表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢は「国外追放」先で人生やり直し中です   作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話 さようなら、私の祖国

夜会の喧騒が、私の耳には遠く聞こえていた。シャンデリアの光が大広間を照らし、貴婦人たちのドレスが花のように揺れている。音楽、笑い声、囁き。華やかな夜のはずだった。


けれど今、その全てが静まり返っている。


「——よって、ノエル・フォン・アルトシュタインとの婚約を破棄する」


王太子エドワード殿下の声が、広間に響き渡った。金色の髪、空のように澄んだ青い瞳。かつて私の婚約者だった人。その隣には、聖女マリアベル様が寄り添っている。


「聖女を虐げ、陥れようとした罪。神託により、その悪行は明らかである」


マリアベル様が、そっと涙を拭う仕草をした。金色の巻き毛に翠緑の瞳、白と金の法衣。天使のような、と評される美貌が、今は悲しみに濡れている——ように見える。


「わたくし、ノエル様を恨んでなどおりません……ただ、真実を知っていただきたかっただけなのです……」


周囲から同情のため息が漏れる。私は何も言えなかった。身に覚えがない。聖女様と話したことすら、ほとんどないのに。


視線が集まる。蔑み、嘲り、哀れみ。貴族たちの顔が、私を取り囲んでいる。


「証人を」


王太子殿下の声に、数人の侍女が進み出た。かつて私に仕えていた者たちだ。


「ノエル様は、聖女様の悪い噂を広めるよう命じました」


「聖女様の部屋に毒蛇を放つよう指示されました」


「殿下への手紙を偽造し、聖女様を陥れようとしました」


嘘だ。全部、嘘だ。けれど私の声は出ない。喉が詰まって、言葉が形にならない。


父の姿を探した。公爵として、せめて一言——。広間の端、継母の隣にいた。目が合った、と思った。でも、父はすぐに視線を逸らした。継母が父の腕を取り、何か囁いている。父は頷いて、私から顔を背けた。


ああ、そうか。最後の糸が、ぷつりと切れた気がした。


誰も、庇ってくれない。当然だ。聖女の神託に逆らえる者など、この国にはいない。


瞬間、頭の奥で何かが弾けた。眩暈がする。視界がぐらりと揺れる。走馬灯のように、知らない記憶が流れ込んでくる。


狭いアパートの一室。製菓専門学校の教室。カフェのアルバイト。焼き上がったマドレーヌの香り。


——ああ、そうだ。私は、高橋詩織だった。


22歳。製菓専門学校の2年生。自分の店を持つのが夢で、でも叶わないまま——駅のホームで意識が遠のいて、気づいたらこの世界にいた。18年間、ずっと「ノエル」として生きてきた。前世の記憶を忘れたまま。それが今、断罪という名の衝撃で、全部思い出した。


頭の中が急速に整理されていく。そうか。この理不尽さ。この違和感。私は「悪役令嬢」として、最初から排除される運命だったのかもしれない。


でも——私は、悪いことなんてしていない。


「ノエル・フォン・アルトシュタイン。国外追放を申し渡す。持ち出しは一切禁ずる。明朝、国境へ護送せよ」


継母が、小さく微笑んだのが見えた。ああ、そういうこと。「持ち出し禁止」。私物すら許さない徹底ぶり。これは断罪ではない。排除だ。私の存在を、完全に消したいのだ。


広間が、私の返答を待っている。泣き叫ぶか、命乞いをするか、それとも——。


自然と、口角が上がった。


「——ありがとうございます」


声が出た。自分でも驚くほど、澄んだ声だった。広間がざわめく。


「これでやっと、自分の人生が始められます」


王太子殿下の眉が寄る。聖女様の微笑みが、一瞬だけ凍りついた。


「……何を言っている」


「言葉の通りです、殿下。18年間、私はずっと誰かに決められた人生を歩んでまいりました。婚約も、立場も、すべて」


深く、優雅に、一礼する。公爵令嬢として叩き込まれた所作で。


「その鎖を解いてくださったこと、心より感謝いたします」


顔を上げる。まっすぐに、王太子殿下を見た。


「——さようなら、エドワード殿下」


聖女様の顔色が変わった。王太子殿下は眉間に皺を寄せている。これは彼らの望んだ反応ではなかったのだろう。泣いて縋る「悪役令嬢」を、衆人の前で切り捨てる——そんな筋書きだったはずだ。笑顔で去られては、勝った気がしない。その困惑が、今の私には小さな勝利だった。


踵を返す。貴族たちの間を歩く。囁き声が追いかけてくるけれど、もう聞こえない。私は、自分の足で歩いている。それだけで、十分だった。


---


翌朝、国境の関所。護送の馬車は冷たく、一晩中眠れなかった。


持ち出しを許されたのは、身に着けていた母の形見のブローチだけ。銀の台座に紫水晶が嵌め込まれた、小さな宝物。


兵士が、私の腕を取った。


「再入国禁止の刻印を押す」


魔法陣が描かれた台に手首を置かれる。冷たい光が走り、皮膚に何かが刻まれる感覚。痛みはない。でも、何かが閉じた気がした。


「これでお前は、二度とエルステリアの土を踏めない」


「……承知しております」


兵士が顎で示す。「行け。フェリクスへ」


国境の橋を渡る。振り返らなかった。石畳が変わる。空気が、少しだけ潮の香りを含んでいる。ここはもう、フェリクス王国。言葉は分かる。幼い頃、母から習ったから。でも、金はない。知り合いもいない。


その時、足元で何かが光った。


ブローチだ。いつの間にか、留め具が外れて落ちていた。慌てて拾おうとして、先に誰かの手が伸びた。


顔を上げる。旅装の青年が立っていた。黒髪に、金色の瞳。質素な服だけれど、身のこなしに無駄がない。彼は無言でブローチを拾い、私に差し出した。


「……ありがとうございます」


「ああ」


それだけだった。一瞬、彼の視線が私の顔をなぞった気がした。銀髪と紫眼を、観察するように。気のせいかもしれない。青年は踵を返し、すぐに人混みに消えていった。腰には、手入れされた短剣が見えた。


旅人だろうか。分からないけれど、考えている余裕はない。


私は、異国の地に立っている。金も、住む場所も、頼れる人もいない。


でも——胸のブローチを、そっと握りしめた。お母様の形見。唯一、私に残されたもの。


前世で、私は「自分の店を持つ」という夢を叶えられなかった。今世では——。


空を見上げる。フェリクスの空は、エルステリアより少しだけ青が深い。決意が、静かに胸に満ちていく。


「私は、自分で選んだ場所で生きる」


誰に言うでもなく、呟いた。風が、私の銀髪を揺らした。


新しい人生の、最初の一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ