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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第一章
5/23

冒険者 ――explorer―― (4)

 遺跡は古さをまったく感じさせない状態のよさを見せていた。

 機巧外殻がギリギリでくぐれる巨大な扉をくぐり、天井の高い廊下を歩く。その床にも石畳が敷かれて舗装されている。動きやすさは尋常ではない。

 クラウスは壁に一定間隔で掲げられた燈台を見て、道に落とすカリオテの影を見下ろした。


「石畳にあるこのへこみ、もしかして轍か?」


 舗装されている石畳に二本、道幅を示すかのように、くぼみが一定幅で伸びている。

 手持ちのライトで照らしたヴァルサは、肩のうえで首肯した。


「ああ、だろうな。地下にまで来て道を舗装しているのは、馬車なりを通していたからだろう」

「地下にまで来て、なにを運んだんだよ」

「さあな。だが、大規模な遺跡であることは間違いないだろう。近ければ馬車は必要ない」


 クラウスは視線を前に投じる。

 長い廊下を先に行くハーラは弾むような足取りで、左右をきょろきょろと見回していた。ハミングする童謡のリズムが遺跡の廊下に反響する。

 遺跡の内部は、外と隔絶した世界だと示すかのように、乾いた空気に満ちている。

 轍は別の広間、おそらく倉庫とつながっていた。

 そして、遺跡を真っ直ぐ貫く通路にも連結されている。

 方向転換用の半円を描く轍が倉庫の床に刻まれていた。この轍に乗せて、広間や通路の奥までと倉庫とを馬車が行き来していたのだろう。

 遺跡の構造は単純で、直線の廊下に鈴なりに部屋が設けられている。部屋数がやたらと多い。

 しかし、その全てに厳重に魔法を施したわけではないらしく、部屋ごと潰れたものや、扉が岩と一体化しているようなところも点在していた。

 分かれ道は少なく、あってもすぐに行き止まりだった。

 そして轍は、やがて丁字路にたどり着く。

 どちらの道にも燈台がなく、道の先は蓋をしたような暗闇に閉ざされている。

 轍の続く左手には下りのスロープがあり、右手は真っ直ぐに続いていた。

 ハーラは振り返り、軽く両手を広げる。


「ここまでは順調。ここから、やっと遺跡らしくなってきたわね。どっちに行く?」


 好戦的な笑みをにじませるサリスの声に、ヴァルサは淡々と答えた。


「これまで通り、まず全貌を確認することを優先しよう。右に行くぞ」


 ヴァルサは手に握る音波センサで広さを確認しているらしい。

 即決につまらなそうな素振りを見せたハーラは、先を行ったカリオテを追いかける。


「それにしても、途中の部屋も空っぽだったし、だいぶもぬけの殻になってるわね」

「遺棄された施設なのかもな」


 クラウスは答えながら、想像する。

 これだけの施設を作り上げながら、古代の人々は施設を捨て、馬車に大荷物を載せて去っていく。

 閉ざされた遺跡は、やがて入り口が地下に沈み、土にまみれ、その土さえ岩と化していく。

 昔のことなど、なにも覚えていない。

 無為な想像を破るように、クラウスは操縦席の天井に生えるレバーを引いた。機体の肩に取り付けたライトを点灯させる。残念ながら、術式で動く安いライトだ。

 術式とは魔法の対極に位置するような技術だ。

 魔結晶には特定の形を作って魔力を通すことで、魔術的な効果を現す特徴がある。

 古くは魔法陣や魔法文字に使われたこの特徴を利用し、魔力を通すだけで魔術が発動する、という形にまで魔結晶を組み立てるものを術式いう。

 ゆえに、術式を記述した魔結晶が傷つけられると、途端に効果を発揮しなくなる。

 現代は代替経路という保護機能を設けるなど、複雑化の一途をたどったため、その一つの魔術に対する一連の術式を指して、術式回路と呼ばれている。

 術式の明かりに照らされる道は、ややも行くと、急激に荒れ始めた。

 石畳は剥がれ、壁にひびが入り、焼かれたような焦げ目がついている。

 挙句、崩れた岩がうずたかく積みあがって、道を塞いでいた。


「この先が出入り口だったのかもしれないな」


 巨岩で塞がれた天井を照らして、ヴァルサはつぶやく。

 そのために、末代まで閉ざされていたのかもしれない。出入り口が塞がれたとしても、内部の大部分が状態を保っている遺跡というのは珍しい。

 サリスは転がっている石を拾い上げ、目の前の岩塊に放り投げた。乾いた音が反響する。


「まあ、こっちは行き止まり、ってことで。反対側行ってみる?」

「そうだな」


 音を立てて石が転がり落ちる。

 クラウスも意向に従って機体を反転させようとした。

 カンと硬質な音を立てる。

 目を留めたクラウスは、慌てて機体を戻した。

 見たと思った場所を探って、土砂に視線を走らせていく。


「どうかしたか」


 怪訝がるヴァルサを他所に、クラウスはカリオテを岩にすがり付かせていた。目を皿のようにして、岩の斜面を撫でるように探す。


「ああ、なにかあった……お、これか。なんだこりゃ?」


 幸いクラウスは、目ざとく土砂のなかからその破片を見つけ出した。

 マニピュレーターで周囲を軽く削ろうとするが、見た目と違い、岩として固形化していた。

 削岩機を構える。起動し、慎重に、撫でるように削り取っていく。

 ヴァルサは口を閉ざした。

 クラウスの行動に目を細めて静観している。ハーラも異変に気づいて戻ってきていた。

 それらに気づかず、クラウスは発掘を続ける。

 やがて張り付いていた岩が剥がれるように転がった。

 クラウスは削岩機を止める。

 露出したそれは、金属のようだ。

 土と砂にまみれてくすんでいるが、翡翠に輝く色合いが見える。

 掘り出した当人が、きな臭そうな顔をした。


「これは?」

「魔力を帯びているようだな」


 亜人は魔力に敏くない。ヴァルサは並べた計器を頼りに探る。

 付き合うように立ち止まっていたハーラから、サリスが鋭い声を発した。


「待って。なにか聞こえる」


 クラウスは動きを止め、カリオテの原動機を緩める。

 鈴の震える残響だけを、長く引き伸ばしているような。澄んだ音がかすかに響いていた。


「何の音だ」


 クラウスが眉間にしわを寄せてつぶやいた瞬間、翡翠色の金属は艶めいた。

 それ自体の微細な振動が、表面に張り付いてくすませていた砂を弾き飛ばす。

 本来の鮮やかさを取り戻した金属は、まるで自ら輝くような翡翠に揺れていた。

 めり、と岩を潰すような音が響く。

 峡谷の反響よりも深い、湿ったその音は、どこかの隅から這い寄るように高くなる。


「なんだ?」


 クラウスは警戒するように後退りをしながら、操縦桿を強く握った。

 カリオテを戦闘駆動に切り替える。魔動機の音が高くなる。


「分からない。けど、近づいてる」


 耳を澄ますように、ハーラは機体をわずか傾けている。

 ヴァルサを降ろし、クラウスはハーラを背に庇って土砂に立ちはだかった。

 今回、カリオテには武装らしいものをさせていない。やむなく削岩機を構える。

 土砂が炸裂した。

 青みの深い翡翠色の輝きが、爪を立てるように降ってくる。

 クラウスはとっさに操縦桿を跳ね上げ、ギアを抜いて踏ん張りを作る。

 巨大な両腕を滑らせ、カリオテは削岩機を横向きに持ち、翡翠を受け止めた。

 牙を剥く野獣のようなそれは、外装を鎧う機巧外殻だ。

 それでいて風のように滑らかなフォルムは気品があり、騎士のような高潔さを漂わせている。

 翡翠色の外装は、まるで内側に水を満たしているかのような揺らめく輝きを放っている。

 敵機は削岩機を蹴り上げ、カリオテの胴部に蹴りを叩き込んだ。

 操縦席のクラウスにも蹴られた瞬間が目に見える。術式で強化されていなければ、胸部装甲はひしゃげていただろう。

 重い機体を操って滑る機体を踏み止まらせ、姿勢を保ち、クラウスは敵機を視界に見据える。


「くっそ、機巧外殻か?」


 操縦桿をひねる。蹴り込むように足踏桿を操って踏み込み。ひねり込んだ右腕から、殴りつけるように削岩機を打ち込む。

 しかし、敵は身のこなしが軽い。

 削岩機を横合いに殴りつけ、カリオテに拳を打ち上げた。

 世界が跳ね回っているかのような衝撃に、クラウスはシートから投げ出されそうになってベルトに縛り付けられる。それでも足踏桿を踏み、操縦はやめなかった。

 後退りをして間合いを取ったカリオテのなかで、クラウスはうめく。


「なんって頑丈なマニピュレーターだよ。重量機を殴るとか!」


 早くも三半規管は麻痺してきている。

 目の回る頭で、クラウスはカリオテの姿勢を保たせる。


「クラウス、下がって!」


 サリスの声。

 増幅器が高速で回転する甲高い音が反響している。

 咄嗟に機体を廊下の端に寄せた。途端に、火炎が空気を踏み荒らす轟音を上げて駆け抜ける。魔術だ。

 それさえも、敵機は飛び越える。

 カリオテはおろか、ハーラにも真似できない身軽な跳躍力は、機巧外殻の常識を超えている。

 敵機は落ちながら体を返して、爪のようなシャープな指先をハーラに向ける。

 カリオテの削岩機は、その足を払った。

 空中で軸がぶれた敵機は顔面から床に落ちる。へこみもひびも入らない強固な石畳は、衝撃全てを機体に跳ね返す。


「食らいやがれ!」


 鞠のように高く跳ね上がった機体の脇に、削岩機の尖端をねじり込んで、

 カリオテの手が弾けた。

 ハーラが壁にパイルバンカーを打ったときと同じだ。

 削岩機の衝撃を、頑丈すぎる外装が跳ね返していた。自らの破壊力が逆流して、削岩機の原動機と保持するカリオテの腕部駆動機を粉砕したのだ。

 操縦桿が軽くなり、魔導線のリンクも途絶え、カリオテの右手は明確に死んだ。

 しかし、敵も無傷ではなかった。

 削岩機が穿った脇――外装の隙間は、大部分の衝撃を握りつぶしたものの、その接合部に損傷を与えて、相手の胸部装甲をこじ開けさせた。

 昏倒したように手足を弛緩させる、翡翠色の内部が露出される。


「……なに?」


 クラウスは、カリオテの右腕が死んだことにも気づかず、呆けていた。

 まるで揺りかごに守られていたかのように、機巧外殻のなかには、体を丸めた少女が収められていたからだ。

 目が合った。

 膝に顔を埋める少女の半分眠っているような瞳に、クラウスは息を呑む。

 物憂げに細められた紫紺の瞳は、哀愁に満ち、儚さとそれ以上の美しさを宿していた。

 まるで誰かを待ち望んでいたかのような。

 あるいは誰も寄せ付けないような。

 孤高と孤独を抱えて両立する、高貴な光を散らしている。

 その目が閉じられると同時に、閃光のような一瞬は終わった。

 クラウスは瞬きをする。

 削岩機の状態を確認しようとして、やっと右腕に魔導線のリンクが途絶えていることに気がついた。息をして、自分が遺跡にいることを思い出す。


「なんだったの?」


 サリスが不快そうにぼやきながら、床に伸びている機巧外殻を覗き込む。

 安全な場所に下がっていたヴァルサが機巧外殻の脇に立ち、少女の様子を窺った。


「気を失っている。……操縦桿を握ってないな。この子は収まっていただけか?」

「あの動きで自動制御だったっていうの?」

「さあな。だが、これは普通の……機械仕掛けの機巧外殻じゃない。俺たちのほかに、入れるやつはいなかった。遺跡に初めからいた機体だ」


 ヴァルサは淡々と分析する。

 その口から放たれた言葉に、サリスはハーラの腕を振って口を挟む。


「待ってよ。機巧外殻なんて、ほんの百年前に実用化されたばかりの技術でしょ。そもそも、こんな機動ができる機体なんて……って……まさか」


 言う途中で言葉が途切れる。

 ヴァルサはうなずいて、彼女の言葉を引き継いだ。


「魔王期に作られた魔法の機巧外殻……いや、魔導鎧の、原型機(アーティファクト)だ」


 ハーラは息を忘れたように動きを止める。

 ずいぶん経ってから「なんてこと」と吐息のような声を漏らして、疲れたように後退りした。

 少女は薄絹に包まれた体を胎児のように丸め、白磁のような腕で足を抱えている。

 クラウスはその姿を見つめながら、脳裏に焼きついた紫紺の瞳から意識を離せずにいた。


「放っておくわけにもいくまい。カリオテの腕もやられたんだ、一度トレーラーに戻るぞ」


 ヴァルサの提案を、クラウスは遠い国の言葉のようにぼんやりと聞いている。

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