歩きなれた道を進みものの数秒で辿り着く。
「――ッ⁉」
そこには生まれたばかりと思しき、赤い赤ん坊がいたそうな。
――――
どうしようか、迷っていた。
なんせ体は動かない、
もう殺されるんじゃないか俺。
誰にって? いや、白くて得体のしれない物体がいたら誰でも殺されると思うさ。
「ぉぎゃぁ」
ああ?
「ぉぎゃぁ!」
これ、俺の声か。
って、なんでだおい。
今さっきまで……あれ? なにしてたんだっけ。思い出せない。
「フン、人の子はいつの時代も身勝手なものよ」
何か言ってるけど聞き取れない。
「我に育てよと申すか、赤子よ。良いだろう、その身、その命、成長したら食らってやる」
あー、どうしよ。抱きかかえられた。てか、でかいなこいつ。
うーん腹減った。
――――
「まずは名だな。右近、おぬしに一任する」
右近と呼ばれた犬が、木陰から姿を現す。
獣でありながら気品高き振る舞いをする右近は、主とは長い付き合いである。
「それでは、赤子をこちらへ」
主の腕から右近へと、薄絹を触るように手渡される。
右近はしげしげと眺めた後、名を告げた。
「鮮血のような赤い瞳、身体に刻まれた神の刻印。紛れもなく神の愛娘。しかしこれは死の神ハデスの加護。故にこの赤子の名は『アイリ』とします」
瞑目して命名を聞き届けた主は、一吠えすると怒りを露にした。
「ふざけるな神風情が! システムの範囲内だからと我の許しも得ず蛮行を犯すとは何事か!」
「捨ておきますか?」
「よい。これが神殺しを為す器とあれば、それを促す役目も必要である」
口元を歪めた主の瞳は、遠く遥か先を見据えていた。




