第12話:「王の再起と最初の一歩」
ゼノリスは、カイロと並んで森の中を歩いていた。
足元の枯れ葉が、ガサッガサッと乾いた音を立てて砕ける。
二人の足音が重なり合い、森の静けさの中に溶けていく。木々の間を吹き抜ける風が、葉を揺らして優しい音を奏でている。鳥たちの高く澄んだ声が時折聞こえてくる。
木漏れ日が、二人の道を照らしていた。光の筋が木々の隙間から差し込み、地面に斑模様を描いている。歩くたびに光が揺れ、影が動く。暖かい日差しが、ゼノリスの肩に触れている。
隣を歩くカイロは、静かに前を見つめていた。その横顔には迷いがなく、確固たる意志が宿っている。歩く速度は一定で、足取りもしっかりしている。足枷を外された今、カイロの歩みは自由だ。
ゼノリスは、静かに口を開いた。
「カイロ」
カイロが、ゼノリスを見る。
「はい」
ゼノリスは前を向いたまま、言葉を続けた。
「まずは拠点を整え、力を蓄える必要があります。君の力を貸してください」
カイロは少しの間、黙っていた。だが、その沈黙は躊躇ではない。言葉を選んでいる沈黙だ。やがて、カイロは静かに答えた。
「承知しました。それが主の望む『正しさ』であるなら」
その声には、確かな決意が込められていた。ゼノリスは、わずかに微笑んだ。この青年は、本当に私についてきてくれる。その事実が、ゼノリスの胸を温かくした。
二人は、さらに森の奥へと歩を進めた。
◇◇◇
森が、少しずつ変化していく。
木々が密になり、光が減っていく。先ほどまで明るかった森が、徐々に薄暗くなっていく。木漏れ日の筋は細くなり、地面を照らす光は弱まっていく。空気が、ひんやりとしてくる。湿り気を帯びた空気が、肌に触れる。
ゼノリスは、カイロに語りかけた。
「大森林の奥深くに、人の目を逃れた集落があると聞いた事があります」
カイロの足が、わずかに止まった。驚いたのだろう。だが、すぐに歩き出す。
「……集落、ですか」
「はい。隠れ里と呼ばれている場所です」
ゼノリスは、かつて聞いた話を思い出していた。魔王として君臨していた頃、配下の者たちから聞いた話。
大森林の奥には、人の目を逃れて暮らす者たちがいる。追われた者、逃げた者、捨てられた者。そういった者たちが、ひっそりと暮らしている場所があると。
「隠れ里……」
カイロが、その言葉を繰り返す。
「そこは、どのような場所なのでしょうか」
ゼノリスは、答えた。
「詳しくは分かりません。ただ、人族の支配を逃れた者たちが、細々と暮らしていると聞いています」
カイロの表情が、わずかに変わった。希望がその瞳に宿ったように見えた。
「……そこを、拠点にするのですか」
「はい。もし、その集落がまだ存在しているのなら」
ゼノリスは、前を見つめた。森の奥。まだ見ぬ場所。そこに、隠れ里があるはずだ。
「ただし」
ゼノリスは、言葉を続けた。
「その集落がどのような状態かは分かりません。もしかしたら、既に滅んでいるかもしれない。あるいは、我々を受け入れてくれないかもしれない」
カイロは、頷いた。
「……ですが、行く価値はある、と」
「はい。少なくとも、人族の目が届かない場所です。そこで力を蓄え、準備を整える。それが、今の私たちにできることです」
カイロは、静かに答えた。
「承知しました。ゼノリス様がそう仰るのであれば、俺はついていきます」
その言葉には、迷いがなかった。ゼノリスは、カイロの横顔を見つめながら感謝した。
「ありがとう」
ゼノリスの胸に、確かな手応えがあった。一人ではない。もう、一人ではない。共に歩む者がいる。それが、どれほど心強いことか。
二人は、森の奥へと歩き続けた。木々の間を抜け、獣道を辿り、ゆっくりと、だが確実に進んでいく。
◇◇◇
森が、さらに深くなった。
光がほとんど届かなくなり、周囲は薄暗い。木々の幹は太くなり、根が地面を這っている。苔が生え、湿った匂いが漂っている。土と木の匂い。腐葉土の匂い。生命が循環している、森の匂い。
ゼノリスは、歩きながら考えていた。
拠点を作る。力を蓄える。それが第一歩だ。だが、それだけでは足りない。
カイロは優秀だ。だが、一人では限界がある。私自身も、まだ魔力が完全には回復していない。
もっと、仲間が必要だ。
私についてきてくれる者。私を信じてくれる者。そして──私が救うべき者。
世界には、まだたくさんいるはずだ。才能がありながら、正しく評価されていない者たちが。無能だと蔑まれ、捨てられた者たちが。だが、その中には、磨けば輝く原石がいる。カイロのように。
私は、そういった者たちを見つけ出し、救い、導かなければならない。
それが、私の使命だ。
ゼノリスは、隣を歩くカイロを見た。カイロは、静かに前を見つめて歩いている。その横顔には、確固たる意志が宿っている。
この青年のような者が、もっといるはずだ。
人族の支配から逃れ、森の奥に隠れている者。あるいは、まだ人族の手の中で苦しんでいる者。そういった者たちを、一人ずつ救っていく。
それが、私がすべきことだ。
ゼノリスは、静かに口を開いた。
「カイロ」
カイロが、ゼノリスを見る。
「これから、私たちは多くの者を迎え入れることになるでしょう」
カイロは言葉を選ぶように間を置いた。やがて、静かに答えた。
「……ゼノリス様が救うべき者を、俺も共に迎え入れます」
ゼノリスは、微笑んだ。
「ありがとう。君の力が、必要です」
カイロは、頷いた。その目には、決意が宿っていた。
二人の足音だけが、静かに森に響いていた。
◇◇◇
二人は、黙って歩き続けた。
もう、言葉は必要なかった。ただ、前を向いて歩く。それだけで、十分だった。
ゼノリスの心に、静かな決意が宿っていた。
私は、もう一度立ち上がる。王として。いや、王などという肩書きは、もうどうでもいい。ただ、正しい者が正しく評価される世界を作る。
才能ある者が、その才能を発揮できる場所を作る。誰もが、自分の価値を認められる国を作る。
そのために、私は戦う。
そのために、私は仲間を集める。
足音が、森に響く。二人の足音が、重なり合って一つの音になる。乾いた葉を踏む音。枝を踏む音。土を踏む音。
森は、静かだった。鳥の声も、風の音も、遠くで聞こえるだけ。二人を包み込むのは、深い静寂。だが、それは孤独の静寂ではない。共にある者同士の、穏やかな静寂。
ゼノリスは、カイロの横顔を見た。この青年は、もう迷っていない。確かな足取りで、私の隣を歩いている。
ゼノリスは、心の中で呟いた。
まずは、隠れ里を見つけよう。そこを拠点とし、力を蓄える。そして、一人ずつ、仲間を増やしていく。
二人の歩みは、止まらない。森の奥へ、奥へと進んでいく。木々の間を抜け、獣道を辿り、一歩ずつ、確実に。
やがて、森がさらに深くなった。光がほとんど届かず、周囲は暗い。湿った空気が、肌にまとわりつく。遠くで、獣の鳴き声が聞こえる。
だが、ゼノリスは恐れなかった。
カイロがいる。共に歩む者がいる。そして、これから出会う者たちがいる。
ゼノリスは、前を見つめた。
まずは、隠れ里だ。そこから、すべてが始まる。
ゼノリスとカイロは、森の奥へと歩き続けた。木々の影が二人を包み込み、やがて薄暗い森の中へと溶けていく。だが、二人の歩みは続いている。止まることなく、前へ、前へと。




