探索 ――excavate――(2)
深く進めば進むほど、遺跡の複雑さは加速度的に増していった。
まるで入ってくる者を謀り欺き、陥れるかのように。
そして、その複雑さに比例して隠された扉や穴などは増えていく。
まるで謀り欺き陥れた者を、狙い澄まして待ち受けるかのように。
「ここは……空っぽだな」
クラウスは崩れかけた隠し扉の向こうを報告した。
石の扉が腐ったかのように削れて崩れているのとは対照的に、向こう側の小部屋は床と同じように保護されている。魔法の強度にムラがあるようだ。
「それにしても、一体何のためにこんな部屋があるんだ?」
「外敵への備え……にしては妙だ。分散しすぎている」
ヴァルサが腑に落ちなさそうに低い声でうなった。
別方向を探索していたハーラが戻ってきて、ライトのなかで両腕を広げている。成果ゼロ。
「どんな遺跡でもいいんだけど、なんでこう空振りばかりなのかなあ」
サリスはさばさばと稼ぎに不満を漏らした。
スロープの魔結晶以来、金目のものはほとんど見つかっていない。
もぬけの殻、という表現がやはり相応しかった。
クラウスたちと違い、隠し扉などをなにも見つけられずにいるヒュスビーダは、手持ち無沙汰そうに石畳を踏む感触を確かめている。
ふとカリオテに体を向ける。
「普段の遺跡探索は違うの?」
横目でヒュスビーダを見たクラウスは、その平然とした姿に大きくため息を吐いた。
根に持っていることがひどく情けなくなって、素直に答える。
「遺跡っていうのは、ある意味でそれ自体が宝の入れ物なんだ。こんなに古いのも、こんなに大きいのも、ついでに言えば最初の探索で空っぽなのも、滅多にないな」
「そうなんだ」
それほど関心がなさそうにレイアは相槌を打つ。
カリオテから視線を外し、暗闇に体を向ける。壁と天井がライトに照らされて丸く切り取られた。
クラウスは怪訝にヒュスビーダの動きを推し量る。
レイアはずっと、遺跡のどこかに目を巡らせている。
まるでなにかを――クラウスたちとはまったく異なる、別のなにかを探し求めているかのように。
「なにしてるの、進むよ」
ハーラがカリオテにライトを向けて声を掛ける。この辺りの探索は終わったようだ。
「ああ、分かった。レイア」
「いちいち構わなくても分かってるわよ」
「おい、なあ。さすがに、そういう言い方はねぇだろ?」
「それはごめんなさいね。性分なの」
可愛げのないことを言い、ヒュスビーダは澄まして先に行く。
カリオテの腕を広げ、肩をすくめた。
ポーズを取ってみせると、苛立ちは馬鹿馬鹿しさに塗りつぶされる。
首を振って、クラウスは急いで後を追った。
これまで続いてきた道は、機巧外殻が通るにも充分な広さがあった。
だがそれは、馬車が行き違うことを想定したものではない。一方に行くだけで足る、そういう利用を想定されている。
しかし、その先はどうやら違っていた。
まるで伽藍のような巨大なホールだ。地上の風穴を空けた広間より、なお広い。
カリオテは見渡すように体を振って、ライトを巡らせる。それでも見通せない規模の広間だ。
クラウスは鼻頭にしわを寄せた。
「今度はなんだ?」
「待ってなにかいる、動体二つ!」
サリスが悲鳴のような声で報せる。
広間を見回していたカリオテのライトが、石畳の床を這う影を照らした。
うつ伏せた人ほどの、巨大な甲虫。
外装はモノクロに嵐を映したように、暗く揺らいでいる。ハーラに搭載されている魔力センサと同じ、赤い受光器が無表情に彼らを見据えていた。
「自動人形! まだ稼働してるなんて、どれだけリッチなんだよこの遺跡!」
クラウスは操縦桿を絞り、カリオテを戦闘駆動に切り替える。邪魔な削岩機を背負い、その代わりに背負う剣を抜き放った。
鉄板のような幅広の、魔結晶の術式回路が刻印されている片手剣。
操縦桿のトリガーを絞り、露出した弁に指を宛がって始動の魔力を送る。カリオテに積まれた動力源が魔力を引き出し、魔導線を通して剣の術式に魔力を流していく。
剣は起動し、刃を鈍く灯らせた。
「サリス、レイアを頼む!」
「分かってる!」
ハーラを背に、カリオテはライトを頼りに広間へと駆け出す。
重量の走る勢いに緩衝器が唸り、駆動機が吠える。甲虫は今さら気づいたかのように頭をもたげ、カリオテの足音は広間の闇に飲まれて消える。
駆け込みざまに、勢いを乗せた刺突を一体に叩き込んだ。
撥ねられたように吹き飛ぶ甲虫を、クラウスは見ない。
足のギアを抜いて踏ん張りを利かせ、軸足を使い体重を流して剣を振り払い、二体目を薙ぎ倒す。
剣には防護魔法を阻害する術式が刻まれているが、さすがにそれだけで壊せるほど柔な構造はしていないようだ。
クラウスは一手で多くを分析しながら、全身でカリオテを操縦する。
体重を抜いた軸足を踏み変えて、体勢を整えようとした、その背中に衝撃が走る。
金属を引っ掻く音、操縦桿に重み、左側。
クラウスは操縦桿を引いた。
左腕を振り上げて肩に乗った足をつかみ、振り下ろし、地面に叩きつける。壁を写すライトが、影絵のような像を結んで不気味に瞬く。
石の破片を打ち上げながら跳ね上がったのは、同型の自動甲虫だ。
「二体だけじゃなかったのか!」
叫びながらも操縦桿を引き、足踏桿を踏んで軸の乗らない足を下げる。カリオテは右腕を振り下ろし、剣が甲虫の胴を斜めに潰した。
もがくように盛んに首を振る甲虫の、上半身を蹴り飛ばす。
「光!」
サリスが鋭い声で注意を喚起し、ぷしゅ、となにかが抜ける音がする。
ハーラの腕から光弾が打ち上げられ、白光が降り注いだ。
広間がのっぺりと照らし出され、一様に影が引き延ばされる。
その広間は、トレーラーを停めるどころか、試験走行させられそうなほど広大だった。天井もこれまでスロープで下ってきた高度差をぶち抜いているかのように高い。
そして甲虫は、二体どころか六体潜んでいた。
どうやら壁や天井に隠れていたらしい。三体がサリスたちの背後から忍び寄っている。
クラウスは毒づいた。
「見えるところにいたのは囮か!」
「任せて」
ヒュスビーダが身を沈める。翡翠の外装が、炎のように激しく揺らぐ。
獣が獲物を狩るように、その翡翠は躍りかかった。
一体を両手で捕まえ、左手で甲虫の頭を捻じ切る。
腕に残った胴を旋風のほうに振り回し、二体目を薙ぎ払って殴り飛ばす。胴を投げ飛ばして三体目にぶつける。
「すご……」
レイアの鬼神が如き戦いぶりに、サリスが息を呑んだ。
クラウスは見惚れる暇もない。
這いずる甲虫に剣を振り下ろし、肢を砕く。
ヒュスビーダと同様、左手で鷲づかみにして、振り返りざま放り投げた。背後を抜けようとする甲虫が引き下がって避ける。
「留めるだけで精一杯か、そっちは頼む」
「いや、終わったぞ」
いつの間にかハーラの背中から離れていたヴァルサが、軽く答えた。
彼は甲虫に向かってなにかを投げる。
粘着質な音を立てて、甲虫の体に張り付いた。
ヴァルサは命中を確認すると、手のなかにつながっている細い紐を握り込む。途端、甲虫の体が震え、動きが止まる。
カリオテは飛び掛るように剣を振り下ろし、甲虫を叩き潰した。
胴体が潰されてなお、命のない機械仕掛けの甲虫は、肢で地面を掻く。
魔力が放散されるにつれて、それも緩慢になり、やがて停止した。
クラウスはカリオテの剣を持ち上げて、大きく息をついた。
トリガーを放して剣の術式を止め、操縦桿をノックして駆動を抑える。
騒音の残響が広間の隅に消えていく。
「どんな技術で作られていても、所詮はゴーレム、ってことだね」
サリスは明るい口調で言った。
機械腕のパイルバンカーを収め、ハーラは串刺しにした甲虫を振り落とす。
ぐしゃり、と石にこすれる高い音が沈んだ。
ヴァルサは、先ほど甲虫に投げつけた団子状の投擲弾を数えている。
「残りは三つか。ゴーレムが多くいるとは思わなかったな」
水風船のように弾力があり紐でつながれている。術式を仕込んだ粘着弾だ。魔導線でつなげられていて、補助頭脳の機能を阻害ないし撹乱する。
判断という行為を可能にする妖精頭脳は、情報革命以降の産物だ。
どれほど精密なゴーレムであろうと、指示したことしかできない。それだけに、あの甲虫はよほど綿密に指令を仕込んでいたのだろう。
だがそれも、命令を記述した刻印領域を傷つけられては、為す術もない。
レイアのヒュスビーダは、激しく揺れていた翡翠の輝きは落ち着き、凪いだ湖面のような揺らめきに留まっていた。その所作は落ち着いていて、戦闘の興奮や動揺はまるで見えない。
その落ち着きを見て、サリスは改めて感心したようにハーラを揺らす。
「レイアって強いのね。驚いたわ」
「そう? このくらいは当然じゃないかしら」
謙遜どころか、まるでどうでもいいことのように、レイアは淡々と答える。
その様子にサリスが口を開こうとして、鋭く頭を上げた。
空気を押しのける音。
「……危ない!」
サリスの声に条件付けられていたかのように、クラウスは足踏桿を蹴り込んだ。
カリオテが一歩踏み出す瞬間、天井に潜んでいた甲虫が一体、降ってきている。灰色に流れる外装の模様は、姿をギリギリまで見出させないための保護色だ。
戦闘駆動に切り替えながらの足は重く、剣さえ手に握っていない。
サリスは気づいてすらおらず、レイアは鋭く体を沈ませる。ヴァルサは返事をする間も惜しんで反応し、投擲弾を投げつけている。
それでも、降ってくるものを止めることはできない――。
壁が赤く閃いた。
があん、と空気をひっぱたくような音が空気を貫く。
それに前後して、甲虫の体は宙で跳ね飛ばされて逸れていった。頭から石畳に叩きつけられた甲虫は、くの字にへし折れて転がった。
「ひゅう。ナイスショット」
「内輪で褒めるな、見苦しい」
軽そうな女の声と、低く落ち着いた声が響く。
背後の通路に、二つ光源が動いていた。




