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サルパ  作者: 望音歌


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1/2

冷酷英雄

地球は、戦争ばかり。


平和を願う声より、銃声の方がよく響く。

国境は線ではなく、いつだって火の海だった。

誰もが、誰かを疑う世界。

誰もが、誰かを傷つける世界。

私はその中で、ひとつだけ信じていた。

平和は、きっと存在する。


たとえ、まだ誰も見つけていなくても。


「サルパ!サルパ万歳だ!」

歓声が波のように押し寄せる。

手を振る者。泣き崩れる者。

皆、私を見上げて笑っている。


国を守る英雄


そう呼ばれた。

私の力に救われたと言われた。

私の存在が誇りだとも。

それなら、私はきっと正しい。

平和は、すぐそこまで来ている。


ずっと、そう信じていた。


「サルパ!ありがとう!」


老人が涙を拭いながら何度も頭を下げる。

子どもが花束を抱えて、私の足元に置いた。

私は微笑もうとした。

……でも、顔の筋肉は動かなかった。

感謝の示し方を、私は知らない。

聖堂の鐘のように、規則正しい拍動音が体の奥で響いている。それは心臓ではなく、私の動力源だと教えられた。

血の代わりに、透明な液体が私の体を満たしている。

国民たちは私を英雄と呼ぶ。


でも、私は、本当に人間なのだろうか。


警報が鳴り響いたのは、祝賀のために掲げられた旗がまだ風になびいていた時だった。


「敵軍が侵攻中!至急迎撃を!」


私はただ命じられた通りに、前へ出る。民衆の熱気が、すぐに静寂へと変わった。

大地が揺れる。

砲弾の雨が、灰色の煙を噴き上げる。

私は歩みを止めない。

飛来する弾丸が腕に触れた瞬間。

溶けて消えた。

毒ガスが視界を覆っても、私の肺は何も感じない。

「標的確認。殲滅を開始します」

自分ではない誰かが話しているような、無機質な声が口からこぼれる。

私は姿を融かし、空気に溶けるように透明になる。

敵兵が怯えた声を上げる。

「どこだ……?消えた……!」

彼らの背後から手を伸ばし、

ただ一言だけ呟く。


「平和のために」


戦闘が終わった。敵軍は一人も残っていない。

私は兵器庫に戻るよう命じられていたが、見慣れた街の方へ歩いてしまった。さっきまで私を称えていた人々が、道の端に押し寄せている。だが、さっきまでとは違う眼で。


「あれ……本当に人間なのか?」

「弾を喰ったぞ……?」

「怖い……あの目」


ささやき声が、針のように私の皮膚に刺さる。

彼らの視線が、英雄を見るそれではない。

恐れるものを見る、暗い影。

私は、平和を望む者なのに。

「……どうして?」

音にならない声が、唇を震わせる。

平和のために戦っているのに。

平和の象徴になれないのは、どうして?

こめかみの奥が、冷たい手で掴まれたように痛む。

何かが、目の前で霞んだ。

戦火の赤でも、煙の灰でもない。

もっと、暖かい……何か。

それが何かは、思い出せない。

けれど胸が締め付けられる。

どうしようもなく、苦しい。


「平和は、どこにあるの……?」




「サルパ」

背中から呼ばれた。

振り向くと、軍服に白い腕章をつけた男が立っていた。

「怖がらなくていい。

彼らはただ、君の力を理解できていないだけだ」

穏やかな声。

私を見る視線は、怯えよりも好奇心に近い。

私は安心した。

けれど、その安心には形がなかった。

「君は世界を救うために造られた。

間違ってなんかいない」

彼は微笑んだ。

どこかで練習したような、綺麗すぎる笑みで。

その手が、私の腕に触れる。温度はない。

「君を守りたいんだ。

人々の誤解からも、余計な指示からも」

守る?なら、どうして腕を掴むの?

「安心していい。すべては、平和のために」

その言葉は、私の信じているものと同じはずなのに。

何故か少しだけ、冷たく聞こえた。


「……被害報告を」

会議室に、低い声が響いた。

モニターには戦場跡の映像。

敵兵の姿は一つも無く、

あるのは静寂と灰だけ。


「サルパの戦闘によるものです。

我が軍に死者はゼロ。

しかし……」


「しかし?」


「国民の一部で、恐怖が高まっています。

“制御できない怪物ではないか”と」


室内の空気が重くなる。

「英雄でありながら、怪物でもある……か」


一人が資料を叩く。

「問題は、あれを保有しているという事実が

他国を刺激している点です」


「つまりサルパの存在自体が戦争を呼ぶ。」

「そうだ。皮肉なものだな。

平和のための兵器が、平和を遠ざけている。」


机の上に、一枚の紙が置かれた。

『緊急対策案:サルパ管理および処分検討』


「“英雄”ごっこはここまでにしておけ。

今のうちに処分方法を考えておくべきだ」


誰も反論はしなかった。

その議決は、静かに、しかし確実に、

サルパの未来を奪い始めた。


「緊急救援要請!

市街地で瓦礫崩落、住民が取り残されています!」


指令が飛ぶと同時に、私は駆け出していた。

声にならない悲鳴が、煙の中で震えている。

私は瓦礫の隙間に手を差し入れる。

透明化して形を変え、

中に閉じ込められた少女を包み込む。


「……大丈夫。怖くない」


少女の体は小刻みに震えている。

私はゆっくりと姿を戻し、安全な場所へと送り出した。

救助された家族たちが少女に駆け寄る。


「よかった……!」

「ありがとう、ありがとう……!」


喜びに溢れた声。

だが、その瞬間だけだった。

家族の視線が、少女の後ろに立つ私へと移る。

瞳に宿った光が、凍りつく。


「……触れられた?」

「手の跡が……皮膚に残ってる……」

「あれは、何なんだ……?」


私は手を見る。

透明な液体が一滴、指先から落ちた。

救ったはずなのに。

なぜ、怯えられるの?

ダメージなんて受けるはずのない体が、

胸の奥で微かに痛んだ。


「……平和のために、したのに」





「……このままでは国が保てん」


薄暗いブリーフィングルーム。

机の上には、サルパの映像が映っている。

救助直後の、怯えられる姿。


「国民はもう限界だ」

「安心できる兵器でなければ意味がない」


口々に放たれる言葉は、

どれもサルパへの感謝を消し去っていた。


その中で、先程サルパに優しい言葉をかけた保護派の男が、小さく手を挙げる。


「私に預けていただきたい」

「管理は私が行う。

サルパを制御下に置くことを約束する」


「制御できなければ?」


男はわずかに目を伏せた。

そして、迷いのない声で告げた。


「……処分します」


その瞬間、保護という言葉の意味が音もなく変わった。


「決まりだ。サルパ管理計画、開始」


静かに置かれたハンコの音が、

未来を断ち切る刃音に聞こえた。




「サルパ、戻ろう。休ませてあげたい」


保護派の男が優しい声で言う。

その手は、相変わらず温度がない。


私は歩く。

人々の視線が突き刺さる街を、

男の後ろについて。


ふと、耳の奥で、聞こえるはずのない声が泡のように浮かんだ。


……処分……


「……いま、何か言った?」


男は止まらずに答える。

「気のせいじゃないかな」


私は首を傾げる。

確かに聞こえた。

はっきりと。

私を、処分するという声が。


“平和のために”

その言葉を信じてきた。


けれど、いま胸の奥で。

別の言葉が牙を剥く。


なにか、おかしい。


その違和感は

戦場の痛みよりも鋭く

私の中で静かに育ちはじめた。


歩きながら、ふと足を止めた。

ありもしない香りが鼻先をかすめる。

温かい湯気。どこか甘い匂い。


「……なに、これ」


頭の奥で光が揺らめく。

握ったことのないはずの手。

聞いたことがないはずの声。


また作るよ、今日は特別だから


笑い声。

なぜか泣きたくなるほど優しい。


「私は……

どうして戦ってるんだろう」


平和のため。

そう答える前に、なぜか胸が痛んだ。


「着いたよ、サルパ」


男の声で、現実に引き戻された。

目の前には白い施設がそびえ立つ。

壁だけが高く、窓は小さい。

病院でも、基地でもない。


「ここが君の新しい居場所だ」


居場所

その言葉に、一瞬だけ救われたような気がした。


中へ入ると、鍵の閉まる音が静かに響いた。


「安心して。君を守るためだ」


男の声は優しいまま。

だけど、その優しさは、壁の厚さほど重く感じた。


私は疑問を飲み込む。


平和のためなら、これでいい。


そう言い聞かせるように、

奥の暗がりへと歩いた。




とある夜。

施設の壁は冷たく、眠気を寄せつけなかった。


ふと、外のざわめきが聞こえた。

小さな声が、やがて怒号に変わる。


「サルパを処分しろ!」

「怪物はいらない!」

「平和を乱す兵器なんて必要ない!」


震える息が、胸で絡まる。


私は何も悪いことをしていない。

守ってきた。

助けてきた。


それなのに。


我慢できず、廊下へ出る。

その時、声が耳を刺した。


「処分は近い。もうあれを保てない」


扉の向こうから、軍人たちの会話。


「他国への抑止力にもならん。

奴らは今夜にも攻めてくる」

「サルパを盾にするつもりか?」

「仕方ない、犠牲になってもらう」


音が消えたように思えた。

私を、世界のための肉壁にするつもりなんだ。

何かが、静かに砕ける音がした。


「平和のため、だって……?」


呟きが震え、唇が痛いほど噛み締められる。


私が信じてきた平和は、

私を犠牲にするための言い訳だったの?


足音が遠ざかる。

兵士たちは私の存在を、

すでに“処分する前提”で話していた。

私は、まだここにいるのに。

なぜ。

壁に触れる。

ひんやりとして硬い。

それは、人の心と同じだ。


「私は……ずっと、平和を信じてきたのに」


誰も答えない。

だから、答えは自分で出すしかない。

指先が透明に溶けていく。

壁の粒子が、音もなく剥がれてゆく。

監視カメラがノイズを吐き、警報の赤が走った。


「サルパ!待て!」


声は追ってくる。

でも、届かない。


私は姿を消し、ただ前へ。

夜風が頬を撫でた時、

胸の奥で何かが冷たく笑った。


「平和を……私が創る」


静かに。しかし、確かに。


世界が敵に回った瞬間だった。

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