奪還 ――recapture――(4)
「まったく。まさか、機体を盗まれているとは思わなかったね。せいぜい、迷惑料に売り払うくらいだと思ったんだが」
ジェノが呆れ果てたという声色で、かつての愛機であったゼイレンを見る。
はん、と鼻で笑って、サリスは言葉を投げ返す。
「残念ながら、このチームには超優秀な魔術師がいるのよね」
ヒュスビーダの肩がおかしそうに揺れた。
ゼイレンが奪われたことを気にする様子はない。
ただ不条理をあざ笑うように、翡翠の両腕を広げる。
「まったく、きみも我々の側にいてくれたら、ヒュスビーダを探すのも楽になったのだろうが……その逆だというのだから、ままならない。まあ、敵に容赦する理由はどこにもないか」
ジェノの様子に不穏なものを感じ取ったらしいサリスは、剣呑に銃を構える。
剣を構えながらカリオテはじりじりと間合いを詰めていく。
突撃の隙を負うべきかどうか、図りかねていた。とにかく先に大声で情報を共有する。
「気をつけろ。ヒュスビーダは修理の結果かなんなのか、風を操ってる」
「その通り。空渡る獣の真骨頂は、まさにその一点にある」
ジェノが言い放ち、暴風が機体を殴りつけた。
角ばった大型のカリオテは風に煽られ、一歩足を下げて踏ん張る。
ハーラとマースの立ち回りも、大きく鈍っていた。
翡翠の機体は、またも浮き上がっている。
「げぇ。飛ぶ機体とかありなの?」
ゼイレンからヒュスビーダを見上げて、サリスが嘆いた。
マースの大鎌を機械腕で叩きつけて地面に刺させ、胴部を蹴り飛ばしながらヴァルサは言う。
「撃つなら変わらんだろう」
「そうでもないんだな、これが。照準系がどうもね。ちょっとあんた、もっと考えて補助頭脳設定しなさいよ!」
敵に文句を言うサリスに、ヒュスビーダは苦笑するように肩を震わせる。
飄々としたヒュスビーダの所作とは対照的に、深刻な声が暴風を縫って降ってくる。
「ああもう、なんでこうみんな……死んだらどうするの……」
「おい馬鹿娘」
カリオテは棒立ちになって、ヒュスビーダを真っ直ぐ見上げてにらみつけた。
その背中にマースが大鎌を向けるが、ハーラのタックルを受けてもつれ合うように格闘する。ゼイレンの砲声が風の向こうで踊っていた。
背中を仲間に預け切って、クラウスはレイアに声を向けた。
「いいか。今から質問をする。二度は聞かない。最初で最後の質問だ、正直に本音を答えろよ」
空中に立っているヒュスビーダの周りで、枝葉がざわめきながら激しく揺れている。
彩られた空中の舞台で、翡翠は殴るように腕を伸ばす。
回避行動を取ったカリオテの側面を駆け抜けて、木の根が弾けた。風で弾が撃てるらしい。
顔をしかめながら、しかしクラウスは問いを向ける。
「ヒュスビーダは、そいつに操縦されるべきか! ハイかイイエで、答えろレイア!」
あえてクラウスは、ヒュスビーダに主軸を置いた。
「いい質問」
サリスがこっそりとつぶやいて、銃を撃つ。
つかみ合うようなハーラとマースの戦いには、威嚇射撃にもならない。
さすがに癇に触れたらしいジェノが風弾を撃ってくるが、狙いは甘く、弾道を読むことは容易だった。まるで教科書的に、機体の動く先を推測して撃っている。
じっと見上げているカリオテに急かされ、言いにくそうに、レイアはつぶやく。
「え、い、ぇ」
ほとんど竜巻のような強風にかき消されて、その声は言葉としての意味を成していない。
「聞こえねーぞ!」
「二度は聞かないんじゃなかったの!?」
聞こえた。
ちゃんと大きい声は出せるらしい。クラウスは腕を振って答えを急かす。
「くそ、黙れ!」
ジェノもさすがに声を荒げた。
乗り手を無視して会話をし、しかも彼に文句をつけている。人を虚仮にするにもほどがある。
カリオテの背後で、マースとハーラが張り合っている。
しかし、サザはどこかでジェノを気に掛けていて、それが格闘戦闘機とハーラとの性能差を埋めている。ヴァルサに動揺は無縁だ。
風弾を避け、木肌がはじける横で、クラウスは叫んだ。
「一度目が聞こえてねーから、さっさと答えろポンコツ藻草!」
「誰が藻草かっ!?」
きちんと聞こえる声を出したレイアは、やけになった投げやりな声でがなり立てる。
「いいえ! 嫌! こんなへっぽこ操縦者にヒュスビーダは勿体無い! 宝の持ち腐れよっ!」
あまりにも直截な言葉に、風弾さえ止む。
クラウスは、笑みが浮かんでいくのを抑えようともしない。
「それが聞ければ充分だ」
その言葉に怒り狂ったのは、サザだった。
「こんの……!」
言葉さえ途切れるほどの怒りに震え、大鎌を振り下ろし、身をかわすハーラに殴り返される。
身のこなしの技量は亜人のヴァルサに一日の長がある。
だが、サザは劣る乗り手ではない。武器と機体性能で決定打には至らず、戦闘が拮抗していた。
空にあるヒュスビーダが、手のひらを向ける。
「さすがに、波風を立てずにとは、言えないな」
竜巻が襲った。
枝葉を根こそぎ削り取り、土埃と藪を巻き上げながら降り注ぐ暴風に煽られる。
カリオテは片足が浮いて、踏ん張りの利かない後退を経て木の幹に激突した。
倒れたカリオテを狙うマースに先んじて狙撃するゼイレンを、竜巻が襲う。
「くああっ!」
撃たれた銃弾はカリオテの足元の根を打ち砕き、土を炸裂させた。マースは攻撃のタイミングを失い、ハーラに追い立てられてカリオテから離れる。
空に浮く嵐のようなヒュスビーダを見上げ、クラウスは毒づく。
「くそ、攻撃力こそねーけど、厄介だな」
攻撃も防御も妨害され、そこをマースの大鎌で一撃。効果的な戦術だ。
重そうに銃を構えなおすゼイレンが、歯がゆそうにうめく。
「クラウス、なんとかあいつに隙を作れない? 一発当てさせてよ」
「そう言われても、空中じゃ手が出せねえよ。地上に降りてきたら、まだなんとかなるが……」
そんなことは敵も百も承知だった。
まるで降りてくる気配もなく、やたらめったらに竜巻をばら撒いている。機体を伏せ、風をやり過ごす。それでも足を縫い止められるだけ、強烈な効果だった。
ハーラのほうは、マースと密接して戦うことで誤射を盾に狙いから外れている。心理的死角、とでも言うべきところに潜んでいるのだ。
「いや、そうか」
狙えるほうを狙うべきだ。
クラウスは操縦桿を下げる。左腕のマニピュレーターが壊れていることがもどかしい。
近くに転がっていた岩をマニピュレーターでつかみ、ヒュスビーダ目掛けて投げつける。風に煽られて途中で止まったが、彼の意識は一瞬ながら石に奪われた。
ゼイレンによるダメ押しの狙撃で、ヒュスビーダは回避に専念する。
その隙にカリオテは剣を持ち直し、マースをヴァルサのハーラと挟撃するように襲い掛かる。
「くっそ! お前ら、本当にうっとうしい!」
マースはカリオテの左腕を大鎌で切り落とし、石突きでハーラを突き上げる。振り返りざまに大鎌の刃をハーラに向けて振りぬいた。ハーラは機械腕を盾に掲げる。
直撃の寸前、腕は肘から二つに割れた。
切られたわけではない。
もともと分割できるようになっている。肘関節でつながれているワイヤーをハーラは素早く大鎌の柄に巻きつけた。
「ちぃ! 犬ころがッ」
無言のまま戦うヴァルサに罵って、マースは綱による引き合いに備えて足に体重を乗せる。
縄術による武器の無力化は、ある種の常套手段だ。それゆえに、ヴァルサはブラフに使った。
機械腕の前半部をマニピュレーターでつかみ、そのまま姿勢を安定させているマースに押し付ける。
サザの息を呑む音が、異様に響いた。
機械腕についている大型パイルバンカーは、機巧外殻の装甲など、薄紙のように貫く。
「終わりだ」
ヴァルサが初めて敵に声を掛けた。
回避と反撃を終えたヒュスビーダが、真っ先にマースを振り返る。
迎撃されたカリオテが姿勢を整える。
ゼイレンが耐風姿勢から機体を戻し始める。
その瞬間に、爆圧が杭を打ち出した。
装甲は花びらのように内側に開き、サザの腹を杭が貫く。
「ご、ふ?」
体を両断しかねない径の杭が体の中心を支え、サザは瞠目した。
杭は機巧外殻の腰背部にある魔力槽を正確に穿っている。
巻き込まれて魔導線が切れたのか、マースの足から力が抜けた。膝を突くマースは杭に支えられる。
「――サザ!」
ヒュスビーダが急降下した。
そのものが竜巻と化したかのように風をまとって、ハーラをなぎ倒す。
身を屈めて耐風姿勢を取っていたカリオテは、剣を突き上げてヒュスビーダの腹を打った。
微妙なバランスが重要だったのか、ヒュスビーダは自ら起こした風に煽られて体勢を崩す。
「もらった!」
ゼイレンは銃を捨てた。
低空で煽られているヒュスビーダに腕を向け、増幅器から高音を立て、魔力をみなぎらせる。
誘導した魔力で線を描き、特徴を取り出し、特性を与え、現象を浮かび上がらせる。
それらは歯車のかみ合うように、相互に働きかけ、干渉しあい、精巧な機械のように影響力を強めていく。極めつけに増幅器を通してそれらの現象が倍加され、大味ながら強力な魔術として現出する。
一条の閃光が空間を突き抜けて、ヒュスビーダに突き刺さった。
「よっし! レイアちゃん!」
「サリス、あんた最高!」
レイアが驚嘆に高い声を上げる。
ヒュスビーダがまとっていた風が、まるで剥ぎ取られたかのように突然ごっそりと消失した。
空中に放り出されたヒュスビーダは、地面に接触して激しくバウンドし、木の根にぶつかりながら転がり、藪を轢き散らしながら勢いが止まるまで滑っていく。
「っがあ、く! なにごとだ!」
だん、とジェノがヒュスビーダの内部を叩く鈍い音がする。
「私の口を封じたのと同じ。設定パターンを直接打ち込んだのよ。……可能な限り多くの権限を補助頭脳に与える、という設定をね」
声にいささかの揺らぎもなく、レイアは答えた。
絶句するジェノに、サリスはゼイレンの腕で仮想の銃の引き金を絞る。
「あんた、マメな男ね。モテるよ!」
サリスの言葉を理解しかねていたジェノは、はっと息を呑んで、怒号を上げた。
「……まさか、トレーラーか!」
ゼイレンは軽く両腕を上げる。
ゼイレンを起動できるということは、同じ認証機能を持つトレーラーをも不正に起動させられる、ということだ。
「中身にざっと目を通しただけよ。古文書の内容をレプリカに写した上で、全てバックアップ取っておくなんて、しっかりしてるわ。うちに欲しいくらい」
満更冗談でもなさそうな声色で、サリスはしみじみと言った。彼らの大型トレーラーは今や雑多に散らかっている。
レイアが声に緊張を保ち、再び声を張り上げる。
「でも、まだよ! 単純な機体操作とハッチは、私が権限を持てない!」
ジェノは今までの余裕ぶった態度をかなぐり捨てた。




