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──ほんの、少しだけ。



そう自分に言い聞かせて目を閉じたつもりが、意識はすぐに遠のいた。



そして、目を覚ました時には──



教会の中の光は、もう琥珀のような夕暮れ色に変わっていた。ステンドグラスの影が長く伸び、教壇にゆらゆらと揺れている。



「……えっ、うそ、寝ちゃってた……?というか寝すぎ…?」



 イリアは慌てて身を起こそうとしたが、その動きを止めたのは、自分の肩にかけられていた“何か”だった。



「…?何これ…上着?」


柔らかく、少し重たい布の感触。それは明らかに、自分のものではない。サイズも、生地も──男物の上着。



誰か、いたの……?こんな廃教会に、まさか管理人なんて……?


そんな疑問が頭をよぎった時…





「──やっと起きたのか?」


「?!」



声がした。


低く、けれど不思議と冷たさのない声。静寂の中で突然響いたその一言に、イリアは肩をびくりと震わせた。


恐る恐る声のした方向を向くイリア。

視線の先には、夕暮れの逆光に浮かぶ、ぼんやりとした人影が1人──教会の窓枠に腰かけていた。



「誰…ですか?」


(なに、この空気……)


逆光に目が慣れてくると、少しずつ輪郭がはっきりしてきた。

筋骨隆々な体格に、くせ毛のある髪──そして、手に何かを持っている…?


あれ…?



「それ…!私の手帳…!!!」


「?あぁ、これ?ちょっと拝借してるよ。中身色々と書かれててごちゃごちゃしてたけど…面白かったよ?」


「返して…!それは大切なものなの!」



リトから貰った大切な手帳、それを目の前のソイツが勝手に読んでいたのだった。


イリアは立ち上がり、手を差し出す。その瞳は真剣だった。男はそんなイリアの様子を、どこか面白そうに見つめる。



「ふーん……“大切なもの”ねぇ。」


「……っ、お願い、返して…!」



静かに、けれど切実に告げるその声に、一瞬だけ、男の目が揺れたように見えた。




──でも、すぐにいつもの調子に戻る。


「……うーん、でもこれ、なかなか興味深いんだよね。君の字、読みやすいし。」


「っ……!」



何かを押し殺すように、イリアは唇を噛んだ。



「だったら──せめて教えてよ。何を書いてるの? 旅の記録?調べ物?それとも……誰かへの手紙?」



男は軽い調子でそう言いながら、くるりと手帳を指で回した。



「言う必要、ないでしょう。……関係ない人には…。」


はっきりとした拒絶の言葉。それに、男の目がすっと細まる。



「──なるほどねぇ。そういう子か。」


「……っ!」


「分かった、今日は返さない。けど、明日またここで俺と会ってよ。それまではこの手帳、預かっておくから」


男はそれだけ言うと、ひらりと窓枠から飛び降りる。そのまま踵を返して教会を出ていこうとしたのだった。



「あ、そうそう。それと…」


そう言って、男はポケットから何かを取り出すと、それをそっとイリアの足元に投げた。



「っ、これ……?」


拾い上げると、それは薄く折りたたまれた紙片だった。開いてみると、手のひらサイズの古びた紙。でも、その端に──初めて見る印のようなものが印刷されていた。


それは燃え上がる炎の中、二振りの剣に挟まれるように描かれた、唸る狼の横顔だった。今にも咆哮を上げそうなその姿には、不思議な威圧感が宿っていた。



(……なに、このマーク……。)


「あの…」

イリアが何かを言いかけたその瞬間──



男の声が、それをかき消すように響いた。


「それにしても…1度目はナンパされて、2度目は誰もいないところで爆睡をかましてる。君…どれだけ命知らずなの?」



───面白い子だね…じゃあね。



「ちょっ…!って、1度目はって……あっ…!!」




まさか、あの時助けてくれた男性…?



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