白百合の祝福9
店に帰ると気を失っているエレナ先輩をベッドに寝かせ、早速支部長に説明を求めた。
「どういうことなのか、説明してください」
「さて、何から話したものか……」
支部長は口に手を当て、どう説明しようか真剣な表情で考えている。
「聞きたいことは山ほどあります、まず村人には〈魔獣の襲来〉と伝え
避難させておきながら、実際に現れたのはロデリア軍でした。これはどういうことなのか?」
「そして皆さんの様子から察するに、ロデリア軍の侵攻はこれが初めてではないですよね?
それなのにどうして軍の公式な記録には残っていないのか?
あとエレナ先輩の異常な強さと戦い方、そしてあの急激な失速ぶりは何ですか?」
私は矢継ぎ早に質問をぶつけるが、聞きたいことはまだまだあった。
「支部長は元金獅子騎士団の団長【軍神】と呼ばれたベルハルト・ラウンデル様とお見受けしました
あなた程の歴戦の勇者がどうして逃亡する少年兵まで執拗に殺そうとしたのか?
そもそもどうしてロデリア兵は老兵や少年兵ばかりだったのか?わからないことだらけです」
私の質問を黙って聞いていた支部長、頭の中を整理しているのか、しばらく考え込んでいた。
「まずエレナの強さの秘密だが、これは私の口からは言えない。どうしても知りたければ本人に聞いてくれ」
確かにそうだろう、私もそこは納得して頷いた。
「そして魔獣の件だが、今のブラウンウッドの大森林には、もう魔獣などいないのだ」
「は?」
衝撃的な事実をサラリと告げる支部長、私も子供の頃から
〈ブラウンウッドの大森林には凶悪な魔獣がいるから近寄るな〉と言われていて、それを信じていた。
おそらく国民の大多数がそう思っているだろう。
「今から三年前の話だ。ブラウンウッドの大森林に一体の凶悪な魔獣が出現した
その魔獣は森の生態系を崩してしまうほど強く、そして凶暴だった。
森に住む他の魔獣のほとんどを殺し尽くしたその魔獣は、こともあろうに人里に降りてきたのだ、それがこの村だ」
私は初めて聞くその衝撃的な事実に言葉を失ってしまう。
「森の魔獣を殺し尽くすような化け物だ、奴にかかれば村の人間などひとたまりもない
その時の被害者は百人を越えたらしい」
知らなかった、いや知るはずもない、そんな記録はどこにも残っていないのだ。
「だが我が国は軍を出すことをためらった」
「どうしてですか?国民にそれほどの被害が出ているのですよ
そんな化け物放っておいたら村は全滅しその後も次々と他の村を襲って被害が拡大するばかりじゃないですか」
「ああ、その通りだ。だから国も放っておいたわけではない、その化け物を秘密裏に倒す為に刺客を放った」
「刺客って、まさか……」
すると支部長はコクリと頷いた。
「ああ、その刺客こそ、エレナだ」
衝撃的な事実を聞かされ、私の頭が追いつかない。
「エレナによってその魔獣は倒されたのだが、それによって一つ問題が発生したのだ」
「問題って何ですか?人を襲う凶悪な魔獣が死んだのだからよかったじゃないですか」
至極当然の事を口にしたつもりだったのだが、事はそんなに単純ではなかったのだ。
「魔獣の脅威は去ったが、それは同時に〈ブラウンウッドの大森林に魔獣がいなくなった〉という事になる。
もしそれが他国に知れ、ロデリア軍がこの村から森を抜けて進軍してきた場合、その先には何があるか、君も知っているだろう?」
「我が国の首都、ベロリア……」
ようやく話が少しだけ見えてきた、我が国の首脳陣はロデリア連邦の侵攻を抑止する為に
ブラウンウッドの大森林にはまだ凶悪な魔獣がいると思わせておきたかったのだろう。
「でもそんな嘘はロデリア軍が森に入ってしまえば、すぐに知られてしまうじゃないですか」
「ああ、だからこの村に進軍してきたロデリア軍は、我々が秘密裏に撃退していたのだ」
「だから秘密を守る為に、相手が少年兵だろうが皆殺しにしなければいけなかったというわけですか……
じゃあ、まさか、敵の兵が老兵や少年兵ばかりだったというのも?」
「そうだ、今回の侵攻も向こうにしてみれば情報収集による調査が主な目的だからな。
戦力的に死んでも構わないと思っている少年兵や老兵を送り込んで
一人でも生きて帰れば儲けものとでも考えているのだろう。そしてその事実を元に今後の作戦を組むつもりなのだろう」
何という事だ。森から魔獣がいなくなった事を隠匿し、国民をも騙していた我が国と
少年や老人を犠牲にして情報を得ようとしているロデリア。
戦争をしているとはいえここまでするのか⁉︎というのが偽らざる感想だった。
「じゃあ、私が少年兵を逃げしたせいで……」
「ああ、事実を知ったロデリア軍は今度こそ精鋭による大軍をここに送り込んでくるだろう、エレナの秘密も知られたからな」
険しい表情を浮かべ、重苦しい口調で語る支部長の言葉は、事の重大さを物語っているようであった。
「私のとった軽率な行動のせいで、この村が戦場に、そんな……」
私は愕然として膝から崩れ落ちる。
「君のせいじゃない、きちんと話しておかなかった私の責任だ。
この事は我が国の中でもほんの一部の人間しか知らないトップシークレットだ
だから本国に戻りたがっていたリアには話せなかった。
エレナだけは〈リアちゃんには本当の事を話そう〉と何度も言ってきたのだが、私がそれを却下した、すまない」
呆然としている私を見て、支部長は慰めるように頭を下げた。
「本当にロデリア軍はここに攻めてくるのですか?それに近々敵軍がここに来るとわかっているのであれば
ここに本国の軍を配置し迎え撃てばいいじゃないですか」
私が訴えるように語りかけたが、支部長は目を閉じゆっくりと首を振った。
「それはできないのだ。アメリア王国が怪しい動きを見せている今
戦力をここに集中すれば本国がガラ空きになってしまう。
今の我が国には二カ国を同時に相手する戦力はないのだ。
だからこそ〈森には凶悪な魔獣がいて、近付く者を皆殺しにする〉という噂を広め
その抑止力でロデリア軍を抑えていたのだ。そしてロデリアが必ず攻めてくる理由はもう一つある」
「何ですか、その理由って?」
「エレナだ」
「エレナ先輩が?」
エレナ先輩が原因でロデリア軍が攻めてくるとはどういう事なのか?私にはその意味が全くわからなかった。
「確かにエレナ先輩は強いですし、腕自慢の剣士が挑んでみたいというのならわかりますが
国の軍隊が一人の人間を狙ってくる、というのはどうにも理解できません、どういう事なのか教えてください」
切実に訴えかける私の言葉に、支部長は小さく頷いた。
「うむ、君は【バネットガランの戦い】を知っているかね?」
「ええ、もちろん。【バネットガランの戦い】は金獅子騎士団の勇猛さを世に知らしめた戦いですからね
軍に身を置くもので知らない者はいないと思います」
【バネットガランの戦い】とは、五年前に起こった防衛線だ。
当時隣国のアメリア王国が怪しい動きを見せていると知った我が国は
猛虎騎士団を中心とする主力軍五万人をアメリア王国との国境である西側に向かわせた
だがそれを察知したロデリア軍が反対側の東側にあるバネットガランという都市に六万の大軍を率いて侵攻してきたのである。
主力軍が不在の中でロデリアの大軍に立ち向かったのが金獅子騎士団を中心とした防衛軍だった。
六万人VS八千人という圧倒的不利な状況にもかかわらず金獅子騎士団は見事に敵を撃破し撤退に追い込んだ。
これにより我が国を守り抜いた金獅子騎士団の名前は国内外に知れ渡ることとなり
金獅子騎士団の勇猛さを世に知らしめる戦いとなったのである。
「実はあの戦いは世間で言われているようなモノではないのだ」
「どういうことですか?」
私の問いかけに支部長は当時を思いだすかのように静かに語り始めた。
「あの戦いでは我々金獅子騎士団も獅子奮迅の活躍を見せたものの
敵軍の圧倒的な数の前に大苦戦を強いられていた。そんな時、ある一人の騎士が援軍として参戦し戦況を一変させた」
「まさか、それって……」
「ああ、察しの通り、その援軍の騎士とはエレナの事だ」
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