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狂神の命を

 ブーナ村の三人兄弟の長男。

 俺はそういう者だ。


 この村では、畑を耕したり家の手伝いをしたりしだすのは4歳から。

 そう決まっている。

 俺には貴族様みたいな教養はないけど、元貴族だったという父の蔵書が家にあったのでそれで勉強した。

 本なんて高級品が家にあるのが幼いころは誇らしかったが、今となってはどうでもいい。

 おかげで賢くなったからか、次期村長は俺だという話になっている。


 だが、そんなのは御免だ。

 俺は世の中に出て色んなことが知りたい。

 体を酷使して、帰ったら勉強して。

 それだけの生活は嫌だ。


 だから金を貯めている。村の外に出るための金だ。

 老けた母の代わりに、弟と妹を育てるにも必要だから、まだ全然貯まっていない。

 俺は今、16歳。

 生まれて16年目の、夏が訪れようとしている。

 まだ時間はある。

 目標は、20歳までに1000トルク。

 なんとしても稼がなくては。



〓〓〓〓〓



 村に立っている家は、指で数えられるほどだ。その数は10本。

 寂しい数だが、皆で協力しあって生きていくには最低限足りている。

 一列に並んだ家の前には、広大な畑。

 家の後ろには、家畜を育てる建物がある。

 家畜の種類は豊富で、その分数も多い。

 餌の量が馬鹿にはならないけれど、その分利益がある。

 村から少し離れたところには川があり、水には困らない。

 雨で増水しても、大丈夫な程度には離れている。


 畑は村の人で共有していて、それぞれに均等に採ったものが配られる。その配分は村長の仕事だ。

 村長の取り分が少しばかり多いのは、暗黙の了解となっている。

 村の代表として他の村と交流することもあり、大変なのだ。


 夜に何もすることがないので、早く床につく。

 そして夜中には、既に全員が起きている。



「おはようございます」

「おはよー」

「おはよう」



 うちの家系の特徴がひとつある。

 夜目が利くのだ。

 つまり朝日が昇っていなくても、動くことが可能。

 兄弟で布団は共有しているので、一人が起きれば全員起きる。

 ちなみに母は別の部屋で寝ている。


 妹のルシアは、律儀に「おはようございます」。

 弟のテレスは、いつも語尾を伸ばすように「おはよー」。

 俺は家族に対して、「おはよう」。


 テレスははまだ5歳。かわいいものだ。

 ルシアはついこのあいだ、月のものがきた。

 母からは「気を配ってやれ」としか言われなかったが、まあ大丈夫だろう。



「朝ごはんなぁに?」

「そうだなぁ。ルシアはなにがいい?」

「……いつもの」



 いつもの。

 というと、本当に「いつもの」だ。

 毎日食べている。



「はい。できたよ」

「わぁい」

「……うん」



 パンと野菜と牛乳。

 これだけあれば、昼まで保つだろう。

 本当に貧しい暮らしぶりだが、慣れればそうでもないものだ。

 食事中、ルシアの動きが止まった。

 口がゆっくりとだけ、開く。



「……兄さん」

「どうした?」

また(・・)……」

「っ! わかった。じっとしてろ」



 ルシアは病に冒されている。

 その正体は不明で、村を通りがかった医者に診せても匙を投げられた。


 初めて病に罹っていると知ったのは、なんの因果かルシアの10歳の誕生日。

 プレゼントを貰って喜んでいたルシアはその日の夜に突然倒れた。

 しかし意識だけはハッキリとしていたので、どうしたのか尋ねた。

 ゆっくりと目を見開き、小さくか細い声でこう言った。


 『体が、動か……いたい。胸が…………』


 その症状は不規則に現れ、そしてしばらくすると消えてゆく。

 寝ている時だけは起こらないようなので、睡眠はしっかりととれているのが救いだろう。

 本人が言うには、『体が動かなくなるけど、ちょっとだけ動く。でも痛い』。それと、『胸が痛くなる』。

 痛みに声をあげようにも、更なる痛みで声すら出すこともままならない。

 街まで行けばどんな病気かわかるかもしれないからと、今度街まで出向く予定だ。

 今は大事な季節なので、どうしても行けない。

 それまでは我慢してもらうしかない。


 まずはルシアが持っているパンを皿に戻し、体を持ち上げて布団まで運ぶ。

 他人が動かす分には痛みはないらしい。

 腕を降ろし、楽な体制にしてやる。



「街に行くまで、あと数日だ。それまで、我慢してくれ」

「……うん」



 俺はそう言って、部屋を去った。

 元に戻るまでは食べ終わった後のテレスが付くから、暇ではなくなるだろう。



〓〓〓〓〓



 畑の世話をして、昼食。その頃にはルシアが回復していた。

 それから家畜の世話を終えると、もう夕陽が昇っている。



「今日の晩御飯は何がいい?」

「なんでもいいよー」

「……わたしも、なんでもいい」



 家に帰る道中、テレスを肩車しながらそんなことを話していると、音が聞こえた。

 聞き慣れた、馬が走る音。

 蹄鉄が地を蹴ると後ろにある馬車を引っ張り、その馬車の車輪が回る、聞き慣れない音。

 その馬車は、村の中とも外とも区別のつかない微妙な位置で止まった。



「なんだろう」

「おっきぃね」

「……」



 貴族様が乗るような、綺麗な馬車だ。

 御者が降りて、馬車の扉を開く。

 中から出てきたのは、黒い髪の女性。

 この村の人は全員目が良いので、テレスとルシアも見えているはずだ。



「皆まだ仕事中だろうし、俺が用件を聞いてこよう。止まったってことは、この村に用があるんだろうし」



 それを聞いたルシアは、俺の背後に回る。

 腰をかがめると、ルシアが背中に飛び乗る。

 二人を体に乗せて、勢い良く俺は走った。

 そして馬車の前に到着。

 鍛えられているので、これくらいで息は切らさない。

 女性と御者が、突然走ってきた俺を見る。



「貴方達はこの村の人ですか?」



 御者の男性が、女性の前に出て尋ねてくる。

 見た目から考えると、40歳くらいかな?

 見たこともない黒い服を着ていて、この人も髪が黒い。

 二人を降ろして、その質問に答える。



「はい。ここはブーナ村で、俺はその村民です」



 女性の方が前に出てくる。

 遠目ではわからなかったけど、美人だ。



「私は神種の専門家の、ラージバイス・デストロイ。先日この村を訪れた医者から話を聞きました。病名すら判明できなかった未知の病に罹った病人がいるとか。症状は、時折胸が痛くなり体を動かせなくなると」



 神種専門家。ラージバイス・デストロイ。

 聞いたことがない名前なので首を傾げていたが、この前来た医者の知人だということは理解できた。



「そうです。妹のルシアがその医者に診てもらったんです」

「もしかして、その子?」



 ルシアが指を指される。

 すると、自分から答えた。



「……わたしです」

「貴方は何歳?」

「10歳」

「夢を毎日見ている?」

「なんで……! 見てる…………」



 そこまで聞くと、もう十分とばかりに溜息を吐いた。

 そして俺に向き直る。



「お兄さん。この子の病気がわかったわ」

「本当ですか!」



 ラージバイスさんは、バツの悪そうな顔をしていた。

 これから絶対に俺が不快に思う事を言うような……そんな表情。

 嫌な予感しかしない。



「貴方、名前は」

「ルシア」

「ルシアちゃん。落ち着いて聞きなさい」

「……はい」

「――15歳になった時、ルシアちゃんは死ぬわ」



 夕陽が沈んだ。

 辺りが薄暗くなり、途端に小雨が降る。



「話の続きは、家の中でお願いできるかしら?」



 死ぬとはどういうことなのか。なぜ病のせいで15歳になったら死ぬのか。

 聞かなければいけない。ルシアのために。

 了承して、家に向かって歩いた。


 暗くなった道を歩きながら、横目でルシアの表情を見た。

 どこか、遠いところを見るような目をしていた。

なう(2023/05/08 00:14:06)

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