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喧騒の中、街の中心地は今日も人であふれていた。商人たちの呼び声、馬車の車輪の音、どこかの子どもがはしゃぐ声が混ざり合い、空気はどこかせわしない。
イリアは人の波を避けながら、先を歩くカイエルの背中を目印に黙々と歩を進めていた。
その視線は掌に乗せた小さな石に注がれている。カイエルから渡された“試し石”──魔力を確かめるための道具らしいが、どうにも何も起きる気配がない。
「……うーん。…うーん…?」
イリアは石をじぃっと見つめた。
軽く握ってみる。振ってみる。額に当ててみたり、ふっと息を吹きかけてみたりもしたが──石は石のまま、何の反応も示さない。
「……カイエル先生、なにも反応ないです。」
不満げな声を漏らしながら、彼の背中に向けてつぶやく。周囲の喧騒にかき消されそうなほどの控えめなトーンで。
前を歩いていたカイエルは、露店に並ぶ保存用の干し肉に手を伸ばしかけたまま、小さくため息をついた。
「初めはそんなもんだ。」
あっさりとした言葉だけが返ってくる。
「それより──足元、ちゃんと見なさい。」
唐突な指摘にイリアは「えっ」と声を上げ、慌てて視線を下に落とした。ほんの一歩先に、果物の皮が捨てられていた。
──もうちょっとで踏むとこだった……。
「……見てましたよ、一応。」
言い訳のように呟きながらも、視線はまた石へ戻る。その小さな石に、何の意味があるのかはまだわからない。それでも───
(カイエルが買い忘れたって言って買ってくれたもの…せめて少しでも反応があれば……。)
そう思って、イリアはまたそっと握りしめた。
その後…大方の買い物を終えた2人は、街の中央広場近くの石造りの噴水のそばに腰を下ろしていた。周囲には似たように昼食を取る旅人や住民たちの姿がちらほら見える。
イリアは手にしたパン──分厚いベーコンとしゃきしゃきのレタス、それにたっぷりのトマトが挟まれたサンドを片手に、もう片方の手にはあの試し石。ぱくり、とパンにかぶりついたかと思えば、次の瞬間にはまた石をじっと見つめている。
「……んー……。」
咀嚼しながら、真剣な顔で石をひっくり返す。パンの具がこぼれそうになってもお構いなしだ。
そんな彼女を横目で見ながら、カイエルは眉尻をわずかに下げて、肩を竦めた。
「……お嬢さん、食べながらはお行儀が悪いですよ。」
苦笑気味にそう言いながら、自分も手にしたパンにがぶりと豪快にかぶりつく。香ばしく焼けたパンとベーコンの香りが鼻をくすぐる。
イリアはむっとした顔でちらりと彼を見上げたが──彼が同じように食べているのを見て、少しだけ口元を緩めた。
「カイエルだって食べてるじゃないですか……。」
「“ちゃんと食べ終えてから続きをやれ”という教育的配慮です。ここ、間違えないでね。」
「はいはい、カイエル先生すごいですねー。」
パンの端をちぎりながら、イリアはわざとらしく棒読みで応える。
だけど──その声には、さっきまでの不満の色はもう、あまり残っていなかった。
「……。」
───朝、例の教会の外に出た時だった。
少し歩いたあと、カイエルがふと立ち止まった。
「イリア。」
彼女の少し前を歩いていたカイエルが、ふと振り返り声をかけてくる。
「試し石、持ってるか?」
「…えっ?うん、持ってるよ。」
イリアはとっさに返し、外套のポケットを探る。指先が硬い感触に触れると、そっとそれを取り出す。
小さな、水晶のように透明な石。掌に乗せると、ひんやりとした感触が伝わってくる。
試し石──その者の魔力の量にに応じて、蒸気が出る、つまり可視化出来るとカイエルが言ってた代物。。
それを見て、カイエルが少しだけ笑った。
「…今日から少しずつ練習していくぞ。まずは魔力に触れる感覚を掴むんだ。」
いきなりの提案にイリアは少し戸惑った。しかし…
「……え、私も魔法、使えるようになるの……?」
イリアは目を丸くしながら、試し石を見つめ直す。
心の奥で、ぽっと灯る希望。
ずっと自分には魔法も異能も何もないと思っていたから。
けれど、もしかしたら。
もしかしたら、ほんの少しでも、自分にも──
「わ、わかった。やってみる……!」
イリアの言葉に、カイエルはほんの少しだけ頷く。
まるで、それだけで充分だと言うように。
─────
────────
「…現実は厳しいなぁ…!」
「君は何盛大な独り言を発してるんだ?」
「だって…。」
イリアは石を上下に振ってみたり、目を細めて睨んでみたり、しまいにはパンのレタスをちぎって近づけてみたり──どう見ても、魔法ではなく儀式のようだった。
(漫画とかだったら、今この瞬間に“ビカーッ”って光ったりするんだけどなぁ……。)
そんな淡い期待をよそに、石は沈黙を守っている。
「……カイエル先生。やっぱり、お手本見せてくれませんか?」
試し石を握ったまま、イリアがふと顔を上げる。
昼の陽光を反射してきらきらと光る噴水のそばで、彼女はやや不満げな表情を浮かべていた。
「見てるだけじゃ、やっぱり分からなくて……。魔力に触れるって、どういう感覚なんですか?」
パンを食べ終え、手を払っていたカイエルは、その言葉に少しだけ目を細めた。
「お手本、か……ふむ、悪くないな。」
そう言いながら、上着のポケットに手を伸ばす。
「ちょっと待ってろ、確か俺の試し石も──」
だが、その手が途中でピタリと止まった。
「…………。」
「どうしたの?」
イリアが首を傾げて覗き込む。カイエルは、苦笑にも似た微妙な表情を浮かべたまま、手を止めた。
「……ごめん。君の分を買うことばかり考えててな。自分の分…買うの忘れてた。」
「えー!?」
イリアは思わず声を上げた。
「折角見せてもらえると思ったのに……。」
落胆を隠しきれない様子で肩を落とすイリアに、カイエルは軽く手を上げてなだめるように言う。
「後で買ってくる。そしたら改めて、ちゃんと手本を見せるから。……だから、許せ?」
「うーん……じゃあ、それで手を打ちます。」
不満そうに頬を膨らませながらも、イリアは渋々うなずいた。
──ただ、その後。
「………。」
相変わらずの衛兵の不自然な配置と多さに目がいくカイエル。
彼はふと、ポケットの中にある“ それ”をそっと握り直した。
中には、ちゃんと試し石がある──が、それはもう、“普通の”試し石ではなかった。
街の衛兵の事で魔法石店の店主を尋問した際、彼は魔力を込めすぎてしまったのだ。
透明だった石は僅か数秒で大量の蒸気を瞬間的に撒き散らし、まるで紅玉のような濃い真紅へと変わった。
──どう見ても「反応が強すぎる」部類だ。
しかも石の内側は今でもほんのり熱を持っていて、普通の石とは明らかに違ってしまっている。
(……こんなの見せたら、どんな顔されるか分かったもんじゃない。)
軽くため息をつきながら、ポケットから手を出す。
(イリア…君の事だ…。試し石の色を変えられるの!?私もできるかな!…なんて質問攻めを食らいそうだ。面倒だから黙っておこう…。)
イリアには、自分の魔力量を正確に教えるつもりはなかった。まだその時じゃないと思っている。
それに彼女のことを考えるのであればあるほど──
こういう嘘の一つや二つは、必要になる。
「じゃ、次の店で道具屋も寄っていくか。……あそこ、試し石の在庫多かったはずだ。」
「本当?じゃあ次は絶対忘れないでくださいよ?」
「はいはい、お嬢さんのご要望とあらば。」
イリアはふふっと笑い、もう一度試し石を握る。
それはまだ無反応のまま──けれど、彼女の手の中で、何かが少しずつ芽吹いているようだった。
────────
「カイエル。私、魔法が使えるようになったら──収納魔法を極めたい!」
「……また現実的な魔法を突いてきたな。」
「だってほら、荷物多いし?あれがすっぽり消えたら凄く便利だと思って!」
「…まさかとは思うが……君のその鞄、収納魔法ついてないのか?」
「うんっ。そもそも収納魔法があるってことすら知らなかった。」
「……左様ですか。」
魔法が使えたら…なんてウキウキなイリアに対して、カイエルはガックリと項垂れていた。
(通りで1度持った時重かったわけで…。…本当に、旅というより遠足の引率だな。子守り気分も拭えないわ…。)




