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機巧外殻と空渡りの獣  作者: ルト
第三章
12/23

競争 ――rivalry――(2)

「なあ」


 クラウスはカリオテを立ち上がらせた。ライトが舐めるように床から壁を走っていく。

 忠告でも警告でもない、会話の流れを無視した確固とした声に、レイアでさえヒュスビーダの足を止めた。

 半分だけ振り返り、カリオテの角ばった巨体を見る。


「今気づいたんだが、連中がこの道を行ったにしては、光や足音が消えるのが少し早すぎる。もしかしたら、かなり早い段階に隠し通路があったんじゃないか?」


 クラウスははっきりと自分の意見を告げた。

 サリスとヴァルサは黙ってその意見の妥当性を検討し、首肯する。


「ありうるな」

「そうね。本当に影も形もなかったし」

「早い段階って、どの辺よ!」


 レイアの噛み付くように勢い込んで張り上げた声が通路を叩く。

 わん、と音の残響が走り抜けていった。クラウスは音に顔をしかめる。


「知らねーよ、だから今から行くんだろ」


 ぎり、と力のこもった腕を震わせる。

 苛立ちを握り込んだ機械の拳をぶつける先もなく、レイアはただ言葉を吐き捨てた。


「……ああ、もう! なんでこんなに、胸が騒ぐのっ?」


 彼女自身、困惑しているようだった。

 怯えるように揺らぐ翡翠の外装を見て、クラウスは唇を曲げる。口を割って、ため息を吐き出す。


「急ごう。割り込んできた連中に横取りされるなんて、堪ったもんじゃない」

「まあ、仕方ないね。行こう」


 サリスもハーラの肩をすくませた。

 カリオテを先鋒に、通路を走っていく。緩衝器の軋む音と石板を削る音が響いてやかましい。

 通路を走りながら、サリスは問いかける。


「遺跡にあるものって、そんなに大事なものなの?」

「分からない、なんにも。どう考えても手が届かないものに指を伸ばしてるみたいで、ただどうにかしなきゃ、って胸がざわざわして。居ても立ってもいられなくなる。……勝手なことを言ってごめんなさい」


 ヒュスビーダは体を傾けた。

 にっ、と息遣いで笑みを浮かべて、ハーラは足を早めていく。行動で表すように。

 斜面の角に近づいたころから、ヴァルサは音波センサを注意深く見始める。

 カリオテはとりあえず斜面まで戻り、探索を始めようとしたときに、ヴァルサは声を上げて笑った。


「なんだ、角ですらなかったじゃないか」


 ヴァルサは音波センサを斜面の向かいの壁に向けている。

 その壁には、石の隙間に新しい傷がうっすらと残っていた。

 サリスは悲鳴を上げる。


「馬鹿、気づいてよ!」

「角の先に備えて明かりを構えていたんだ。すまない」


 ヴァルサは釈明さえ動揺を見せない。


「そんなことより、どう開けたらいいんだ?」


 カリオテの腕が壁を押す。

 傷に重ねるように押し込むと、ごす、と岩のこすれる音がした。

 クラウスは一度息を呑み、もう一度、駆動を上げて石を押し込む。

 ごとん、と重いものが落ちる音が響く。

 がりがりと乱暴に歯車がかみ合う振動とともに壁が引き上げられ、狭く暗い通路が開けられていく。

 カリオテのライトに照らし出され、階段状の段が長い影を落としていた。

 舗装された壁ではなく、道幅に削られただけのむき出しの岩肌が、波打つ表面に影を散らす。

 階段と断言できないのは、一段が人間にはやや大きいからだ。

 しかし、機巧外殻が歩むにはちょうどいい高さでもある。


「機巧外殻用の、階段?」

「ほら、急ぐんでしょ」


 不審に顔を曇らせるクラウスの背中を、ハーラは容赦なくせっつく。

 機巧外殻からヴァルサが飛び降りて、自ら先頭に立った。センサ類を構え、狼の口を開く。


「俺がルートの安全を確認する。お前らは続け」


 足音もなく軽やかに、人間には大きい階段を駆け下りていく。

 カリオテも慌ただしくヴァルサのあとを追いかけた。

 クラウスは機体の体重が片足の緩衝器に掛かる、重々しい音を聞きながら走る。

 湾曲した壁に頭をぶつけそうなほどの隅に、人間用の階段があることに気づいた。さらに首を傾げる。

 しかし、彼は違和感の正体を考え付くことはできなかった。

 通路に残っているヒュスビーダは、下り始める壁に手をかけて止める。


「先に行って」

「ん、ありがと」


 ハーラがちらりとヒュスビーダを振り返って、カリオテのライトが遠ざからないうちに通路に飛び込んだ。

 ヒュスビーダも続けて、体を翻すように壁を離し、階段を駆け下りていく。

 ゆっくりと閉じられた隠し扉の裏には、欠けた歯車と閂の痕跡が残っている。

 岩肌のトンネルを駆け下りていくと、分かれ道にたどり着いた。右側のほうがやや広く、古びて汚れている。ヴァルサは魔力センサに目を落とす。


「魔力が薄い。右の防護魔法は弱まっているな」

「よし! 急がないと!」


 レイアが早口に言って、ヒュスビーダは踊るように段を蹴った。右に寄った二機をすり抜け、調べ始めるヴァルサを追い越す。


「なに、待て!」

「右は使われてない道でしょ? 外れをいちいち調べてる暇なんて!」


 反論は途切れた。

 石畳に足を載せた途端、ヒュスビーダが沈み込んでいく。

 またも石板が抜け落ちる落とし穴だった。

 空中で身をよじったヒュスビーダの鋭利な指先が、抜け落ちた石畳の縁を引っかき、止まることはなく零れ落ちる。

 その手をマニピュレーターがつかんだ。


「く、っそおおお!」


 胸部装甲が石板を叩く、弾けるような音の残響が落とし穴に伸びていく。

 カリオテの魔動機が咆哮を上げた。

 クラウスは操縦席のなかでシートベルトに体を吊られ、肩と胸に体重を感じる代わりに尻と脚の重みを感じて、煩わしそうに顔をしかめる。

 倒れ込んで伸ばした腕はヒュスビーダをつかんだが、踏ん張る足がない。

 胸部装甲が地面を滑り、肩部が穴に飛び出す。


「クラウスっ!」


 ハーラの足音が響く。

 滑り出したカリオテは縁を支点にゆっくりと回転するように、穴に転落していった。がつん、と縁をハーラの機械腕が叩く。

 その指のない腕を、信じられないという顔で見つめて、サリスは唇を震わせた。

 何も言わなかった。

 落ち行くカリオテのライトは、ヒュスビーダの翡翠を脚光のように照らし出している。

 クラウスは操縦席の中で宙吊り状態のまま、操縦桿と足踏桿を操る。

 カリオテが手足を突っ張り、腕を壁に突き、脚を伸ばして壁を踏む。突っ張り棒の要領で落下を緩める。


「離すなよ!」


 ヒュスビーダに声をかけ、カリオテは最大戦闘駆動で機体を支えた。

 重量と勢いに押されて落下を止めることまではできない。

 ヒュスビーダはひらりと空中で体勢を整え、カリオテの胸部装甲を両手でつかんだ。爪先を壁に引っ掛け、三角形を作るように制動に加わる。

 しかし、速度が緩み始めた途端、ヒュスビーダが転んだ。

 カリオテのライトが床を照らし出す。その床は傾いており、壁の底は空いている。

 カリオテは足を離した。

 手に残った摩擦で機体を回転させ、足から着地する。翡翠の獣は斜面を滑り落ちていく。


「レイアッ!」


 斜面はともすれば壁に思えるほど急勾配になっていた。つないだままの腕に引かれてカリオテは傾き、つんのめるように駆け出してしまう。

 足を前に投げ出し踵を滑らせ、腰を落として、なんとか姿勢を整える。

 その前に斜面が終わる。

 ヒュスビーダは蛙のように斜面に張り付き、手足の爪を立てて一気に減速した。

 その横をずるずると追い抜いていくカリオテを、腕相撲のように腕を斜面に押し付けて引き上げる。カリオテの動きはようやく止まった。

 切り落としたように突然途切れる斜面の向こうは、広間の天井のようだ。

 真っ赤な光に石板が揺らいでいる。操縦席のクラウスを熱波が煽った。

 この広間には高熱が渦巻いているらしい。

 今さらのように生唾を飲み込む。


「助かった」

「いえ。礼を言うのはこちらのほうね」


 レイアは淡々と言う。

 ヒュスビーダの翡翠は煌々と輝き、強風に吹かれる柳の葉のように揺らめいている。その幻想的な光に、クラウスはまた息を呑んだ。

 熱波に熱せられた石板は生ぬるく、暗闇は薄赤く焦がされている。空気が干からびていた。

 クラウスは顔を上げて斜面を見る。


「……これ、どーすっかな。たぶんハーラならやれると思うけど」

「あんた」


 ぼやいていたクラウスはヒュスビーダに顔を向けた。

 何も変わらないように見えるヒュスビーダは、ただ、絞り出すようなレイアの声を漏らす。


「あんた、なんで私なんかを助けに飛び込んだの」

「はあ?」


 面食らうクラウスに追い討ちをかけるように、レイアの苛立ったような声は重ねられる。


「焦って勝手に失敗したのは私よ。あんたとは縁もゆかりもない。危うく死ぬところだったじゃない。なんでそんな……無茶、するのよ」


 言葉と感情を握りつぶすように、レイアの言葉は潰えていく。

 心なしかヒュスビーダの翡翠も弱まっているように見えた。


「それを言うなら、お前だって俺を助けてくれたじゃねえかよ」


 レイアは答えない。だんまりを決め込んでいるようだ。


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