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「命乞いした腰抜け」と汚名を着せられた魔王、その瞳で真実を暴く ~「無能」と捨てられた逸材たちを最強へと導き、誠実な国造りを始めます~  作者: ぼん
第一部:再始

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第10話:「解放の鎖」

 ゼノリスは、足枷をじっと見つめた。


 重い鉄の輪が、青年の両足首に深く食い込んでいる。錆びた金属の表面は粗く、あちこちに傷がついている。長い年月、多くの者を縛ってきた証だ。


 青年の足首は、赤く腫れ上がっている。皮膚が擦り切れ、血が滲んでいる。足枷の内側には、乾いた血が固まっていた。


 ゼノリスは、足枷に手をかけた。


 冷たい鉄の感触が、掌に伝わってくる。ざらついた表面。指先に錆が付着し、わずかにざらりとした感触が残る。鎖がガチャリと音を立て、地面を這う。


 重い。


 この足枷は、ただの鉄ではない。魔力で強化されているわけでもない。だが、その重さは物理的なものだけではない。


 この鎖は、青年の心をも縛っていた。


 ゼノリスは、静かに息を吐いた。


 自分の体内を確認する。魔力は、ほぼ枯渇している。今もまだ回復していない。通常の魔術を使うことすら難しい状態だ。


 だが──


 至極の理の力ならば。


 この鎖を、断ち切ることができる。


 ゼノリスは、青年を見上げた。


 青年は、息を呑んでいる。目を見開き、男の手を見つめている。期待と不安が入り混じった表情だ。


 ゼノリスは、静かに言った。


「この鎖を、今ここで断ち切ります」


 青年の目が、眼窩から落ちそうなぐらい見開かれる。


 本当に、壊せるのか。


 その疑問が、青年の表情に浮かんでいる。


 当然だろう。この足枷は、頑丈に作られている。普通の人では、壊すことなどできない。青年も、何度も試したはずだ。だが、壊れなかった。


 ゼノリスは、微笑んだ。


「君を縛るこの鎖も、もう必要ありません」


 そして──手に、力を込めた。


◇◇◇


 ゼノリスの手に、力が集中していく。


 魔力ではない。それとは違う、何か別の力。深く、静かで、だが圧倒的な力。


 至極の理──


 世界の理を見抜き、否定する権能。


 ゼノリスの瞳が、わずかに深淵の色を帯びる。完全な発動ではない。だが、足枷を壊すには十分だ。


 足枷が、軋み始めた。


 キィ、キィと金属が軋む音が響く。まるで、何かに抵抗しているかのように。


 ゼノリスの手に、さらに力が込められる。


 足枷の表面に、亀裂が走った。


 ピシッ。


 小さな音。だが、確かに聞こえる音。


 亀裂が広がっていく。一本、また一本と。細い線が、足枷の表面を這っていく。錆びた鉄が、内側から割れていく。


 金属の悲鳴のような音が、森に響いた。


 キィィィン。


 高く、鋭い音。木々の葉が震え、鳥たちが驚いて飛び立つ。


 亀裂が、さらに広がる。


 ゼノリスの指先から、わずかな光が漏れる。それは魔力の光ではない。権能そのものの輝き。世界の理を書き換える、絶対的な力の顕現。


 空気が震える。わずかな振動が、地面を伝わり、周囲に広がっていく。


 足枷が、大きく軋んだ。


 ミシミシと音を立て、形が歪んでいく。頑丈な鉄が、まるで粘土のように変形していく。


 焼けた金属の匂いが、鼻をつく。熱が発生しているわけではない。だが、何かが変化している。物質そのものが、理を失っていく。


 そして──。


 足枷が、砕け散った。


◇◇◇


 ガシャァァン。


 破壊音が、森に響き渡った。


 鉄の足枷が粉々に砕け、無数の金属片となって飛び散る。小さな破片が地面に降り注ぎ、カラカラと乾いた音を立てる。


 鎖が、ドサリと地面に落ちた。


 重い音。だが、それはもう青年を縛る鎖ではない。ただの鉄の塊だ。


 破壊音が木々に反響し、何度も森の中を駆け巡る。ガシャン、ガシャン、ガシャンと。やがて、その音も遠ざかり、消えていく。


 静寂が、戻った。


 風が吹き抜け、木々の葉が揺れる。鳥たちが、恐る恐る鳴き始める。


 ゼノリスは、手を下ろした。


 掌には、わずかに金属の粉が付着している。それを払い落とし、青年を見上げる。


 青年は、動けずにいた。


 目を見開き、自分の足首を見つめている。呼吸が止まり、体が硬直している。


 ゼノリスは、静かに微笑んだ。


「もう、君を縛るものはありません」


◇◇◇


 カイロは、自分の足首を見つめた。


 足枷が、……ない。


 鎖が、……ない。


 長い間、俺を縛り続けてきた鉄の輪が消えている。


 足首が軽い。


 初めての感覚だった。


 カイロは、幼い頃に捕らえられた。その時から、ずっと足枷を嵌められていた。何年も、何年も。足枷のない状態を、カイロは忘れていた。


 いや──忘れていたのではない。最初から、知らなかったのかもしれない。


 これが、自由なのか。


 カイロは、足を動かした。


 膝を曲げる。足首を回す。地面を踏みしめる。


 鎖の音がしない。


 ガチャリという音が、しない。


 いつも聞こえていた音が消えている。


 風が、足首に触れる。冷たい風が、肌に直接触れる。足枷に遮られることなく。


 地面の感触が、足から伝わってくる。泥の冷たさ。草の感触。地面の硬さ。


 すべてが、鮮明に感じられる。


 鳥の鳴き声が、耳に入る。木々の葉が擦れ合う音。風が吹き抜ける音。


 森の匂いが、鼻をつく。土の匂い。草の匂い。木の匂い。


 幼い頃に失ったすべてが、戻ってきた気がする。


 カイロは、涙が出そうになった。


 だが──まだだ。


 また、泣くわけにはいかない。


 カイロは、立ち上がろうとした。


 だが、体が震える。足に力が入らない。荷物の重さが、背中に食い込んでいる。


 その時。


 男が、手を差し伸べた。


 カイロは、その手を見つめた。大きな手だ。傷だらけだが、力強い。


 この男は、俺を助けてくれた。


 謝罪してくれた。


 価値を認めてくれた。


 そして──鎖を、断ち切ってくれた。


 カイロは、その手を取った。


 温かい。


 男の手は、温かかった。力強く、だが優しく、カイロの手を握る。


 そして──引き上げてくれた。


 カイロは、立ち上がった。


 足枷なしで。鎖なしで。


 初めて、自分の足で立った。


 地面を踏みしめる。足の裏に、地面の硬さが伝わる。体重を支える感覚。バランスを取る感覚。


 忘れていたものすべてが、よみがえるようだ。


 カイロは、男を見た。


 男は、静かに微笑んでいる。


 その笑みには、喜びがあった。カイロが立ち上がったことを、心から喜んでいる笑み。


 カイロの胸の奥に、何かが込み上げてくる。


 この男に、従おう。


 この男のために、力を尽くそう。


 この男が望む世界を、一緒に作ろう。


 カイロは、男の手を離した。


 そして──ゆっくりと、男の前に跪いた。


 片膝を地面につける。


 もう片方の膝を立て、背筋を伸ばす。


 頭を下げる。


 男の足元を見つめながら、カイロは言った。


「……俺……私を、あなたの下に置いてください」


 声は、静かだった。だが、確固たる意志を込めて。


 男は、何も言わなかった。


 ただ、静かに立っている。


 カイロは、頭を下げたまま待った。


 返事を待つ。この男が、どう答えるかを。


 風が吹き抜ける。木々の葉が揺れ、ざわざわと音を立てる。


 そして──。


 男の声が、静かに響いた。



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