物好き
翌日、銀行強盗という、凶悪な犯罪ジケンがおきたにもかかわらず、街はまるで、なにごともなかったかのように、いつもどおりであった。
もっとウワサがひろまったり、しばらくのあいだ、イロイロと、さわがれてもいいようなものである。それなのに、平穏そのものであった。
(銀行強盗がおきたのに、そんなことはなかったかのように、いつもどおりか)
このようなことをおもいながら、徳平は勤務先にむかい、あるいていた。
その通勤の途中、銀行強盗のゲンバをとおったのだが、ゲンバ検証は、まだカンゼンにおわっていないのか、複数のケイサツ官がいた。
だがしかし、銀行自体は、もうすでに営業を再開しており、銀行の行員は、いつもどおりはたらいていた。お客もいつもどおり、店にきている。
職場に着いた徳平は、同僚とハナシをしていたのだが、「ほかの部署で、欠席者がいる」というハナシを聞いた。
(アイツ、たしか昨日は早退したみたいだけど、今日は出勤してないのか。なにかあったか?)
昨日に早退した同僚が、今日になっても出勤していない。しかも、その同僚は、体調が悪そうでもなかったし、シゴトをズルやすみするタイプでもない。
(ということは、ヤッパリ、なにかあったか?)
ちなみに、その休んだ同僚の上司は、その部署のニンゲンにたいして、とくべつ、くわしい説明をすることはなかったらしい。
ただひとこと、
「斎藤は、今日は休みだ」
と、いっただけであった。そこで、その部署のひとりが、
「斎藤さん、病気かなにかで、体調を崩したんですか?昨日に早退したときは、健康そうにみえたんですけど」
と聞いたのだが、その上司は、
「いや、そういうワケじゃない。チョット急用ができたらしくて、ソレがまだ、おわってないらしい」
と、ぐたいてきなことは一切いわず、このハナシは、ソレでおわったらしい。
徳平は、欠席している斉藤と、「とくべつ仲がよい」というワケではない。ただ、帰り道がおなじ方向であり、その途中で会うことが、ときどきあった。そのために、「何度かハナシをした」という程度の関係性である。
フダンであれば、斎藤のことを、あまり意識することはない。だがしかし、どうにも今日は、気になってくる。
(昨日、帰り道で銀行強盗があったけど、ちょうどこのジケンがおきた日に、斉藤は早退した。
で、今日もまだケイサツは、ゲンバ検証かなにかをしてた。つまり、さすがに事後のショリまでは、すべておわってないらしい。
もしかしたら、斉藤が昨日、早退をしたのは、銀行強盗がおきたからとか?
昨日はケイサツから、ジケン解決の協力依頼がきた。だから早退した。で、まだ事後のショリが、すべておわってないから、今日もシゴトを休んだか?)
この北山のかんがえは、世間一般のフツウの常識・感覚に基づくのであれば、まず100%ありえない。
ケイサツが、「関係者でないニンゲンにたいして、銀行強盗ジケンの解決依頼をする」ということなど、あるはずがない。
フツウであれば、この北山のかんがえは、あきらかに間違ったものである。
だがしかし、この街にかぎっていえば、この北山のかんがえは、けっして「ありえない」とはいえない。
つまり、この街では、「フツウの常識・かんがえ」というものが、通用しないケースがたくさんあるのだ。
(なんせアイツ、この街では、たしか、上位にはいるレベルの異能力者だっけか)
結局のところ、この日、斉藤は、さいごまで職場にくることはなかった。一日のシゴトがおわり、徳平は、社宅にむかい帰っていった。
その途中、銀行強盗があったゲンバを通ったのだが、このときには、もうケイサツはいなかった。
すこしのあいだ、銀行のまわりをみていたのだが、フダンと変わったようすは、とくに感じられない。
(さすがにゲンバ検証は、もうおわったか)
「あれ、徳平さんじゃないですか。シゴト帰りですか?」
と、とつぜん背後から、はなしかけられたのだ。すこしおどろいたのだが、聞きおぼえのある声であり、すぐにダレなのかわかった。
「悪趣味だよなあ。うしろからとつぜん声をかけて、あいてをおどろかすってのは」
振りかえりながらこういった、徳平の視界にはいってきたのは、職場の後輩である岩羽であった。
「べつに悪趣味ではないですよ。たまたまワタシのほうが、うしろにいただけですから。うしろからはなしかけるのは、仕方ないじゃないですか。
それとも、ワタシが走っていって、前にいってから、はなしかけたほうがよかったですか?」
「いや、そういうワケじゃないけれど」
「なら、べつにいいじゃないですか」
「そうなんだけどねえ」
「どうしたんですか。浮かないカオをしてるようですけど、なにかあったんですか?」
「そういうワケじゃないんだけど」
「じゃあ、どうしたんです?」
「大したことじゃないよ。昨日、あの銀行で、強盗ジケンがあったじゃない。で、オレはそのゲンバを、たまたま目撃したんだよね。
銀行強盗って、けっこう大きなジケンのはずなんだけど、それなのにケイサツは、妙に落ちついてたんだよ。
まあ犯人たちが、異能力者じゃないだろうっていうのが、大きいんだろうけど。
で、昨日はたしか、斉藤が早退したらしい。だからもしかして、斉藤がこのジケンの解決に、一枚噛んでたのかとおもってね」
「そういえば斉藤さんって、昨日は早退されたんですよね。たしかに斉藤さんだったら、ケイサツから、ジケン解決の協力依頼がきても、フシギじゃないかもしれませんね。なんせ、あの斉藤さんですし」
「そうそう、あの斉藤だからね」
「でも、ソレがどうしたんです?」
「だからどうした。っていうワケじゃないんだけど。そういうことかなって、勝手ににおもってただけだよ」
「ふ~ん」
「こういう、どうでもいいことをかんがえてただけなんだけど。そんなにオレは、浮かないカオをしてたかなあ」
「どうでしょうかね」
岩羽は、すこしわらいながら、徳平のカオをみていった。浮かないカオをしている徳平のことが、なにかオモシロいのであろうか。
「そういうことだから、大したことはないんだよ。そういえば岩羽さんは、どうしてここに?
たしか、君が住んでる社宅は、コッチの方角じゃないとおもったけど」
「ワタシのほうも、大したことはないんですよ。徳平さんが今おっしゃっていた、銀行強盗があったっていうゲンバを、チョット見てみようかと、おもっただけなんです」
「ヤジウマ根性だなあ」
「そうなんです。ヤジウマ根性が、シゲキされちゃったんです」
「そういうオレも、ヒトのことはいえないけどねえ」
徳平は、わらいながらいった。なぜならば、かれ自身もまた、その「ヤジウマ根性」というものを発揮したからこそ、銀行のまわりを、さっきまで見ていたのだから。
「じゃあ聞いてみるけど、そのヤジウマ根性を発揮した結果、岩羽さんは、なにか気づいたことはあったかい?」
「ん~、まあとくべつ、なにかに気づいた。っていうワケじゃないんです。アレだけの大ジケンがあったのに、翌日の今日には、いつもどおり、営業を再開してるっていうのが、チョット気になったくらいですかね。
本来だったら、もっとゲンバ検証とかを、やるとおもうんですけどね。シロウトかんがえながら。
だけど、一日経っただけで、なにごともなかったかのように、フダンどおり営業を再開してるっていうのは、チョット気にかかるかも。っていう感じでしょうか」
「じつはオレも、そうおもったんだよね」
「そういえば、さっき徳平さん、昨日の銀行強盗のゲンバを、目撃したとおっしゃってましたけど、どんなようすだったんですか?
チョット聞いてみたいんですけど、おしえてくれません?ヤジウマ根性がシゲキされちゃうんです」
「大したことは見てないけどね。ゲンバにいた警官たちが、妙に落ちついてたっていうか。緊張感がなかったっていうか。
そもそも銀行強盗って、けっこうな大ジケンのはずだけど、そんな雰囲気じゃなかった気がする」
「じゃあ、どういう雰囲気だったんです?」
「なんていうか、とつぜんおきた犯罪に、おどろいたり、とまどったり、こんらんしてる。っていうようすが、ほとんどなかった気がする。
まるで、こういうことがおきるのを、あらかじめ、知ってたって感じすらする。あの緊張感のなさは」
「あらかじめ、知ってたって感じですか。この街だったら、そういうことも、十分ありえるかもしれませんけど」
「そうなんだよなあ。この街だったら、そういう予知みたいなことも、十分ありるかもしれない」
「ソレに、犯人たちが、異能力者じゃなかったってウワサを、ワタシも聞いたんですけど、ソレも関係してたかもしれませんね。警官たちの緊張感のなさは」
「そうなんだよなあ。異能のチカラをもってない、ただのフツウのニンゲンが、この街で、なにか悪さをしたり、犯罪をするっていうのは、ほとんど自殺行為なんだよ。
取りしまる側のケイサツの気がぬけても、仕方ない気がする」
「でも、もしもケイサツが、ジケンが起こるのを、じぜんに知ってたとして、しかも、その犯人たちが、異能力者じゃない。っていうことまで知ってたとしたら、ダレがソレを予知したんでしょうね。
予知の異能力者って、しょうじきなところ、ワタシは聞いたことがないんですよ。
でもまあワタシも、この街にいるニンゲンのことを、すべて知ってるっていうワケじゃありませんけど」
「予知能力を持ってるニンゲンが、どこかにいたのか。それとも」
「それとも?」
「たんじゅんに、異能力を持ってないニンゲンが、あの日、あの時間に、あの銀行を襲うっていう情報を、じぜんにケイサツが、どこかから手にいれたとか」
「ん~、その可能性はたかそうですよね。っていうか、ソッチのほうが、げんじつてきな気がします」
「だったら、その情報は、カナリ信憑性がたかかった。っていうことになるか。フツウにかんがえれば、たんなるデマだとおもうだろうし。
なんせ、この街で、異能力を持っていないニンゲンが、ああいう大げさな犯罪ジケンを仕出かすっていうのは、ほとんど自殺行為なんだから」
「そういう情報を、ジケンが起こるまえに、ケイサツが手にいれていたとして、コレは、信頼することができる。とおもったのであれば、ケイサツの側が、カナリ信用してるニンゲンからの情報。っていうことになりそうですね」
「どうだか。まあいかんせん、なんの根拠もなく言ってることだし、ハッキリしたことはわからんよ」
「ですよねえ、コレはぜんぶ、想像にすぎないんですから」
「でもって、なんでオレたちは、このジケンのことを、こんなにイロイロとはなしてるんだか。じぶんでもよくわからん」
「そういわれてみると、そうなんですよねえ。さっきからワタシたち、このジケンのことが、妙に気になってるみたいですね。なぜかしら。って、じぶん自身でもおもいます」
「ホントウに、なぜだろう」
「ヤッパリ、斉藤さんが、かんけいしてるかもしれない。っていうのが、その理由なんじゃでないしょうか?
ワタシたちの知ってるヒトが、もしかしたら、かんけいしてるかもしれない。そうおもえば、気になってきて、アレコレかんがえちゃうのは仕方ないですよ」
「いわれてみれば、そのとおりかもしれん。ヤッパリ、じぶんの知ってるニンゲンが関わってるかも。っておもうから、ここまで気になるのか」
「そういうことじゃないですか?」
「まあ、そういうことにしとくよ」
「で、ギモンも解けたところで、っていうか、解けたってことにしておいて、徳平さんは、今からどうするんですか?このまま帰るんですか?」
「どうしようか、特にきめてない。今からやることはないし」
「じつは、ワタシもそうなんですよ。特にやることもないから、こうして、ヤジウマ根性にしたがってるってワケなんです」
「物好きだよねえ、おたがいに」
「そうですよね、おたがいに、どうしようもないですねえ」
どうやら徳平は、岩羽との会話が、たのしくなってきたようである。そのために、ジケンのゲンバのことなど、もはや、どうでもよくなってしまった。
「これ以上、ここにいても仕方ないし、オレは社宅に帰るよ。岩羽さんは、どうするの?」
「ワタシですか?ん~どうしようかなあ。もうチョットだけ、ヤジウマ根性にしたがって、このあたりを、うろついてみようとおもいます」
「物好きだなあ。じゃあオレは帰るよ」