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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第一章
2/23

冒険者 ――explorer―― (1)

 土で均した山道を、大型トレーラーが悪路に激しく揺れながらゆっくりと走る。

 人間ほどの直径がある巨大なタイヤが土埃を巻き上げ、こもるような臭いが乾いた木の間を抜けていく。

 駆け回れるほど広大なコンテナのうえに、少年が一人座り込んでいた。

 振動に首をがくがくと揺らしながら、まるでその状態に気づいていないかのように、ぼんやりと空を見上げている。

 高い幹はうねるように枝を張り、空間を埋め尽くすように枝葉を茂らせる。

 空を遮り、その葉に昼の光を余すところなく受け止めていた。

 それだけに、森で空を仰いで見えるのは、逆光に濁った葉の裏だけだ。

 それでも少年は、飽かずに見上げ続けていた。


「クラウス? ちょっと、なにしてんの?」


 声と同時に、コンテナの縁から金色の頭が生える。

 女性はコンテナのうえで座り込んでいるクラウスを見つけ、怪訝を顔に作っていった。


「そろそろよ。準備できてんの?」

「あとは乗るだけ。サリスはどうだ、見つかったのか?」

「まだね。でも魔力の濃度は順調に上昇中。当たりなのは間違いなさそう」


 サリスは梯子を片手で登り、コンテナのうえに這い上がった。

 揺れる車体を意に介さず、足をそろえて座り、片手に抱える辞書サイズの機械を覗き込む。うつむく動きと連動しているかのように指先で髪をかき上げ、耳に掛けた。

 露出した耳はナイフのような形に尖っている。

 機械に張られた画面には、周辺の地形が緑や黄色の色でぼんやりと描かれている。

 付近の魔力分布を計測するセンサだ。

 顔を上げて、サリスはクラウスに問いかけた。


「なにか見えた?」

「風が見える。木の高いところは、風が強いみたいだな」


 クラウスは先ほどまでと同じように空を見上げて、サリスに答える。

 空ではなく、枝葉の動きを見ていたようだ。一本の木でも、葉の隙間から見える低い枝と高い枝は、入れ違うように樹木の雄大さで揺れている。

 答えを聞いたサリスは呆れたように眉を下げる。


「……そういうのじゃなくて。遺跡らしい何かは見えたか、って聞いてるんだけど?」

「森が深くて見通せない」


 むっと口を曲げて即答する。

 はいはい、とサリスはわざとらしく肩をすくめた。

 ちらりと魔力計を一瞥してから、サリスは首を伸ばしてぐるりと森を見渡す。木しかない。

 その風景は見飽きたといわんばかりに、面倒くさそうな声を出した。


「遺跡を探すよりも崖崩れを探したほうが、実際早いかもね。崖崩れのあとになって魔力反応が急に出た、って話だし」

「崖崩れも見なかったけどな」

「はいはい、ちゃんと見てたんだね」


 クラウスの報告に、サリスは子どもをあしらうように笑った。クラウスの顔が渋くなる。


「そもそも崖崩れなんて、表層の土が滑るだけだろ? それで出てくる遺跡なんて、どうせ大したことねぇんじゃねーの」

「まあ、普通はね。でもどうかな、意外な掘り出し物があるかもしれないし」


 少し楽しそうに微笑んで、サリスは視線を前に投じる。

 鬱蒼とした森は日差しを阻み、影を落としている。木々に閉ざされた洞穴のようだった道が、トレーラーの走る先で唐突に切り裂いたように開かれていた。

 悪路に車体を傷めないよう、速度を抑えて走っているトレーラーは、ようやくたどり着いた。

 峡谷だ。

 道に対して垂直に抉り取ったかのように、楔形に山が削れている。

 遥かな崖下には、清流が水音も立てずに流れていた。

 峡谷に渡されている橋は土埃をかぶっていて、狭く、見るからに脆い。

 とてもではないが、大型トレーラーは通れそうになかった。

 しかし、視界が開けて明るくなった途端、サリスは不敵に笑う。


「びびっと来たぜい」


 興味を惹かれたように振り返るクラウスに構わず、サリスは這いつくばるように手を突き、牽引車に向けて声を張る。


「ヴァルサ! 反応出たよ!」

「よし」


 精悍な男の声が返り、トレーラーが橋のたもとに着けられる。

 クラウスを見上げたサリスは、したり顔で魔力計の画面を見せた。その画面では、峡谷の下流が急激に赤く染まって脈動している。

 極端な魔力反応。間違いなく大物だった。

 トレーラーは原動機を落として振動を止めた。サリスは安心したように体を起こす。


「トレーラーが入れない場所だったら、どうしようかと思った。これは運が向いて……あ。今、風が強いんだったっけ?」

「ああ」


 サリスはいたずらっぽく笑って、満足げにうなずく。口をすぼめて、囁くように震わせた。


「じゃあ、ヒュスビーダが通り掛かったのかもね」

「なんだそれ」


 クラウスは渋面を浮かべる。意味が分からない。

 通じないか、と笑い、サリスは落胆した様子もなく肩をすくめた。


「古い言い回し、ことわざみたいなものよ。運がいい、ってだけなんだけどさ」

「気取った言い回しだな」

「だから廃れたんだけどね。でも、身近なものよ? そりゃ確かにヒュスビーダは神話の中でも大したことはしてない弱い神だけど、ほら、流通ギルドでも狼頭のシルエットがシンボルになってるでしょ? 世界中の風を走る獣だから、旅程なんかを加護するって言われてて」

「歴史は発掘だけで充分だよ」


 クラウスは饒舌なサリスを手で遮って、立ち上がった。

 まだまだ話すつもりという顔のサリスは、不満げに眉をひそめる。


「えー。これは別に、歴史ってほどじゃないと思うけどなあ」


 クラウスは梯子に足を掛ける。大型のコンテナだけあって高く、落ちたら無事では済まない。

 その距離感さえ慣れた調子で、梯子を下りながらクラウスはサリスを見上げる。


「霊人の、しかもマギリアともなりゃ、そう感じるかもな。人間にとっちゃ昔話だ」

「あたしはまだ若いってば」

「四十歳がよく言うよ」


 言い残して、トレーラーから降りた。

 文句から逃げるように、コンテナの扉を開けて滑り込む。

 部屋に区切られておらず、鉄筋で補強された天井には白熱灯が吊るされ、くすむような影法師が増える。

 機材や食料品、シュラフなどが隅に積み重ねてあり、生活感を隠そうともしない。金臭さと油臭さが同居していた。

 大きさに見合った広さがあるコンテナは、しかし実際以上に手狭に見える。

 手足の太いずんぐりした機械仕掛けの巨人が二機、対角線上に格納してあるからだ。

 整備ハンガーを兼ねたコンテナは、四機格納する固定器が存在する。だが全てを埋めた場合、窮屈で整備も満足に行えないだろう。

 整備機材の近くでうずくまっていた大男が、クラウスに気づいて振り返った。

 その頭は狼のもので、鍛えられた体に手持ち型の削岩機を吊り下げている。

 頬のない深い口を開いた。


「遅かったな」


 その精悍な声に、責めるニュアンスはない。


「悪い。いつもの歴史語りが始まったんだよ」


 端的に釈明し、クラウスは二機のうち大きいほうに向かう。

 薄汚れた砂のような色の外装は直線的に角ばって、重厚な外見の印象をさらに無骨に見せている。

 その機体に向かうクラウスの足取りは、馴染みきった迷いのないものだった。

 乗り込むというより、胴に埋まるようなそれは、手足に操縦装置が埋め込まれていて、感覚的には着込むと表現するほうが近い。

 クラウスは操縦桿のトリガーを握って弁に指を押し当て、魔力を注ぐ。認証を通した補助頭脳が魔力と命令を始動器に送り、空回りするような甲高い音を立てて魔動機は駆動し始める。

 機械巨人――魔導式全駆動機巧外殻は外見に見合った力感を漲らせ、滑らかに立ち上がった。

 クラウスは魔導線のリンクを確認し、機体の各部に異常がないことを見直し、うなずく。ふと残ったもう一機に目を向けた。


「ハーラはどうするんだ?」


 流線型のような曲線を持つスマートな青い機巧外殻は、クラウスの乗るカリオテの角ばった重厚な形状とは大きく異なっている。

 ただ、ハーラの右腕は、本来のものではなかった。

 人ならば指に当たるマニピュレーターを持たない、代替パーツの機械腕になっている。

 ヴァルサはコンテナの壁際で操作盤を動かしている。振り返りもせず、声だけを返した。


「あとでサリスが乗っていく。まずはカリオテで先に行け」

「あいよ」


 コンテナの側面が引き上げられていき、森の空気が吹き込んで、生ぬるく撹拌される。

 人工の光より遥かに眩しい日光にクラウスは目をすがめた。

 ギアを落として脚部の圧力を上げ、床を蹴らせる。足踏桿を踏み、足を上げてコンテナに固定する保持機構を乗り越えて、コンテナを歩かせた。操縦桿を振って腕を動かす。

 自覚なく、淡く微笑んでいた。

 手足が延長し包み込まれるような独特の操作感覚は、クラウスの体によく馴染んでいる。揺りかごのように心地いいものですらある。

 開かれたハッチから峡谷の景色が広がり、緑が目に沁みるようでクラウスは目を瞬かせる。

 カリオテは足をそろえてコンテナを降りた。

 重量が地面に落ちて、緩衝器が衝撃を分散する。

 トレーラーからすれば悪路かもしれないが、辺鄙な場所のわりにしっかりと均されている。機巧外殻の足には、充分に快適な道だった。


「やっぱり崖の下だ、人工の外壁が見える!」


 声が降ってきて、クラウスはカリオテを振り返らせた。開かれたコンテナハッチに肘を乗せ、サリスが手を振って指差している。

 クラウスは操縦桿を引き、機体の足元に注意を払いながら足踏桿を操作する。

 崖に歩み寄り、空気さえ転げ落ちていくような断崖を覗き込んだ。

 山の底が抜けたような峡谷は、地層を断崖に現している。下流の一角が、爪で引き剥がしたかのように削れていた。

 その崖崩れの傷跡に、一部だけ、レンガ模様の黒い壁が露出している。


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