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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第二章
6/23

魔導鎧 ――artifact――(1)

 機巧外殻は、中世の頃から発達し続けた魔導鎧という、言わば負担が少なく動きの邪魔をしない頑丈な鎧を量産しよう、という研究の最新形態のひとつに当たる。

 確かに入念に精密無比な魔法を、長時間掛けて施せば、軽くて動きやすいばかりか着用者の運動能力を手助けするような魔導鎧を作ることはできるだろう。あるいはゴーレムや、結果論になるがリビングアーマーのような、自立行動の可能な魔導鎧さえその範疇に含まれる。

 しかし、それはコストも生産効率も悪い。

 実用化するには、工業生産によって量産が出来る設計のものを作る必要があった。

 生産性が高ければ、より一般に普及することができるようになる。

 普及するということは、それだけ多くの搭乗者が適切に運用できるものでなければならない。

 すなわち、次に求められたものは汎用性である。

 その結果、魔導増幅器の搭載により魔術師が操縦するに至った。

 そのようにして、機械仕掛けの巨人、魔導式全駆動機巧外殻は発展していったのだ。


「機巧外殻に酷似した魔導鎧なんて、博物館で死んでるものだと思ってたわ」


 トレーラーに収容した翡翠の機巧外殻を眺めて、サリスはつぶやいた。


「これは本当に、ヒュスビーダが通りがかったのかもね……」


 三機目にあたる機体を固定器に格納したトレーラーは、事実以上に、ひどく狭く感じられる。

 これまで空いた固定器に押し込めていた生活雑貨を、一箇所に移動させているからだ。圧迫感と閉塞感と雑多な印象が席巻する、奇妙な空間になっている。

 クラウスはカリオテの右腕を開いて、駆動機の潰れたギアを入れ替える。

 作業する手を止めることはなく、横目でサリスを盗み見た。

 サリスは金髪を後頭部で縛って、アーティファクトを検分している。

 こぼれた髪を尖った耳に引っ掛けて、魔力を測定するセンサを次々と当てていた。針が振り切れそうになっている。

 クラウスは駆動機のギアを入れ替え、油圧器に連結させて締める。魔結晶を繊維状に編んだ魔導線をつなぎ直す。修理を続けていく。

 トレーラーの片隅にかろうじて作り上げた空白地帯には、例の少女が寝かされている。

 ヴァルサは積み込んだ魔法燈台をサンプルに、あれこれと計器を眺めている。時代や魔法の強度を検証しているようだ。

 再接続と駆動を確認し、クラウスは油で汚れた頬を拭う。

 無骨を体言したような、ごつごつと角ばったカリオテを見上げる。なんの感情がよぎったものか、顔を曇らせた。後悔のようでもあり、不満のようでもあり、共感のようでもある。

 クラウスは首を振って、表情を振り捨てた。工具を片付ける。

 ふと、少女を振り返る。

 シュラフに包んではいるが、周囲が雑多で、誰もそばについていない。

 まるで打ち捨てられているかのようだ。漂う哀愁が居たたまれなく感じたクラウスは、少女に歩み寄っていく。隣に座り込んだ。

 その瞳は閉じられて、眠るどころか、置物のように沈黙している。

 何ともなしに眺めるクラウスは、サリスが手を止めて横目に見ていることに気づかない。

 細くて軽そうな髪は長く、柔らかく体の上に流されている。

 指は生まれてから箸より重いものを持ったことがないと言わんばかりに細く繊細で、爪の形まで整っていた。寝具を掛けられた身体はひどく華奢で、抱きしめただけで折れそうに思える。


「って、なに考えてるんだ俺は」


 クラウスはわざと渋面を作って、首を振った。

 改めて少女の顔を見下ろす。

 本当に作り物のようで、白く生気がない。ふと気になって、耳を彼女の顔に近づけた。頬に触れるかすかな呼吸を確かめる。

 その位置からは、薄絹一枚という軽装な少女の胸元が見えそうで、慌てて顔を引き戻した。

 戻しておいて、残像のように網膜に焼きついている風景に、眉根を寄せた。

 胸元に奇妙な刻印があった、ような。

 もちろん確かめるわけにもいかないので、クラウスはさっさと忘れることにした。そうでなければ、いつまでも陰に思いを馳せてしまいそうだ。

 そして、紫紺の瞳を見る。


「……あんた、誰?」


 少女の口が開き、頬が滑らかに伸びて、喉が震えて、涼やかな声がこぼれた。

 紫紺の瞳に見とれていたクラウスは、ようやく少女が目を覚ましていることに気づく。


「あ、起きたのか」


 言って、クラウスは間抜けなことを言ったと後悔するように顔をしかめた。目を開けて口を利いたなら起きたに決まっている。

 彼女はのろのろと体を起こし、目をすがめる。

 ぼんやりした眼差しで雑然としたトレーラーを見回していった。

 クラウスは急に、汚く散らかっているトレーラーが恥ずかしく感じて首をすくめる。


「ここは、どこ? 一体なにが……」


 つぶやく少女は腕を体に当てて、顔を下ろし、目を剥いた。


「や、なんでこんな……あ!」


 ずばっと音がしそうな速さで、彼女はクラウスを見た。烈火のように頬を赤々と燃えさせ、潤んだ紫紺の瞳に怒りを宿す。


「い、今あんた、なにを!」


 クラウスはまったく素直に、きょとんとして怒りの表情を眺める。

 羞恥と屈辱に焼かれる少女の形相は憤怒に震えており、ようやく怒りの矛先に思い当たった。

 先ほど、まるで胸元を覗き込むような姿勢を取ったことを、目撃されている。


「あッ、違う! 俺は別に、ただ」

「寄るな! 見るな! 息をするなッ!」


 取り付く島もない。クラウスは慌てる。息を禁じられては死んでしまう。おそらく少女はそう言っている。

 助けを求めるというよりは、まるで武器を求めるかのように鋭く周囲を一瞥した少女は、またも瞠目して絶叫した。


「う、ヒュスビーダッ!」


 まるで鞠が弾むかのように飛び上がる。

 そんなに激しい運動ができるとは思わず、クラウスは面食らった。たった今まで倒れていたとは思えないほど、たくましい。


「わ、ちょっと待て」

「触るなっ!」


 花びらが手の動きに煽られて避けるように、少女はその白い足を躍らせてクラウスをかわす。

 バランスを崩したクラウスの肩に一撃、蹴りを打ち込んだ。

 すでに体勢を崩していたクラウスに耐え切れるはずもなく、うつ伏せに転がされる。鞭に打たれたかのように、肩が鈍く熱い。

 少女は立ち止まりもしなかった。

 ウサギよりも早くトレーラーを駆ける。

 一部始終を見ていたサリスも驚き、慌てふためいて少女を止めようと手を伸ばしている。


「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


 今度は物も言わず、少女は跳ねた。

 宙返りをして体を逃がし、サリスを飛び越える。

 くるりと回転した少女は、膝を屈して着地の衝撃を受け止めた。

 サリスは勢いあまって、着地に失敗した蛙のように倒れる。

 少女はさらに跳ね上がり、翡翠色のアーティファクトに吸い込まれていく。

 即座に胸部装甲が下りて、彼女をその懐に押し隠した。外装に水面を映し出したかのように、翡翠色の輝きを揺らめかせる。

 その前に、クラウスは両手を大きく振って飛び出した。


「待て、待てって! 敵じゃない、攻撃したりしねぇよ!」


 目覚めたときに見知らぬ男が異様に近づいていたら、動揺するのも当然だ。責任を感じて、クラウスは必死に無害をアピールする。

 その降参のポーズを見てか、機巧外殻は動きを止めた。

 物言わぬ機体から発せられる、睨みつけるような居心地の悪い感覚に、クラウスはばつが悪そうに口をつぐむ。


「ここはどこだ」


 慎重に推し量るような、押し殺した声が響いた。

 会話ができること、それだけに安堵して、クラウスは知らず微笑む。両手を挙げて無抵抗を示したまま、彼女の疑問にまったく素直に答えを返した。


「お前が埋まってた遺跡の、崖のうえだ。俺はクラウス・ヴァラントラ。お前の名前は?」

「答える義務はないわ。遺跡って、どういう意味? あそこは……」


 きっぱりとしていた声が、ふいに鈍る。


「あそこは、なん、だっけ。あれ? 私……」

「落ち着け。お前の名前は? さっきヒュスビーダって言ってたよな。空渡りの獣だろ?」


 クラウスはまず彼女の答えられそうな質問を探って投げかけた。


「……ええ。ヒュスビーダは、そう。この機体の名前でもあるの」


 少女はその答えを自分に見つけて、一つ一つ確かめるようなあやふやな声音を返す。どこかうつろな声で、誰かの言葉をなぞるようにつぶやいた。


「私は……私の名前は、レイア」

「レイアか。綺麗な名前だ」


 とっさにクラウスは名前を褒めた。本当に褒めるべきは別のところだったが、如何せん今は顔が見えない。

 はっと機体を震わせて、我に返ったレイアは険しい声で詰問した。


「あんたは、なにをしてるの? ここはどこ? 私はどうしてここにいるの?」

「えーっと」


 どこから答えるべきか、記憶のあやふやらしい少女に、しかも五千年前の遺跡にいた相手に答えていいのかどうか、クラウスは考えあぐねる。

 その横から、金髪の尖った耳が割り込んだ。


「はい、そこまで。ちょっと待って、落ち着きなさい。レイアちゃん」

「答えられないことなの?」

「答えるし、敵意がないって言ったでしょ? でも、今のレイアちゃんに急に全部言ったら、ショックを受けて混乱しちゃうと思う」

「……どういう意味?」


 レイアの声は相変わらず険しかったが、その声音に不安が混じっていることも確かだった。

 サリスの言葉は、レイアにとって衝撃的な事実があることを、言外にはっきりと告げている。

 残酷な宣告をしておきながら、サリスは柔らかく微笑み、まるで何の不安もないような口調で気軽に尋ねる。


「まずは何も聞かず、落ち着いて、ゆっくりしましょう。レイアちゃん、お腹空いてない? お昼休憩にしようかと思ってるんだけど」

「いらない。私に食事は必要ない」

「必要ないってことは、食べられるの?」

「……まあ、食べられる、けど」

「じゃあ一緒に食べよう。同じ釜の飯を食う、って言うでしょ」


 レイアは再び沈黙した。

 ヒュスビーダの翡翠に揺らめく外装の輝きは消えたが、レイアが現われる気配もない。

 その隙を縫って、サリスはヴァルサに目配せした。

 様子を窺っていたヴァルサは、黙したまま銃を置く。代わりにコンロを取り出して、レトルトパウチを並べて昼食の用意をし始めた。

 その間も、クラウスはヒュスビーダを見守っている。

 レイアを蔵するアーティファクトは微動だにしていないが、しかし、もじもじとなにか切り出せずに戸惑っているような気配がある。


「あの……」

「どうした?」


 すかさず食いついたクラウスに、戸惑うようにレイアは口をつぐむ。


「いえ、その。あなたたちは、味方をしてくれるのよね?」

「ええ。よほどじゃなければ協力するけど」


 サリスが慈愛に満ちた優しい微笑みで、罠に掛かった獲物を見るようにヒュスビーダを見る。クラウスはまったく善良な目で見守っている。

 それでももぞもぞと迷ったレイアは、意を決したように口火を切った。


「服、貸してもらえる……?」

「あ、うん」


 サリスは思わず素で答えた。

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