真顔
(ヤジウマ根性ねえ。優等生ッポイ印象というか、そういうイメージのある彼女にも、ああいう一面があるのか。すこし意外な気もするが)
徳平が聞いている岩羽というニンゲンは、高校時代おいて、成績はトップクラスであったらしい。ソレも、県内トップクラスの進学校において。
しかも、「全国的にも上位にはいる」というレベルであり、なんでも、「全国模試で、トップを取ったこともある」というハナシも聞いている。
さらに、「ガクセイ時代は、べんきょうを、ほとんどしなかった」というハナシも聞いている。
いわば、生まれながらにアタマのよい、「ホントウの意味ですぐれている、とくべつな優等生」というものであった。
けいざい的な事情で、ダイガクには進学をせず、高校をそつぎょうし、徳平とおなじ職場に就職したのだが、「とにかくアタマの回転はやく、かつ、カンもするどい」という評判を聞いている。
職場のなかに、彼女とおなじ高校にかよっていたという、大学生のアルバイトがおり、そのヒトにハナシを聞いてみると、
「高校時代、なにかこまったトラブル・もんだいを、おこしたことはない。ガッコウのなかで、飛びぬけてすぐれており、おそろしくアタマが良い。という評判だった」とのことである。
これらのことから、「アタマの良すぎる優等生」というイメージ・印象をいだいており、おなじ職場とはいえ、あまり接点を持っていなかった。
(ああいうニンゲンでも、こういうジケンのことは気になるのか。というか、そもそもこの世に、なにからなにまでカンペキで、マジメなニンゲンっていうのは、いるワケない。
めずらしいジケンが身近なところでおきたんだし、気になるのは、あたりまえのことか)
社宅に帰ったものの、今日のところは、特にやることもない。そのため、ついアレコレと、イロイロなことをかんがえてしまう。
そのせいか、目撃した銀行強盗にかんすることもまた、アタマからきえそうにない。
(ヤッパリ、斉藤のヤツが、一枚噛んでたのかなあ。アイツだったら、ケイサツからジケン解決の依頼がきても、おかしくない。
でもまあ、かくにんのしようがない。ケイサツにこんなことを聞いても、答えるワケがない。
ソレに、そもそも斉藤とは、おなじ職場っていうだけで、部署はちがうし、フダンから話すこともあまりないし、会うこともすくない。これ以上かんがえたところで仕方ない)
このようにおもい、これ以上、このことをかんがえるのをヤメようとするのだが、すこしでも時間があると、ついかんがえてしまう。
(それにしても、なんでオレは、こんなにこの件が気になるんだ?)
翌朝、目が覚めた徳平は、出勤のじゅんびをしながら、ふと気になることがでてきた。
(アレ?そういえば、彼女の持ってる異能力って、風もあやつれるんだっけか?
銀行強盗のゲンバを目撃したとき、風下だったのに、ケイサツは、なにかのガスを、タテモノにむかってながした。
あのとき、砂をひろって風向きをたしかめたし、まちがいないだろう。そのあと、犯人たちは眠ったような状態で、ケイサツが、銀行のなかからはこびだした。
だから、あのガスは多分、催眠ガスみたいなもんだろう。なのに、人質たちはおきていた。
ということは、そのガスを吸いこんだのは、犯人たちだけだった。ガスがながれてむかう先を、ダレかがあやつって、犯人たちにたいしてだけ、ピンポイントで、ガスを嗅がせたってことになる。
コレって、風や空気をあやつれるからこそ、できる芸当じゃないのか?)
徳平は、昨日の岩羽のことをおもいだしていた。
(そういえば昨日、彼女は、ヤジウマ根性がシゲキされた。とかなんとかいって、あのジケンのゲンバにいたけど、そもそも彼女が、あのジケンの解決にかかわってたなら、ジケンのあと、なにか気になって、ジケンのゲンバを身にきたとしても、フシギじゃない。
というより、ジケンにかんけいしてたからこそ、昨日、彼女はあそこにいた。という可能性のほうが、たかいんじゃないのか?
なら、彼女は一体、なにが気になったのか。犯人たちは、ケイサツにつれていかれたし、あのゲンバにはもう、ジケンにかんけいするようなモノは、なにもないだろうし。
そもそも、彼女はじぶんが関わってたんなら、結果を知ってることになる。だったら、どうなったのかを知るために、いちいち、ゲンバを見にくる理由はない)
支度をする手が、つい止まってしまうのだが、徳平は、かんがえるのをヤメルことができない。
(ジケンの結果も知ってて、解決もしたのに、ジケンのゲンバにもどるっていうのは、よくわからん。
なにか、べつのことをかくにんするために、わざわざもどったっていうことか。
もしそうなら、なにをかくにんするために、彼女は昨日、あのばしょにいたのか)
ここにきて、ふと徳平は、気になることがでてきた。
(そもそも、もしも彼女が、ジケンの解決に一枚噛んでたんなら、つまり、なにかをかくにんするために、わざわざ、ジケンのゲンバにやってきたのなら、なんでオレにたいして話しかけた?
じぶんがジケン解決にかんけいしてたことを、隠したいんだったら、オレにスガタを見られることはイヤがるだろうし。
なのに、昨日はたしか、彼女のほうから、オレにたいして話しかけてきた。しかも、うしろから。
そもそもオレは、彼女があのばしょにいるっていうことを、話しかけられるまで気づかなかった)
出勤後も、時間があると徳平は、「岩羽ははたして、先日の銀行強盗ジケンの解決に、かんけいしていたのかどうか」ということが、つい気になってしまう。
そうこうしているうちに、就業の時間となり、帰るじゅんびをしていたときである。
「今日もおシゴト、おつかれさまですね」
と、またしても背後から、声をかけられたのだ。
(まったく、ヒトをおどかすのがスキなのか、この子は)
ふりむくと、岩羽がいた。
「今日もまた、ヤジウマ根性とやらを発揮して、徳平さんは、ジケンのゲンバにいくんですか?」
「イヤ、さすがに二日もつづけて、見にいくつもりはないよ。というか、もういく気はないんだけどね。興味もなくなったし」
「ふーん、そうなんですか」
(せっかく本人が目のまえにいて、しかも、あいてのほうから話しかけてきたんだし、かくにんしてみてもいいか)
徳平としては、昨日からギモンにおもっているものの、わざわざあいてに会ってまで、つまり、直接会って聞いてみようとまでは、おもっていなかった。
そもそも岩羽とは、部署がちがうのだ。そのために、フダンから、それほどハナシをするもない。
ときどき、「シゴトで、なにかを聞いたり、依頼したり、指示することがある」という程度である。
しょうじきなところ、「じぶんからは、チョット話しかけにくい」というあいてであった。
えらく美人でスタイルもよく、その上、おそろしくアタマも良い。まさに、「容姿端麗、才色兼備」というものを、絵に描いたようなニンゲンなのである。
いくらじぶんのほうが年上であり、「ときどき、シゴトでなにかを依頼したり、指示することがある」とはいっても、それ以上のことを言ったり、聞いたりするのは、どうにも、ニガテなあいてであった。
ところが、あいてのほうから、わざわざ声をかけてきた。そのために、徳平としては、つい「本人にたいして聞いてみようか」という気になったのだ。
「ところで、岩羽さんに、チョット聞いてみたいことがあるんだけど」
「なんですか。あらたまって」
「昨日、オレがこのまえの銀行強盗のゲンバにいたら、話しかけてきたじゃない。
あのとき岩羽さんて、たしか、ヤジウマ根性が発揮されたから。っていってたけど。ホントウに、それだけの理由だった?」
「ええ、そうです」
「なら、なんでわざわざ、オレにたいして、話しかけてきたのかな。っておもって」
「え、ワタシが徳平さんにたいして話しかけちゃ、マズイようなことでもあったんですか?」
「いや、そんなワケはないけどね。たんじゅんに、ヤジウマ根性だけが理由だったら、わざわざオレにたいして、話しかける理由もないじゃない。なにせ」
「なにせ?」
「君はオレのうしろにいて、わざわざ、オレにたいして声をかけて、振りむかせて話しかけてきたじゃない。
たとえば、オレと目が合ったんだったら、話しかけてくるのもわかるんだけど、あのとき岩羽さんは、たしか、オレのうしろにいた。
ということは、オレからしたら、話しかけられなければ、羽田さんが、そこにいるっていうこと自体に、多分、気づかなかった。
だから、なんでわざわざ、あえてうしろから話しかけてきたのか。っていうことが、チョットだけ気になってね」
「ふーん、徳平さんて、結構こまかいことまで気にされるんですねえ。チョット意外ですよ」
「こまかいといえば、たしかにそうなんだけどね。チョットだけ気になってね。ホントウにヤジウマ根性だけで、あのばしょにいたのかと」
こう聞いたあと、徳平には、岩羽のカオから一瞬だけ、笑顔がきえたような気がした
「じゃあワタシのほうから、ぎゃくに聞いてみますけど。質問にたいして、また質問でかえすようで、チョットもうしワケないんですけど。
ワタシがあそこにいた理由って、ヤジウマ根性じゃないんだったら、一体なにがあるとおもいます?名探偵さんとしては」
と、岩羽は、わらいながらいった。
(名探偵ねえ。コレはヒニクなのか?それとも、からかわれてるのか?)
徳平は、内心において苦笑しながらも、直接的に、ストレートに聞いてみることにした。
(こういうことは、ヘンに隠したり、遠まわしにいわないほうがいいだろう)
「じつはオレ、銀行強盗のジケンのゲンバを見たとき、ケイサツの連中が、なにかガスのようなものを、銀行にむかって、ながそうとしてるのを見たんだよね。
それで、しばらくしたら、銀行のなかから犯人たちが、ねむったように気をうしなった状態で、ケイサツにはこばれるのを見た。
でも、人質になってたヒトたちは、なぜか、ダレも気をうしなってなくて、フツウにあるいて、タテモノからでてきてた。
ということは、おそらく、ケイサツがながしたガスっていうのは、タテモノのなかにいた、犯人たちにたいしてだけ向けられたことになる。
つまりコレは、ピンポイントで、犯人たちだけにたいして、ガスがながされた。っていうことになる。
そんなことは、フツウはまずありえない。なんせ、あのタテモノのなかにガスをながしこめば、人質になってたヒトたちも、いっしょにガスを吸いこむはずだし。でも、どうもそうじゃなかった。
そもそもの前提として、ケイサツが、タテモノのなかにガスをながす。っていう発想をするのが、チョットというか、かなりヘンなんだよなあ。
そんなことをしたら、まず間違いなくパニックになる。そうなれば、怒った犯人たちが、人質にたいして、なにか危害をくわえるキケンだって、カナリたかくなる。
ケイサツが、タテモノにたいして、ガスをながしこもう。ってかんがえるためには、そのガスを、タテモノのなかにいる、犯人たちだけにたいして、ピンポイントで嗅がせることができる。
と、はんだんしないかぎり、そんなやりかたは、まずとらないだろうね。気体であるガスが、自動的に、犯人たちだけにたいして、ピンポイントでむかっていく。なんていうことは、フツウなら、ゼッタイにありえない。
ということは、ヤッパリ、なにか異能のチカラをつかった。とかんがえるべきだろうね。
たんじゅんにかんがえれば、気体であるガスのうごきや、ながれを操作するんだったら、ソレは、風や空気をあやつるような異能力が、一番可能性がたかい。
もっといえば、風や空気をあやつれる異能力者が、ケイサツにたいして協力した。っていうのが、一番ありえそうなんだよなあ」
ここまでいったあと、徳平は、岩羽のカオを見た。岩羽は、あいかわらず微笑をしたままであり、その表情に、べつだん変化はかんじられない。
「ソレで、すこし前におもいだしたんだよね。岩羽さんの持ってる異能力が、たしか、風や空気もあやつれるものだって。
だから、もしかして、銀行強盗の解決にかんけいしてて、ケイサツにたいして、なにかのカタチで協力した異能力者がいるとしたら、ソレは斉藤じゃなくて、じつは、岩羽さんじゃないかとおもってね。
こういう風にかんがえてみると、なんで岩羽さんが、銀行強盗ジケンのゲンバにいたのか。っていうのも、ツジツマが合う気がする。
あのジケンがおわったあと、じぶんが解決に協力したジケンが、それからどうなったのか、知っておきたい。っておもうのは、ニンゲンとしては、ごくしぜんなキモチだろうし。
ソレに、たとえジケンの解決に、直接かかわってなかったとしても、ああいうジケンがあったんだから、それこそホントウに、ヤジウマ根性ってヤツが発揮されて、あのばしょにやってきたとしても、けっしておかしくない。
でもそうだったら、わざわざうしろから、オレにたいして声をかけるひつよう性までは、ないんだよなあ」
「へえ、意外です。徳平さんて、そこまでものごとを、根ほり葉ほり、掘りさげてかんがえるところがあるですね」
「意外ですって、オレが一体、どういうニンゲンに見えてるのか、チョット気になるところだけど」
徳平は、苦笑しながらいった。
「ハナシをつづけると。岩羽さんが、銀行強盗ジケンの解決に、なにかしらのカタチでかんけいしてて、ジケン後の状態のかくにんをするために、あのばしょにむかった。
と、こういう仮定をしてみると、なんでわざわざ、オレにたいして、うしろから声をかけたのか。っていう点が、チョット気になるんだよなあ」
「もしも、その徳平さんの推理というか、かんがえや仮説がただしいんだとしたら、わざわざワタシが、うしろから声をかけたのは、なぜなんでなんでしょうか。名探偵さんの推理を、ぜひ聞いてみたんですが」
と、岩羽は、ニヤニヤとわらいながらいう。
(からかってんのか、この子は)
徳平としては、苦笑せざるをえない。
「名探偵かどうかは知らんけど、この点を掘りさげてみると、岩羽さんは、じぶんのそんざいに、気がついていないオレにたいして、わざわざ、うしろから声をかけてきた。
コレはおそらく、なにかをかくにんしたかったも。っておもうよ」
「じゃあ、そのかくにんしたかったっていう、『なにか』とは、一体なんなんでしょうか?名探偵さん」
と、あいかわらず、彼女はわらいながらいう。
「まったく、オレはいま、岩羽さんのことについて言ってるんだから。しらばっくれてくれるよね、ホントウに」
つられて、徳平もわらってしまった。
「そのかくにんしたかった『なにか』っていうのは、まあカンゼンに、オレの推測にすぎないんだけど、『オレが一体、なにをかんがえてたのか』っていうことを、知りたかったってところか。
もっとぐたいてきにいうと、『オレが、ジケンのことについて、なにを、どのていどまで知っているのか』ということを、直接オレのカオをみて、つまり、オレの表情の変化をみて、会話をしてみて、聞きだそうとした。っていうことかなと。
もしもコレがただしいなら、岩羽さんとしては、こんかいのジケンの解決に、じぶんがかんけいしてる。っていうことを、ほかのニンゲンには知られたくない。っていうことが、かんがえられるだろうね。
ダレかに知られたくない。でも、じぶんのシゴト先のニンゲンが、そのジケンのゲンバを見てしまった。
しかも、そのシゴト先のニンゲンは、ジケンが解決したにもかかわらず、そのジケンのゲンバにむかっていった。
だから、そのニンゲンが、こんかいのジケンのことについて、一体なにを、どのていどまで知ってるのか。ということを、かくにんしたいとおもったとしても、不自然じゃないだろうし」
「たしかに、今の徳平さんの推理がただしいんだとしたら、ワタシが、なんでわざわざ、じぶんがうしろにいて、徳平さんが、ワタシのそんざいにたいして、まったく気がついていないのに、声をかけて振りむかせたのか。
この行動というか、行為について、ツジツマが合いそうですね」
「それで、実際のところはどうなのか。オレが名探偵だとしたら、さしずめ岩羽さんは、真犯人っていうことになるのか。
じゃあ、その真犯人に聞くけれど、オレのかんがえはあたってるのか。それとも、まったくのまちがいなのか」
「どうなんでしょうねえ~」
岩羽は、ニヤニヤとわらいながら、ハッキリと答えようとしない。
「あくまでもコレは、オレの勝手な想像なワケだし。それに、チョットかんがえすぎっていうところもある。
たとえコレがあたってたとしても、あるいは、ハズレてたとしても、オレには、ほとんどかんけいのないことだから。どっちでもいいというか、どうでもいいことなんだよ。
だからまあ、ムリに答えるひつようはない。オレがいったことは、わすれてもらっていいよ」
あいてのほうが、ハッキリと答えようとしないため、これ以上、この会話をしてもムダとおもい、徳平は、そのばしょから立ちさろうとした。
徳平が歩きだした、ほんのすこしあと、また岩羽は、うしろから話しかけてきた。
「ねえ徳平さん。もしも、今の推測がホントウだとしたら、どうおもいます?」
「ん?」
徳平は、振りかえりながらいった。
「つまり、徳平さんのかんがえが、もしもただしいんだとしたら、徳平さんとしては、どうおもうんだろうか。っていうことです。ぜひ聞いてみたいんですよ。おしえてくださいよ」
「そういわれても」
「そこをなんとか」
「う~ん、どうなんだろうか。まあ岩羽さんが、この銀行強盗ジケンの解決にたいして、なにかのカタチで協力してたとしても、ソレはまあ、本人の自由っていうか。オレがとくべつ、なにか言うようなことじゃないかな。でもまあ、あえて言うとすれば」
「あえて言うとすれば?」
「なんで岩羽さんが、わざわざ協力してたのか。っていう点が、チョット気になるくらいか」
「気になるわけですね?」
「チョットだけ」
「ふ~ん、気になるんですか」
(えらくもったいぶったいいかたをするけど、なにがいいたいんだ?)
徳平は、岩羽が一体、なにをかんがえているのか。そして、なにがいいたいのかが、どうにもわからない。
そういう、徳平の内心の感情というか、とまどいを、チャッカリと見すかしているのであろうか。
岩羽は、あいかわらず、ニコニコとわらいながら、おもわせぶりな態度をつづけていた。
「まあ徳平さんになら、言ってもいいかなあ」
と、はじめて岩羽は、ニコニコとわらうのをやめて、チョット真顔になった。