声でお仕事
ある台風の日に、あるコールセンターで起こったこと。
「私は声でお仕事」と言えば、「声優」、「ディージェイ」や「歌手」などの仕事をしていると思われるだろう。残念だが、私はそういうような素敵な仕事をしているのではなく、ごく普通のコールセンターで働いているのだ。
コールセンターなので、実際に対面する必要がない。お客様がどんな状況で電話しているのかも把握できなくて、単に声で自分の気持ちを伝えることは、大変難しいと思う。私は航空会社に勤めているので、航空券の予約だけではなく、お客様の「苦情」や「文句」を聞くなどの様々なことしている。それに、いつもいろいろな「面白い」質問をされている。
「昨日の機内食美味しくなかったです。何か補償してもらえるかしら?」
これらも仕事の一部なので、丁寧に対応しなければならない。それでも、一応慣れだと思うが、個人的には天候悪化による遅延や欠航の時が一番大変だ。特に今日のような台風明けの時は、とても辛い…終日お客さんに叱られるからだ。
「お電話ありがとうございます。星航空のジュリアンでございます。」
「僕は小西って言います。あの、すみません、君の席から、空港が見えますか?今飛行機が飛んでいるかどうか知りたいんですけど…。」
何にこれ?冗談にもほどがあるよ!こんな質問をされて、私は言葉がでないほど呆れてしまった。
「…」
数秒後、受話器から困惑した声が小さく聞こえてきた。「すみません…変な質問してしまいまして…実は急用があって、すぐにシドニーへ行かなければならなくて…。」
「はい、承知いたました。少々お待ちください。すぐに調べます。」
予約システムで調べたが、やはり台風が行ったばかりなので、エコノミーは満員だった。
「大変お待たせいたしました!申し訳ございませんが、本日より五日までのエコノミーは満員になっております。」
彼は、「満員ですか?どうしよう…」と、しょんぼり。
一体なぜだろう?彼の声は少し懐かしく、どこかで聞いたことがある気がした。けれど、思い出せなかった。
「そうしましたら、ビジネスクラスはいかがでしょうか?」私は他の提案をした。
「もし席があれば、ビジネスクラスでもかまいません。」
「かしこまりました。少々お待ちください。今調べますので…」
もう一度予約システムで調べたが…ビジネスクラスも満員だった。しかも一番早く乗れるのは明後日の午後の便だ。
ああ、そうだ!その人に頼んだら、何とかしてくれそうだ。
それで、私は自分の携帯で、その人に連絡をした。
その人は私の高校時代の友人で、今空港でグランドハンドリングの担当者だ。
長い知り合いで、お互い性格を良く知っているが、私たちはただの友人だ。これ以上の関係もなく、これ以下でもない。
「もしもし、シュウ君ですか?ジュリアンですけど…今、少し話しても平気ですか?」
「君からかけてくるなんて珍しいな!しかもこんな忙しい時に、一体どうしたの?」着信音が鳴り始めてすぐに電話に出た。
「実はお願いがあるんですけど…」
私が話を続けようと思った時、突然誰かの声がかすかに聞こえてきた。
「嵯峨さん、お客さんが担当者と話したいので、今ビジネスクラスカウンターに来てもらえませんか?」どうやら、グランドスタッフさんがシュウ君とトランシーバで連絡を取っているようだ。
シュウ君が「まったく、今俺電話中なんだよ!お客さんの文句を聞くぐらい自分でやりなさい!」と怒鳴っていた。
「本当にすみませんでした!」そのグランドスタッフさんが謝った。
「すまない!さっき何か言ったっけ?」
それで、私が小西さんのことを話した。私が考えた解決法は「今夜7時の便で元々ビジネスクラスのお客さんをアップグレードさせて、そして小西さんをビジネスクラスに乗せる。」だ。
「――あのさ、その小西って、君の友達?親戚?それとも恋人?」私の話を聞いたシュウ君がこう言った。
「いいえ、ただのお客さんなんですけど…。」
「ただ声が懐かしいって、赤の他人のために、俺にそんなことを頼むなんて、ばかばかしい!」
「すみません…どうしてもその人を手伝ってあげたくて…私が頼めるのはシュウ君だけだから。」
「まぁいい~できないことはないから、君の願いを叶えてやろう!そいつにビジネスクラスカウンターへ着いたら、「中村」を呼んで航空券の手配してもらってて言って。」
「ありがとうございます!」やった!シュウ君が手伝ってくれた!
「俺後でこの件について「中村」に言っておくよ…君のお返しが期待できるよってね!」くすくすと笑いながら、シュウ君が電話を切った。
なんか面倒なことに巻き込まれそうだ。でも、自分から頼んだので、仕方がない。その上、これも一応「ちょっとした人助けだ」と思いながら、小西さんと話を再開した。
「今夜出発できる」と聞いた小西さんはすごく喜んで、何度もお礼を言ってくれた。
その後も、「小西さん」のことが気になって、「彼はその急用に間に合ったのかなあ?」とか「彼はいつ帰ってくるのかしら?」とかいろいろなことを考えて、毎日予約システムで彼の予約を調べていた。しかし彼は必ずうちの便で帰るわけではないので、何も見つからなく…単なる赤の他人なのに、どうして私の心がそわそわと落ち着かなかったのだろう?
私の頭の中は、彼のことでいっぱいになった。
それから、「小西さん」の情報が全然見つからないまま半年が流れた。仕事に没頭する毎日の中で、平穏な日々を送っていた。
そんなある日、仕事中に上司が席のところへ来て話しかけてきた。
「今すぐ会議室へ行きなさい」と。
私は特に何もしなかったのに、どうして行かなければならないと思いながら、会議室へ行った。
ドアをノックして「失礼します!」と言った。ドアを開けると、中に一人の男性が立っていた。
三十代前後の、長身で肩幅が広い男性だった。
「君はジュリアンさんですね!先日は大変お世話になりました!」と、その男性が私の耳に、とても懐かしい声で言った。
「恐れ入りますが、どちらさまでしょうか?」
「僕は小西と言います。君のおかげで、母がなくなる前に会えました。本当にありがとうございました。心から感謝します。もしご迷惑でなければ、お礼に今夜お食事をご馳走させて頂けないでしょうか?」
「ありがとうございます。でもお気持ちだけで十分です。でも…もし割り勘なら行きます!」私はにっこり笑いながら、こう答えた。
≪終わり≫
お読みいただきありがとうございます。
話の一部は昔コールセンターで働いているとき、本当に起こったことです。
もし、面白いと思っていただくなら嬉しいです。