探索 ――excavate――(3)
ハーラが増幅器の音も高く、光の魔術を唱え直す。
通路の遠くまで照らされた先で、二機の機巧外殻が歩いている。その挙動は悠々と余裕に満ちていた。
「危なかったな」
男は気さくに言って、手を上げている。
単に歩み寄る振りをしてヒュスビーダを背に隠すように立ちながら、その外装に傷一つない機巧外殻を眺めて、クラウスは鼻を鳴らす。
「ゼイレンとマースか」
「よく知っているな」
ゼイレンが感心したように体を上げた。
黄土色の外装が厚く肩を張っているような外形で、火器を多く武装している。
その隣の赤い機体は、刺々しい外装を真っ赤に染める。
マースは運動性に特化した格闘戦闘機だ。このマースは、さらにシャープにスマートにカスタムチューンしているらしい。
それだけの情報を分析したクラウスは、険しい声をかけた。
「誰だ、あんたら」
「そう警戒しないでくれ。戦いに来たわけじゃない」
両手を軽く広げたゼイレンは、声に余裕をにじませている。
落ち着いた理知的な口ぶりでありながら、どこか粗野な印象を拭えない男だった。
「まずは自己紹介をしよう。私がジェノで、マースに乗っているのが護衛のサザだ」
ジェノの紹介を受けて、マースは傲岸に機体を傾けて見せる。
ふん、と鼻を鳴らして、サリスも警戒をむき出しにした声を刺した。
「よその冒険者が入ってる遺跡に割り込んできて、よくのん気に言えたものねぇ」
「それは、申し訳ないと思っている。その件について交渉しに来たんだ。証拠に、というのもなんだが、魔結晶にも手をつけていない」
サリスの息遣いが変わる。
驚いたのではなく、警戒をさらに引き上げたのだ。殺意にすら近い剣呑な視線を、それと分からないように向けている。
ジェノは芝居がかった調子で、聞き取りやすい声で演説のように語る。
「冒険者がいる遺跡に割り込んで、もし財宝が見つかったとして……殺し合いにならない保障はない。逆に言えば、割り込むということ自体が、殺し合いに発展する可能性を一方的に向ける行為になる。直裁に言えば、殺意があると取られてもおかしくない。そう、だから今、非は全面的に我々にあることを認めよう」
へえ、とヒュスビーダが納得した吐息を漏らした。
クラウスたちが過敏に警戒している理由が分からなかったのだろう。
それを背後に押し隠しながら、クラウスは改めて声をかける。
「そこまで分かっていて、どうして割り込んでくるんだ?」
「正直に打ち明けよう。引き下がってくれないか」
ち、とクラウスは口の中で舌打ちをした。
割り込んでおきながら友好的なポーズを取って言うことなど、それしか有り得ない。
サリスは呆れたように息をつき、ヴァルサは表情を変えず、ヒュスビーダは身を硬くする。
ジェノは冗長にべらべらと喋っている。
「私たちは、この遺跡を探していた。正確には、おそらくこの遺跡だろう、という推測に過ぎないが――まあその話はいい。ただとは言わない。謝礼金も支払おう。もちろん、我々の目論見が外れて空振りだったとしても、返せなどとは言わない」
実際、金には困っていないのだろう。
カリオテのような旧式の量産機体と、彼らの機巧外殻では、値段が桁で違う。
さらに、そんな機巧外角を自由にカスタムしている。
市場に出回る規格から外れ、修理や整備に必要な部品の値段が極端に跳ね上がるリスクを背負う、ということだ。
クラウスは大きく息を吐いた。振り返って三人の様子を一瞥し、彼らに向き直る。
低く、うなるように笑った。
「……嫌だ、と言ったら?」
「さて、考えたくはないな」
むしろ決裂させたがっているかと思えるほど、ジェノは無邪気に笑っている。
ゼイレンの傍らに控える赤いマースの腕が、ぴくりと動いた。
一歩のうちに抜き打ちのできる構え。
目に見えないほど押し殺して、殺気立っている。
殺伐とした空隙に、ヒュスビーダが歩み出た。
「引き下がらない」
レイアが静かに、しかしはっきりと声を張る。
石造りの壁や床に、ヒュスビーダの輝きが反射し、レイアの声が染み入るように反響した。
「絶対に諦めない。私にだって、この奥になにかがあることくらい分かる。ここまで来て、おめおめと投げ出せるわけがないでしょう」
ヒュスビーダはその名に相応しい壮麗さで、挑みかかるように、ゼイレンを見据える。
「あんたたちには、絶対、渡さない」
機巧外殻の魔動機が、羽虫のような音を立てている。
ゼイレンは少し困惑したように、マースをちらりと見た。あれだけ戦意をチラつかせていたマースですら、虚を突かれて動きを止めている。
それほど極端で、強烈な拒否だった。
断言に驚いていたクラウスは、にやり、と笑う。
ヒュスビーダに並び立ち、レイアに続く。
「そういうことだ。ここまで踏み込んだ遺跡を誰が譲るか、馬鹿やろう」
その軽い嘲弄に、マースはあからさまに殺気立った。
「んだと。さっきだって助けてやったのに」
「待て。それはこの件とは別だ。落ち着け、サザ。勝手な真似はするなと言っただろう」
サザを諌め、ジェノはもう一度、念を押すように話しかける。
「考え直しはしないか。空振りのリスクを減らすし、我々も助かる。我々を愚かと思うなら、なおさらいい交渉だと思うがね」
「本気で言ってるならお笑いね。端っから、この交渉は決裂してんのよ」
ハーラも一歩歩み出て、きっぱりと結論を突きつけた。
交渉の余地がないことを、ジェノはようやく悟ったようだった。
頭を振るように、機体を左右に振る。
「……まったく、冒険者というやつは分からんな」
「どうすんだ、ジェノ」
言外に戦う許可を求めながら、サザはジェノに問いかけた。
低く腰を落とすマースは、もはや隠さず背負った長柄に手を掛けている。得物は機体に隠れて見えない。
魔動機を音高く戦闘駆動に切り替えたハーラは、戦意を隠さず、応じるように両腕を構えた。
ヒュスビーダとカリオテは対人の礼儀として、まだ戦闘の構えは取っていない。
それを見てかどうか、ジェノは少しの間を置いてから、いや、と言った。
「不毛な殺し合いなど、無益なことはしないさ」
ジェノが言い終わるかどうか、という瞬間に、彼の機巧外殻は地鳴りのような凄まじい轟音を立てた。機体の身振りひとつに力感がみなぎる。一瞬で最大戦闘駆動に切り替わっている。
「心配せずとも、目当て以外に手をつけるつもりはない。それで手打ちにしてくれ」
海面を滑るような身軽な機体運びで、ゼイレンは三機の間をすり抜けた。
広間の奥に機体を走らせていく。
マースもまたゼイレンを追い、ひと蹴りの跳躍でひらりと三機を飛び越える。
広間の出口で立ち止まって振り返ったサザは、悪魔が笑うように赤いマースの肩を揺らす。
「あとで挑んで来いよ。ぶち壊してやる」
機体を翻し、闇に消えて風のように去っていく。
「あのやろう!」
「無理に追うな。この先も暗闇だぞ」
カリオテを走らせようとしたクラウスに、ヴァルサが事実を述べた。毒づいたクラウスは、カリオテを通常駆動に戻す。
彼らの足音が遠く残響のように、広間に吹き込んでいる。
残響をかき消すようにハーラが石畳に足踏みをして、サリスは苛立ちを吐き捨てた。
「ったく。いまどき、あんな勝手なやつもいるのね」
「まあ、仕方がない。気持ちを切り替えて落ち着いて進むぞ。横取りされないように急いで、勝手に自滅したら元も子もない」
「ま、そりゃそーか」
動揺という言葉を知らないかのようなヴァルサの物言いに、ハーラは肩をすくめた。
その全員を、ヒュスビーダは一歩身を引いたところから見比べている。
クラウスはヒュスビーダの肩を叩き、弾んだ声をかける。
「レイア、よく言った! まだ一日も経ってないのに、よく俺たちの気持ちが分かったな」
しかし、レイアは異様なほど恐縮していた。
ヒュスビーダが戸惑うように後じさりをする。申し訳なさそうに腰を引いていた。
「違うの。私が一人で、勝手に言っただけ。さっきの戦いで分かった、ヒュスビーダは全然本調子じゃない。たぶん、この遺跡にヒュスビーダを修理できるものがある」
レイアは急に尻すぼみになって、気弱げに付け足す。
「……と、思う」
ヴァルサは目をすがめる。
「なぜそう思う?」
「分からない。分からないけど、きっとそう。いえ、どうなのかな」
レイアは口にするほど不安になっていくようだった。風に吹かれる蝋燭のように、言葉は頼りなく惑っている。
クラウスは首を傾げた。
レイアの口ぶりは、勘に頼っている、というには断定的に過ぎる。そのくせ、簡単に揺らいでしまう。
「……本調子じゃないってのが本当なら、底知れない機体ね」
言及を避けて、サリスはしみじみとつぶやいた。
「私も、そう思うわ」
か細い声でレイアがうなずく。
照明の魔術が弱まり、風に削られるように光が闇に解けていく。機体に搭載された白々しいライトだけが彼らを闇からすくい上げていた。
沈黙さえ溶け込むような闇を、クラウスは強いて笑い飛ばす。
「結局のとこ、なんでもいいじゃねーか。俺たちのやることは変わらない。だろ?」
反射光に輪郭を浮かび上がらせるヴァルサが、狼頭の顎を引いた。
「その通りだ。焦りは禁物だが、かといってぐずぐずしている暇はない。先を急ぐぞ」
相変わらず端的に正しい。
はぁい、と気の抜けたような返事をするハーラが、カリオテに先頭を譲った。カリオテに載せたライトが一番強い。
すれ違いざまに、クラウスはヒュスビーダを盗み見た。
押し黙るレイアの表情は、翡翠の外装に隠されて見えない。
ヴァルサをカリオテの背に登らせて、クラウスは広間の先に足を進める。
轍は広間で途切れ、通路とそっくり同じ幅の出口が、壁を切り取ったように作られていた。さらに奥へと続いている。また斜面になっていた。先にいった二人組の光は見えない。
「クラウス。そのまま聞け。レイアのことだ」
ヴァルサがクラウスに耳打ちした。斜面に気を使いながら歩くついでに、耳を傾ける。
「お前は彼女に入れ込んでいるようだから言っておく。気を許しすぎるな」
「なんだって?」
クラウスは驚いて振り返りそうになった。装甲を殴られ、唐突な動作を踏み留まる。
忠告は続く。
「密室になっていた遺跡から人が見つかるなど、あり得ると思うか? やつらが仕込んだ者かもしれない。仮にやつらと無関係だったとしても、怪しいことに変わりはない。お前が肩入れするのは勝手だが、いざというときに、判断を誤るなよ」
分かったな、と念押しをされて、クラウスは抗弁を封じられた。
ただ無言で顎を引く。
嘘でも、それを認める言葉を口にしたくはなかった。