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断罪された悪役令嬢は「国外追放」先で人生やり直し中です   作者: 九葉(くずは)


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第5話 熱と、嘘と、本当のこと

目を開けると、見慣れた天井があった。


自分の部屋だ。店の二階、小さなベッドの上。窓からは朝の光が差し込んでいる。


体が重い。頭がぼんやりする。何があったのか、すぐには思い出せなかった。


「起きたか」


声がして、首を動かした。ベッドの脇に、レオが座っていた。椅子を引き寄せて、腕を組んで、こちらを見ている。その目の下には、くっきりと隈があった。


「レオ、さん……?」


「熱を出して倒れた。覚えているか」


言われて、記憶が断片的に戻ってきた。昨日——いや、一昨日か——の夕方、厨房で立っていられなくなった。視界が揺れて、床が近づいてきて。そこから先は、よく覚えていない。


「お店は……」


「閉めた。お前が倒れたまま営業できるわけがない」


レオの声は素っ気なかったけれど、どこか棘がない。


「どれくらい、寝ていましたか」


「丸一日と少し」


そんなに。慌てて起き上がろうとしたら、頭がぐらりと揺れた。レオの手が、私の肩を押さえた。


「寝てろ。まだ熱がある」


「でも、お店を——」


「店より自分の体が先だ。馬鹿か」


馬鹿か、と言われたのは初めてだった。でも、怒っているというより、呆れているような響きだった。


「レオさんは、ずっとここに……?」


「……任務だ」


「任務?」


「お前が死ぬと、報告書が面倒になる」


意味が分からない。誰への報告書なのか。でも、聞き返す前にレオは立ち上がった。


「粥を作ってある。食えるか」


「作って……レオさんが?」


「不味かったら残せ」


彼は部屋を出ていった。私は呆然と、その背中を見送った。


---


粥は、意外にも美味しかった。


塩加減がちょうどよくて、米の炊き加減も悪くない。具は何も入っていない、素朴な粥。でも、熱で弱った体に染み渡るような優しい味だった。


「……美味しいです」


「そうか」


レオは窓辺に立って、外を見ていた。朝日が彼の横顔を照らしている。


粥を食べながら、私はふと、自分の右手を見た。何か、覚えている気がする。夜中、うなされていた時——誰かが、この手を握っていた。温かくて、大きくて、少しだけ震えている手。


「レオさん」


「何だ」


「昨夜……手を、握ってくれましたか」


レオの背中が、ぴくりと動いた。振り向かない。


「……覚えてないな」


「そうですか」


嘘だ、と思った。根拠はない。でも、彼の声が少しだけ低くなったのが分かった。


「温かかったんです。誰かの手が」


「……熱のせいで夢でも見たんだろう」


「そうかもしれません」


私は粥の残りを口に運んだ。聞かないことにした。彼が「覚えてない」と言うなら、それでいい。


でも、手の温もりだけは、確かに覚えている。


---


体調が少し回復した午後、レオが一階に降りてくるよう言った。


店は閉まっている。テーブルには二人分の紅茶が用意されていた。レオが淹れたのだろう。香りは悪くないが、少し濃い。


「話がある」


レオは向かいの椅子に座り、私を真っ直ぐ見た。


「お前の母親のことだ」


心臓が跳ねた。


「継母が、噂を流している。『ノエルの実母セレスティアは、フェリクスのスパイだった』と」


血の気が引いた。スパイ。母が。そんなはずがない。


「嘘です。母は——」


「分かっている」


レオは静かに遮った。


「調べた。お前の母は、スパイではない」


「調べた……?」


「俺には、そういう伝手がある」


伝手。どんな伝手があれば、三十年前の話をこんな短期間で調べられるのか。疑問は浮かんだけれど、今はそれどころではなかった。


「お前の母、セレスティア・フォン・シュテルンは——三十年前の聖精戦争で、両国の和平のために尽力した外交官だ」


「和平のために……」


「停戦協定の締結に、非公式に関わっていた。フェリクス側の記録にも残っている。『国境を越えて両国の橋渡しをした勇敢な女性』と」


母が。そんな人だったなんて、知らなかった。継母が来てから、母の話をする人は屋敷にいなくなった。父ですら、母の名前を口にしなくなった。


「継母の噂は、完全な虚偽だ。だが——」


レオは一度言葉を切った。


「噂は広まり始めている。放置すれば、お前の立場が危うくなる可能性がある」


「どうすれば……」


「俺が手を打つ。お前は何もしなくていい」


「でも——」


「お前の母は、スパイではなく英雄だった。その事実を、然るべき形で知らしめる」


レオの目は真剣だった。金色の瞳が、揺らがずに私を見ている。


「信じろ。俺を」


その言葉が、胸に落ちた。


「……はい」


頷くと、レオは小さく息を吐いた。緊張していたのだろうか。


「それと、もう一つ」


「何ですか?」


「聖女の話だ」


聖女。マリアベル様。私を断罪した、あの人。


「エルステリアの聖女が、和平交渉を妨害しているという噂がある」


「妨害……?」


「フェリクスとエルステリアは、三十年間、正式な和平条約を結べていない。停戦協定だけで、ずっと冷戦状態だ。何度か交渉の機会はあったが、その度に話が流れている」


レオは紅茶を一口飲んだ。


「その裏で、聖女が動いているという話が出ている。『神託』を理由に、和平を阻止しようとしていると」


私を断罪した聖女が、和平も妨害している。本当なら、彼女は何を望んでいるのだろう。


「まだ噂の段階だ。確証はない。だが——」


レオは私を見た。


「お前の母が和平のために命を懸けたなら、それを潰そうとしている者がいる。俺は、それが許せない」


---


夕方、レオは帰っていった。「また明日来る」と、いつもの言葉を残して。


私は一人、店の中に立っていた。


母のこと。聖女のこと。継母のこと。頭の中で、いろんなことが渦巻いている。


でも、一つだけ確かなことがあった。


母は、スパイなんかじゃなかった。


両国の和平のために戦った人だった。私の知らないところで、そんな大きなことを成し遂げていた人だった。


継母は、その真実を「嘘」で塗り潰そうとした。でも、逆に真実が掘り起こされた。皮肉な話だ。


窓の外を見た。夕日がフェリクスの街並みを赤く染めている。


聖女の「和平妨害」。もしそれが本当なら——。


あの人は、「神の代弁者」なんかじゃない。


私を冤罪で追放し、母の遺志を踏みにじろうとしている人。


いつか、真実が明らかになる日が来るのだろうか。


母の名誉が回復する日が。


私はブローチを握りしめた。母の形見。唯一の繋がり。


「お母様」


小さく呟いた。


「私、あなたのこと、もっと知りたいです」


返事はない。でも、胸の奥で、何かが温かくなった気がした。

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