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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第二章
7/23

魔導鎧 ――artifact――(2)

 霊人であるマギリアは、一般に身長が高くほっそりと華奢な体格をしている。

 オルギスは亜人のなかでも特に大柄で、マギリアより身長が高い。

 必然的に、身長の近い人間の服から選ぶことになった。

 なにが悲しくて見知らぬ子女に男物の服を貸さなければならないのか、と思っていたクラウスだが、実際着せてみると妙に似合って、しかもどこか倒錯的な魅力があった。

 肌着だけはサリスのものを貸しているが、それだけでワンピースになりそうなほど裾が余っている。

 せっかくの白い足がズボンに隠されて、クラウスはほんの少し残念に思った。

 裾を広げたり体を捻って服を眺めたりしているレイアは、見つめているサリスとクラウスに気づいて、顔を赤くしながら鼻を鳴らした。


「一応、礼は言っておくわ」

「どういたしまして。似合ってるわよ。ね?」


 サリスは首を傾けてクラウスを見る。


「な、なんで俺に振るんだ」

「だってそれは……ねぇ?」


 ぐふふ、とばかりに会心の笑みを浮かべ、サリスはヴァルサに意味深な目を向ける。

 当然ヴァルサはそういったことに関心を示さず、せっせとレトルトパウチを皿に開けている。ちらりと狼の目をレイアに向けて問うた。


「なにか食いたいものはあるか」

「え? えっと、山羊肉?」


 思わず、といった感じで目を丸くして回答するレイアに、サリスはちょっと身を引いた。意外に食の好みがワイルドだ。


「……山羊汁は確か一つあったはずだな」


 ヴァルサはつぶやいて腰を上げる。

 そんな会話をしている間も、クラウスは少女の瞳に見とれていた。

 きょろきょろと風景の光を取り込む紫紺の瞳は、宝石よりも多彩な輝きを宿している。

 視線に気づいたレイアと目が合い、露骨な警戒を顔に表された。


「なによ」

「え、いや。種族はなんなのかな、と思って」

「あんたには関係ないでしょ」


 けんもほろろに突き放される。さしものクラウスも口を曲げた。

 いつまでも不機嫌をむき出しにしているレイアに告げる。


「あのなあ、言ってとくけど、あれは呼吸を確認してただけだぞ。誰がお前みたいなちんちくりんを、いちいち覗き込んでまで見るんだよ」


 じろり、とレイアはクラウスを見やった。

 まるで肉食獣が喉を鳴らして威嚇するかのような、低い声でうなる。


「あんですって?」

「なんだよ。勝手に誤解したのはそっちだろ」


 クラウスは正しいことを言っているはずなのに、妙に言い訳臭くなっている。

 この状況は男の立場が絶対的に弱いことを認められない若さが、ダメ押しを付け加えた。


「お前みたいなのを見るくらいなら、サリスの見たほうがまだマシだ!」


 アウト方向に押し出し。


「この変態!」


 レイアの鋭いフックが鳩尾に突き刺さる。

 内臓を握り潰すような痛みに青ざめるクラウスの頭を、サリスが挟む。

 困ったような微笑で、握りこぶしをクラウスの側頭部に当てているサリスは、少しすまなそうに言った。


「うん、まあ、なんていうか。不発弾を蹴ったと思って、諦めなさい」


 万力に挟むような痛みが頭をひき潰し、クラウスは声にならない悲鳴を上げた。


 離されたときには、レイアが怒りを忘れて同情するほどの状態になっていた。

 ヴァルサが平然と湯煎したパックをカップに開けてレイアに差し出す。


「あ、ありがとう」

「ああ」


 無愛想な狼面を引っ込ませて、彼は自分のポークビーンズを用意している。

 サリアが嬉々として、頬に涙のあとを残すクラウスも二日酔いに苦しむような顔で車座になり、誰からともなく食事を始めた。にわかにトレーラーに、保存料の酸っぱいような臭いを含む温かい食事の匂いが満ちていく。

 スプーンを動かす全員を見渡して、レイアもおずおずと山羊肉らしい肉の欠片を口に運ぶ。一口食べて、眉間にしわを寄せた。


「……偽肉」


 ぶっ、とクラウスが吹き出す。

 笑いをこらえるような顔で、レイアの情けない顔を眺めた。


「まあ、レトルトだからなあ」

「なにそれ?」

「保存食用に加工してるってこと」


 サリスの端的な説明に、ふうん、とレイアは素っ気無く鼻を鳴らした。

 気にしていないような顔で、山羊汁をじっと見つめて肩を落としている。

 クラウスはなんだかおかしくなって、先ほど殴られたことも忘れて気軽に話しかけた。


「肉が好きなのか?」

「別に……塩漬けして香草で蒸し焼きにしたのが懐かしくなっただけ」


 肉が好物らしい。


「じゃあ、今度イノシシでも狩ってくるか。この山にもいたはずだし」

「牡丹鍋?」


 そうそう、とレイアにうなずいてみせる。

 真っ先に料理で出てくる辺り、筋金入りだ。

 サリスがスプーンを教鞭のように立てて、二人の間に割り込ませる。


「まあ、今はそれで我慢してね。好き嫌いも食べ残しも許しません」

「わ、分かってるわよ。……でも、どうせ私は食べなくて平気だし、お腹空いてる人がいれば」

「レイアちゃん?」

「分かったってば」


 辟易するように言って、レイアはカップの山羊汁をかきこむ。

 そして臭いがきつかったのか、顔をみっともなくしかめさせた。笑われて、レイアは顔を真っ赤にする。

 なんとか飲み込んだレイアは、ふと改めて首をめぐらせる。


「それにしても、あんたたちは一体なにをしてるの?」

「冒険者だ。まあ、要するに街と街の間を仕事場にしてる、くらいの意味だけどな」

「ボウケンシャ? マチってなに?」


 レイアの奇妙な質問に、クラウスは虚を突かれる。

 その隙を突くように、サリスが口を挟んだ。


「簡単に言うとね。外敵、魔獣なんかから身を守るために、人々は集まって居住地を作って暮らしているの。でも、地元だけじゃ作れないものとか、足りないものを補うために、街同士でやり取りしてる。そういう暮らし方をする超巨大な集落を、街や国って言うのね」


 サリスは饒舌に語りながら両手を掲げる。街と街を表しているらしい。

 空中に街を置いた右手を波打たせ、縫うように空間をなぞらせた。

 それで、と言葉を接いで、街の周囲を指先で弾けさせる。


「街同士を行き来する街道は、さっき言った通り外敵の危険がある。利便のために街や道は、霊脈に沿って作られてるからね。魔獣が生まれやすいの。そういうわけで、街道や街の外でいろいろな仕事をする人が生まれて、冒険者って呼ばれるようになったわけ」

「……ふうん。いろいろな仕事ねえ」

「そう。土砂崩れや洪水で街道が塞がれたら道を開けたり、魔獣が居ついたら討伐したりね。霊脈を外れるなら、未開の魔導嵐地帯に挑んで未知の魔導物質を発掘するとかも。私たちは、埋まった遺物を掘り出して小金を稼ぐ冒険者、ってわけ」


 肉にスプーンを刺したレイアは、手を止めた。

 スープが少しずつ染み込んでいくのを見つめるように、視線を動かさずぽつりとこぼす。


「私も、遺物なのね」


 ヴァルサは会話を気にもかけずに食事を続けている。サリスは特に参った様子もなく、平然と食事を再開した。

 クラウスはレイアの横顔を見たが、言うべき言葉を見つけることができず、黙って自分のプレートに目を落とす。

 それきり言葉が途絶えて、無言のまま食べ終えた。

 食事を終え、サリスは機巧外殻の装備を再検討し、ヴァルサは食器を片付けている。

 レイアはくすんだ緑色をするヒュスビーダの前に立ち、口を閉ざして見つめていた。

 クラウスはそんな彼女の隣に立ち、声を掛ける。


「質問していいか?」


 顔を動かさずに横目でクラウスを見たレイアは、ヒュスビーダを見上げ、それから口を開く。


「答えられるか、分からないけど」

「それで構わない。この機体のことだ。これは、なんだ?」

「なにかしらね」


 レイアは即答した。

 その表情は漠然としていて、まるで雲でも眺めるようなものだった。

 意地悪や皮肉ではなく、本当にレイアは目の前の機体がどういうものなのか、分かっていない。


「分からないけど……でも、私はヒュスビーダから離れてはいけない。そんな気がする」


 その意味深な言い回しに、クラウスは言葉が喉で支えたように口を閉じた。少し迷い、しかしやはり、それを尋ねる。


「記憶がないのか?」


 しかし、レイアは予想外にあっさりと、肩をすくめて見せる。どうでもいいことのように。


「さあ、どうなのかしら。忘れてるんじゃなくて、もしかしたら、初めからなにも知らないのかもしれない。思い出すようなものじゃないのかもね」


 その飄々とした態度になにも言えず、クラウスはヒュスビーダを見上げた。

 目の前の機体は外装に深い宝石の輝きを隠して、沈黙している。


「あなたたちは、まだ遺跡の奥まで行くの?」


 レイアが尋ねた。会話の途絶える間合いだ、と勝手に思っていたクラウスは、言葉が詰まる。


「あ、ああ。一応全部探って、それから目ぼしい物を引き上げて帰る」

「そう。よかったら、遺跡には私も連れて行ってくれない?」

「え? いやそれは、あれだけ機体を動かせるなら、大丈夫だろうけど」


 その可否以外のところで、クラウスは不安そうにレイアを見る。

 レイアはまるで風にでもなったかのような、平坦な表情でヒュスビーダを見上げていた。


「あの場所には、なにかがある気がする。ヒュスビーダにとって必要な、なにかが」


 それはなにかなど、クラウスが知る由もない。


「私からも一ついい?」


 文字通り間に首を突っ込んで、サリスがレイアに声を掛けた。


「え、ええ」

「ありがと。これ聞いておかなきゃいけないことなんだ」


 微笑んで礼を言い、サリスはクラウスを押しのけるように間に入る。

 迷惑顔のクラウスだが、柔和な笑顔を作るサリスの目は笑っていない。

 警戒をわざわざ表して、サリスはレイアに問いかけた。


「この機体が、私たちを襲ったのは覚えてる?」

「ヒュスビーダが?」


 レイアは少し意外そうに目を大きくした。


「誰か死んだ?」


 物騒な言葉に、クラウスは息を呑む。

 サリスはふむ、と腕を組み、レイアの所作を窺いながら、首を振った。


「……いいえ。怪我人はいないわ」

「そっか。いえ、そうよね」


 レイアは納得したように苦笑して、うなずく。

 しかし、その苦笑に隠す前に、意外そうな表情を浮かべたことをサリスは見逃さなかった。

 一歩離れ、レイアは頭を下げた。


「ごめんなさい、よく分からないの。けれど、私がやったのかもしれない。ごめんなさい」

「ん、いいよ。もしかしたらレイアちゃんは関係なくて、この機体が自律しているのかもしれないじゃない。アーティファクトのことは分かんないよ」


 警戒をすっかり表情の下に隠して、サリスは明るく笑った。


「それに、ちょっと話しただけでも、レイアちゃんが優しい子っていうのは分かるもんね」


 頭を撫でようと伸ばした手を、レイアは機敏に避けた。サリスの手が空を切る。


「あえ?」

「あ……ご、ごめんなさい」


 レイアは戸惑うように目を泳がせた。

 視線を落とし、怯える子どものように体を縮めている。


「体に触られるの、苦手なの」

「……そう?」


 寂しそうに手を握ったサリスは首を傾ける。


「まあ、いいよ。とにかく、そろそろ準備を始めないとね」


 気を取り直したように笑って、サリスは代わりにクラウスの背中を押した。

 きょとんとしているレイアを振り返って、金髪のマギリアは翡翠の機体に指を向ける。


「行くんでしょ、遺跡探索」


 ヒュスビーダに、遺跡探索用の装備を搭載しなければならない。

 レイアが少し嬉しそうに顔をほころばせたことを、クラウスは見逃さなかった。


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