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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第四章
21/23

奪還 ――recapture――(4)

「まったく。まさか、機体を盗まれているとは思わなかったね。せいぜい、迷惑料に売り払うくらいだと思ったんだが」


 ジェノが呆れ果てたという声色で、かつての愛機であったゼイレンを見る。

 はん、と鼻で笑って、サリスは言葉を投げ返す。


「残念ながら、このチームには超優秀な魔術師がいるのよね」


 ヒュスビーダの肩がおかしそうに揺れた。

 ゼイレンが奪われたことを気にする様子はない。

 ただ不条理をあざ笑うように、翡翠の両腕を広げる。


「まったく、きみも我々の側にいてくれたら、ヒュスビーダを探すのも楽になったのだろうが……その逆だというのだから、ままならない。まあ、敵に容赦する理由はどこにもないか」


 ジェノの様子に不穏なものを感じ取ったらしいサリスは、剣呑に銃を構える。

 剣を構えながらカリオテはじりじりと間合いを詰めていく。

 突撃の隙を負うべきかどうか、図りかねていた。とにかく先に大声で情報を共有する。


「気をつけろ。ヒュスビーダは修理の結果かなんなのか、風を操ってる」

「その通り。空渡る獣の真骨頂は、まさにその一点にある」


 ジェノが言い放ち、暴風が機体を殴りつけた。

 角ばった大型のカリオテは風に煽られ、一歩足を下げて踏ん張る。

 ハーラとマースの立ち回りも、大きく鈍っていた。

 翡翠の機体は、またも浮き上がっている。


「げぇ。飛ぶ機体とかありなの?」


 ゼイレンからヒュスビーダを見上げて、サリスが嘆いた。

 マースの大鎌を機械腕で叩きつけて地面に刺させ、胴部を蹴り飛ばしながらヴァルサは言う。


「撃つなら変わらんだろう」

「そうでもないんだな、これが。照準系がどうもね。ちょっとあんた、もっと考えて補助頭脳設定しなさいよ!」


 敵に文句を言うサリスに、ヒュスビーダは苦笑するように肩を震わせる。

 飄々としたヒュスビーダの所作とは対照的に、深刻な声が暴風を縫って降ってくる。


「ああもう、なんでこうみんな……死んだらどうするの……」

「おい馬鹿娘」


 カリオテは棒立ちになって、ヒュスビーダを真っ直ぐ見上げてにらみつけた。

 その背中にマースが大鎌を向けるが、ハーラのタックルを受けてもつれ合うように格闘する。ゼイレンの砲声が風の向こうで踊っていた。

 背中を仲間に預け切って、クラウスはレイアに声を向けた。


「いいか。今から質問をする。二度は聞かない。最初で最後の質問だ、正直に本音を答えろよ」


 空中に立っているヒュスビーダの周りで、枝葉がざわめきながら激しく揺れている。

 彩られた空中の舞台で、翡翠は殴るように腕を伸ばす。

 回避行動を取ったカリオテの側面を駆け抜けて、木の根が弾けた。風で弾が撃てるらしい。

 顔をしかめながら、しかしクラウスは問いを向ける。


「ヒュスビーダは、そいつに操縦されるべきか! ハイかイイエで、答えろレイア!」


 あえてクラウスは、ヒュスビーダに主軸を置いた。


「いい質問」


 サリスがこっそりとつぶやいて、銃を撃つ。

 つかみ合うようなハーラとマースの戦いには、威嚇射撃にもならない。

 さすがに癇に触れたらしいジェノが風弾を撃ってくるが、狙いは甘く、弾道を読むことは容易だった。まるで教科書的に、機体の動く先を推測して撃っている。

 じっと見上げているカリオテに急かされ、言いにくそうに、レイアはつぶやく。


「え、い、ぇ」


 ほとんど竜巻のような強風にかき消されて、その声は言葉としての意味を成していない。


「聞こえねーぞ!」

「二度は聞かないんじゃなかったの!?」


 聞こえた。

 ちゃんと大きい声は出せるらしい。クラウスは腕を振って答えを急かす。


「くそ、黙れ!」


 ジェノもさすがに声を荒げた。

 乗り手を無視して会話をし、しかも彼に文句をつけている。人を虚仮にするにもほどがある。

 カリオテの背後で、マースとハーラが張り合っている。

 しかし、サザはどこかでジェノを気に掛けていて、それが格闘戦闘機とハーラとの性能差を埋めている。ヴァルサに動揺は無縁だ。

 風弾を避け、木肌がはじける横で、クラウスは叫んだ。


「一度目が聞こえてねーから、さっさと答えろポンコツ藻草!」

「誰が藻草かっ!?」


 きちんと聞こえる声を出したレイアは、やけになった投げやりな声でがなり立てる。


「いいえ! 嫌! こんなへっぽこ操縦者にヒュスビーダは勿体無い! 宝の持ち腐れよっ!」


 あまりにも直截な言葉に、風弾さえ止む。

 クラウスは、笑みが浮かんでいくのを抑えようともしない。


「それが聞ければ充分だ」


 その言葉に怒り狂ったのは、サザだった。


「こんの……!」


 言葉さえ途切れるほどの怒りに震え、大鎌を振り下ろし、身をかわすハーラに殴り返される。

 身のこなしの技量は亜人のヴァルサに一日の長がある。

 だが、サザは劣る乗り手ではない。武器と機体性能で決定打には至らず、戦闘が拮抗していた。

 空にあるヒュスビーダが、手のひらを向ける。


「さすがに、波風を立てずにとは、言えないな」


 竜巻が襲った。

 枝葉を根こそぎ削り取り、土埃と藪を巻き上げながら降り注ぐ暴風に煽られる。

 カリオテは片足が浮いて、踏ん張りの利かない後退を経て木の幹に激突した。

 倒れたカリオテを狙うマースに先んじて狙撃するゼイレンを、竜巻が襲う。


「くああっ!」


 撃たれた銃弾はカリオテの足元の根を打ち砕き、土を炸裂させた。マースは攻撃のタイミングを失い、ハーラに追い立てられてカリオテから離れる。

 空に浮く嵐のようなヒュスビーダを見上げ、クラウスは毒づく。


「くそ、攻撃力こそねーけど、厄介だな」


 攻撃も防御も妨害され、そこをマースの大鎌で一撃。効果的な戦術だ。

 重そうに銃を構えなおすゼイレンが、歯がゆそうにうめく。


「クラウス、なんとかあいつに隙を作れない? 一発当てさせてよ」

「そう言われても、空中じゃ手が出せねえよ。地上に降りてきたら、まだなんとかなるが……」


 そんなことは敵も百も承知だった。

 まるで降りてくる気配もなく、やたらめったらに竜巻をばら撒いている。機体を伏せ、風をやり過ごす。それでも足を縫い止められるだけ、強烈な効果だった。

 ハーラのほうは、マースと密接して戦うことで誤射を盾に狙いから外れている。心理的死角、とでも言うべきところに潜んでいるのだ。


「いや、そうか」


 狙えるほうを狙うべきだ。

 クラウスは操縦桿を下げる。左腕のマニピュレーターが壊れていることがもどかしい。

 近くに転がっていた岩をマニピュレーターでつかみ、ヒュスビーダ目掛けて投げつける。風に煽られて途中で止まったが、彼の意識は一瞬ながら石に奪われた。

 ゼイレンによるダメ押しの狙撃で、ヒュスビーダは回避に専念する。

 その隙にカリオテは剣を持ち直し、マースをヴァルサのハーラと挟撃するように襲い掛かる。


「くっそ! お前ら、本当にうっとうしい!」


 マースはカリオテの左腕を大鎌で切り落とし、石突きでハーラを突き上げる。振り返りざまに大鎌の刃をハーラに向けて振りぬいた。ハーラは機械腕を盾に掲げる。

 直撃の寸前、腕は肘から二つに割れた。

 切られたわけではない。

 もともと分割できるようになっている。肘関節でつながれているワイヤーをハーラは素早く大鎌の柄に巻きつけた。


「ちぃ! 犬ころがッ」


 無言のまま戦うヴァルサに罵って、マースは綱による引き合いに備えて足に体重を乗せる。

 縄術による武器の無力化は、ある種の常套手段だ。それゆえに、ヴァルサはブラフに使った。

 機械腕の前半部をマニピュレーターでつかみ、そのまま姿勢を安定させているマースに押し付ける。

 サザの息を呑む音が、異様に響いた。

 機械腕についている大型パイルバンカーは、機巧外殻の装甲など、薄紙のように貫く。


「終わりだ」


 ヴァルサが初めて敵に声を掛けた。

 回避と反撃を終えたヒュスビーダが、真っ先にマースを振り返る。

 迎撃されたカリオテが姿勢を整える。

 ゼイレンが耐風姿勢から機体を戻し始める。

 その瞬間に、爆圧が杭を打ち出した。

 装甲は花びらのように内側に開き、サザの腹を杭が貫く。


「ご、ふ?」


 体を両断しかねない径の杭が体の中心を支え、サザは瞠目した。

 杭は機巧外殻の腰背部にある魔力槽を正確に穿っている。

 巻き込まれて魔導線が切れたのか、マースの足から力が抜けた。膝を突くマースは杭に支えられる。


「――サザ!」


 ヒュスビーダが急降下した。

 そのものが竜巻と化したかのように風をまとって、ハーラをなぎ倒す。

 身を屈めて耐風姿勢を取っていたカリオテは、剣を突き上げてヒュスビーダの腹を打った。

 微妙なバランスが重要だったのか、ヒュスビーダは自ら起こした風に煽られて体勢を崩す。


「もらった!」


 ゼイレンは銃を捨てた。

 低空で煽られているヒュスビーダに腕を向け、増幅器から高音を立て、魔力をみなぎらせる。

 誘導した魔力で線を描き、特徴を取り出し、特性を与え、現象を浮かび上がらせる。

 それらは歯車のかみ合うように、相互に働きかけ、干渉しあい、精巧な機械のように影響力を強めていく。極めつけに増幅器を通してそれらの現象が倍加され、大味ながら強力な魔術として現出する。

 一条の閃光が空間を突き抜けて、ヒュスビーダに突き刺さった。


「よっし! レイアちゃん!」

「サリス、あんた最高!」


 レイアが驚嘆に高い声を上げる。

 ヒュスビーダがまとっていた風が、まるで剥ぎ取られたかのように突然ごっそりと消失した。

 空中に放り出されたヒュスビーダは、地面に接触して激しくバウンドし、木の根にぶつかりながら転がり、藪を轢き散らしながら勢いが止まるまで滑っていく。


「っがあ、く! なにごとだ!」


 だん、とジェノがヒュスビーダの内部を叩く鈍い音がする。


「私の口を封じたのと同じ。設定パターンを直接打ち込んだのよ。……可能な限り多くの権限を補助頭脳に与える、という設定をね」


 声にいささかの揺らぎもなく、レイアは答えた。

 絶句するジェノに、サリスはゼイレンの腕で仮想の銃の引き金を絞る。


「あんた、マメな男ね。モテるよ!」


 サリスの言葉を理解しかねていたジェノは、はっと息を呑んで、怒号を上げた。


「……まさか、トレーラーか!」


 ゼイレンは軽く両腕を上げる。

 ゼイレンを起動できるということは、同じ認証機能を持つトレーラーをも不正に起動させられる、ということだ。


「中身にざっと目を通しただけよ。古文書の内容をレプリカに写した上で、全てバックアップ取っておくなんて、しっかりしてるわ。うちに欲しいくらい」


 満更冗談でもなさそうな声色で、サリスはしみじみと言った。彼らの大型トレーラーは今や雑多に散らかっている。

 レイアが声に緊張を保ち、再び声を張り上げる。


「でも、まだよ! 単純な機体操作とハッチは、私が権限を持てない!」


 ジェノは今までの余裕ぶった態度をかなぐり捨てた。


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